第7話 学級委員長決定戦初戦(4)

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決定戦初日から二日が経過した。

ここからは回想になる。


あれ以上懐古さんに『個人によってテストの内容が違う』とか『捏造された解答用紙』とか『採点ミスで私は間違えてた』とか『入学するまでに忘れた』なんて言い訳されてたらそれこそ厳しかったが、何とか懐古さんが容認してゲームは終了した。

懐古さんが認めずとも禁句は的中していたのでゲームは終わっていたが、本人を納得させるのとさせないのじゃまた違う。

それに推理の無い推理小説ほどつまらないものはない。

そんなこんなで、僕らのグループの勝者は僕、ではなく讒謗律に決まった。

僕らのグループのゲームが終了した頃には、残り二つのチームはまだゲームセットとは行っていなかった。十数分くらい待った後、全ての勝者が出揃った。

「よし!これで全員終わったな。まずはみんな、お疲れ様だな」

本当に疲れた。僕らはほんの数十分で終わったけど、それも運が良かっただけである。

懐古さんの禁句は理論上では最初の質問で看破できたが僕には不可能な技術だった。僕が禁句を突き止めることができたのも讒謗律の助言ありきなので、そもそも禁句を特定することが僕ひとりでは不可能なことだった。

讒謗律に「どのタイミングで彼女の禁句を見破ったのか」と質問したところ「見破ったのは貴方でしょう、おかしな事を言わないで」と言われた。

彼女がそういうならそうなのだろうが、実際にはそうじゃないことくらい分かる。

彼女はそれに加えて「これで貴方を見る目も多少なりとも変わるわね」とのこと。彼女が僕よりも速い段階で気付いたことは明白だが、彼女自身ではなく僕に指名させたのはそういうことだった。つまり自分ではなく自分の協力者にもある程度の力を纏わせたかったのだ。

これで誰かが先に指名していたのなら洒落にならない話であるが、僕にそんなことを言う資格はない。

何せ僕のせいでそのリスクがあったのだから。彼女の優しさに罪はない。

「とりあえず、勝者三名を発表する!一人目、烏夜鴉!」

あれ、こいつ聞いたことがある。

僕の足りない脳味噌を回転させて記憶を蘇らせるために起動させた海馬はどうにか彼に関する記憶を呼び覚ましてくれた。

烏夜鴉——男。どうしてこの男に関しての記憶があるのかといえば、こいつは確か地元が近い。

正確には不明だが、僕が中学二年生で津々浦々とバイクで夜を、それこそ烏夜を走っている時代のことだ。隣の市に入りそうになった時に後輩に言われたことがある。

『その街には烏夜がいるから入らない方がいい』と。

どうして入らない方がいいのかは聞かなかったが、無理に入って面倒ごとになるのは御免だったのでそのまま踵を返した。なんてストーリーがあったのだが、その烏夜だ。間違いない。

名前が一緒という可能性があるが、今目の前にいる男こそ『コイツがいる街には入るな』なんて言われそうなオーラをしている。

そういう雰囲気で、そういう空気だ。

地元の思いがけない知人が同じ高校にいたのならそれは喜ばしいことかもしれないが、僕はそんなにだった。

だって名前を知ってるだけの人だから。喜ぶことでもない。

「二人目、甘昧!」

女。僕が知っている情報はそれだけ。あとで讒謗律に聞こう。

「三人目、讒謗律!以上三名が学級委員長候補者だ!残り二回、機会はあるのでみんなも臆面せず頑張りたまえ!今日は解散だ、帰った帰った!」

そういうわけで、僕は真っ先に帰宅した讒謗律の後を追う形で教室を後にした。

今日は運良く勝てたものの来週に関しては必要無いにしても勝利はしておきたいものだ。その作戦会議と甘昧について話を聞く予定だったのだ、が。

彼女、意外と足が速いらしく僕が追いついたのは学校から数百メートル離れた位置だった。逃げ足が早いのか?

