緋色の空
「なぁ諸兄、次はどちらが来ると思う?汝の妹か、それとも姪か」
いつの間にやら息を吹き返した大君は先程の事など無かったかのように諸兄に訊ねる。
「順番で言うならば大后でしょう」
「汝も大后と思うか」
大君は得意げな顔をして満足そうに笑うと、水を一杯大きく呷った。諸兄は――そう言わないと、お怒りになられるか拗ねられるかのどちらかでしょう。と心の中でツッコミつつも、確かな声で答えた。
「思います。むっ、足音が聞こえて…?」
諸兄がわざとらしく物音の方へと誘導すると、大君はそそくさと器を置いて、居住まいを正し、そわそわとその姿が現れるのを待った。
「お久しゅうございます!陛下」
「おぉ皇太子か!久しいな。息災にしていたか?」
「はい!」
近付くにつれよく分かった、ちょっぴり忙しない足音。開口一番、溌剌とした大音声。そこに現れたのは念願の妻……ではなく、目に入れても痛くない愛娘であった。娘は父帝である大君に深々と頭を下げると、きりりと引き締めていた頬をふわりと緩めてはにかんだ。その父もつられて優しく微笑むと、まるで喉を付け替えたように声色を柔らかくして娘に言う。
「と、ここには諸兄しかおらんからな、堅苦しい口調はここまでにして……。遠い所までよく来てくれたね、阿倍。元気そうでなによりだよ」
「
娘はゆるりと肩の力を抜き、さらに大君の椅子へ近付くとその真横で片膝を立ててしゃがんだ。父の耳元に持っていた翳を傾ける。大君は一体どんな話だと耳をほんの少し寄せると、娘はまるで子供が内緒話をするかの如く、ひそひそと――。
「此度の行幸、
「君の中で父の姿は一体どう映っているんだい……?」
「ふふふ、冗談ですわ父帝様」
娘は父の困ったような笑みに満足そうな顔をすると、そこから立ち上がって廊下の方へと戻って行く。
「でもご安心なさって。私、父帝様に沢山お話しないといけないことがありますけれど、大人しく東宮でお休みさせて頂きますから」
父に顔を向けて歩きながらもよく通る声で父にそう言うと、部屋の境で立ち止まり、念を押すように振り返る。
「母后様はすぐ参りますからね!諸兄も、長く大君に付き従い各地を移動するのは大変だったでしょう。どうか一息ついたところでゆっくり休んでくださいな。それでは、失礼致します」
そうして娘は再びどこか忙しない足音を立てながら己の仮宮へと去っていった。
「後半、嵐のようだったな」
「東宮様もお変わりないご様子で安心致しました」
「少しばかり朕に関する認識がおかしかったが……」
「……今更威厳など取り戻せませぬぞ。あと大方合っております」
「…………諸兄…」
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