「讒謗律………、お前…少しは、僕を気にしろよな…」

「あら、気づかなかったわ。何の用?」

コイツ、ふざけてるな。

息を整えながら頭の中を整理する。言いたいことはそれほど多く無い。

「はぁ…、はぁ…。讒謗律、今日は運良く勝てたけど——」

「何を勘違いしてるの?今日は『勝つべくして勝った』のよ。最初に言った通り私は戦争に臨んで戦争に勝った、偶然で戦争に勝つだなんてそれは勝ちじゃ無いわよ」

あ、確かにそうだ。

僕としては讒謗律からの助言のおかげで勝てたと思っていたが、彼女はその助言をせずとも勝利していた。『運良く』ではなく『実力』だったのだ。

「失言だ、撤回するよ。それで讒謗律、来週はどうする気だよ、今日みたいに勝てる保証も確証もないだろ」

「戦争でなくとも勝負事に於いて最も必要なこものなんだと思う?」

いきなりの質問だった。思いがけない質問に少し戸惑う僕。

『勝負事で一番必要なもの』か。環境だろうか、いや、環境の差異で戦争をするところもある。兵数?これも大事だろうが兵力が少なくとも兵器が少なくとも勝利を収めた事例は存在する。これはあった方がいいものであって始まるものではない。

少し頭を捻った結果、僕なりの結論が出た。

「知識、かな。例えば相手軍に対する知識だったり戦略についての知識だったり公にされていない兵器への知識だったり。『策士』という言葉がある様に策は必要だけど、その策についても知識が不可欠になるだろ?僕の答えはそれだ」

「六十点、良しとしましょう」

「六十?知識より必要なものは何なんだよ?」

「機知——対応力よ。つまり臨機応変だったり柔軟性だったりということ。知識はあくまでの先人の轍であって型にハマってしまってると言えばハマってるのよ。この場合に求められるのが『機知』であり、何よりも重宝されて必要とされて兵器とされるものなの。思いがけない作戦や要所要所の瞬発力や閃き、知識がなくとも機知があれば問題はないのよ」

「すると讒謗律、お前は『作戦なんか無い』と言いたいのか?」

「聞こえは悪いけどそんなところね。クリシェ的にいうなら『作戦がないのが作戦』と言ったところかしらね」

そんな曖昧々な表現で良いのだろうか。作戦を練らずして勝てるのだろうか。

不安要素はあるが今日の結果が何よりも証拠であり何よりも確信であった。不安要素などがあるはずがない。

「あ、そうだ。讒謗律を除いた今日の候補者二名の内、甘昧って奴を知らなくてさ。少しでも良いから知っておきたいんだ、それが僕の戦略だからさ。分かることがあれば教えてくれないか?」

「甘昧外郎。彼女は要注意人物よ——」

『甘昧家』とは、これまた『讒謗律家』の様に古くから続く名家らしい。時代は室町辺りまで遡るほどの名家であり、なんと幕府直属だったなんて噂も聞くらしい。ただ一つ、讒謗律とは大きな違いがある。

「私達が『良い名家』ならば甘昧家は『悪い名家』よ。あの家は通称『解体屋』とも言われてるわ」

「『解体屋』?まさか大工の人間を悪い人間だなんて思ってるのかお前?いくらなんでもそれは失礼だぞ」

「そんなわけないでしょ、彼らがいなければ私達は住む家すらないのだから。そんな低俗な事は言わないわ。それにしても相変わらず察しがいいわね、彼女達は大工の様に家を壊すのよ」

讒謗律曰く、家を壊すという事は名家を陥没させるということ。

甘昧家は悉く名家を潰していたらしい。成程、都合の悪い家を潰すために幕府直属。

そんな彼女の家の性質上、壊してしまうのは家ばかりではなく色んなものの穴を見つけて壊してしまうらしいのである。今回のゲームも同様に。

「今回はどんな手を使ったのかわからないけど、彼女は必ず破壊するわ。ゲームバランスもゲームルールも。くれぐれも、穴を、隙を見せたらダメよ」

僕は讒謗律には釘を刺さた後、彼女と別れた。


くれぐれも言われたことを忘れてはいけない。

くれぐれも刺された釘を抜いてはいけない。

なんたって、『穴』が空いてしまうから。

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