第6話 学級委員長決定戦初戦(3)
003
「なんて言ったんですか?今」
「君の禁句がわかったって言ったんだよ、懐古さん」
信じられない、というよりは信じてやらないという顔をしている懐古さんに対して言う。
他二つのグループがどれだけの時間をかけて看破したのか、はたまたするのかは分からないので一周目が終わったタイミングが如何なものか評価はできない。
大事なことは『このグループの中で最速で注意することができたこと』である。勝者はグループで一人の合計三人なので、どうせならクラスで一番がいいがグループで一番でも取り敢えず差し支えは無いと思う。
讒謗律も、これで許して欲しい。彼女は『この程度』と言うかも知れないが。
「今ならお手付きとカウントしません。聞かなかったことにしますが——」
「くどいな、懐古さん。僕は『さ』だって言ってるんだよ。お手付きな筈がないだろ?もう分かりきってるんだよ」
「随分と…、随分と大きく出ましたね。これで間違っていたなら言い逃れはできませんよ」
「ああ、いいさ。間違っていたのなら、今後の選挙には僕と讒謗律は辞退する」
「!!」
三度目の場の空気が凍った。
今回は讒謗律ではなく『僕』が発言したので言葉自体はそれほど驚異的ではないにせよ、内容に讒謗律を含んでいる言葉だった。
讒謗律がここで何かを言えばまた違ったのかも知れないが彼女はそれをしない。ということは、この僕の台詞は彼女の台詞と同義になるのだ。
いくら透明人間の僕でも、僕の発言は透明ではないらしい。
「…理由を、どうやって私の禁句を『さ』と推理したんですか?説明願います」
「いいよ、説明してやるさ。タネも仕掛けも分からないまま負けは認めたくないもんな」
誰かが誰かの禁句をカミングアウトした時には、一時的にルールの枠外に出る。つまりは禁句の使用が許可されるのである。
説明を見越してのルールだろうか、いいだろう。やってやる。
「懐古さん——君は讒謗律という名前を読めなかった。そういうわけで、僕は君の禁句を『さ』『ん』『ほ』『う』『り』『つ』の誰かだと仮定したのさ」
「え!?」
ここで翠雨さんが挙手をする。
「でも、讒謗律と読めない人なんて結構いるんじゃ…。それで決めつけると言うのは少し危ない橋を渡りすぎだと思います」
「確かに、かなり危ない。もう少し慎重な方がいいんじゃないかな…」
続けて水泡が発言する。
「二人の言わんとすることは分かるよ。だから『仮定』したのさ。何も、この仮定に執着していたのはほんの一周目だけさ。大した時間じゃないだろ?」
僕は懐古さんの顔を伺う。
やはり、これだけでは証拠にならないと言う顔をしており何の変哲もない顔だ。余裕そうだな。
「そして更に絞った。これは賭けだったけど、この中で読めない漢字と言えば『讒』だろ?だから『さ』か『ん』の二択に絞ったのさ。この読み方が分からなければ『何謗律さんですか?』なんて聞き方もできただろうが、まぁそこら辺はカモフラージュだろ」
「人の名前を知らずにお呼びするのは失礼ですから…」
「へえ、わざわざ教えてもらった名前で呼ばないことは失礼ではないのか」
「…!」
「おいおい!ここは重要じゃ無いんだよね?それなら説明を続けてくれ、喧嘩はよしてくれよね…」
次萩が言う。
まあその通りだな。ここはあんまり攻めるべきところじゃない。
「まずはポイントその一。懐古さん、君は『讒』、つまりは『ざん』が読めなかったのだと思うけど、それ以外の読みを使用してるのさ、今までの会話の中で。具体的に言えば『謗る』と『邪』だよ」
「そんなの、ただの偶然です。偶々使用しただけであって私が知らなかった証拠にはなりません」
「そうだろうな。そう言うと思ってこのポイントは当てにしてないよ。ただ、他の読み方を余すこと無く使ってるもんだから知ってると思ってさ」
「そうですか、偶然ですね。漢字が違います」
「まあいいさ。時に翠雨さん、君は讒謗律という漢字を読めるか?」
急に話を振られた贐は少し固まったのち、すぐに答えた。
「まぁ、一応は…」
「そうか。じゃあ褥さん。貴方はどうかな?」「私!?」
これまたギョッと驚く褥さんがいる。
彼女は驚きつつも答えた。
「まぁ、読めないことは無いだろうけど、すぐには出てこないかなあ」
「ありがとう。それじゃあ草々致くんはどうかな?」
「読める。当然なり」
「そうか。じゃあ水泡さん、君は?」
「わ、わたしも一応は…」
「無稽くん。次萩くん。君たちはどう?」
異口同音に「読める」と答える二人。
「躑躅さんは?」
「読めます。法律関連の言葉ですよね」
「と言うわけで懐古さん。君以外の七人は全員が全員読めるんだよ」
「百人が読めるからと言って、百一人目が読めるわけではありません」
「あぁ、確かにそうだ。でも思い出してくれよ。それは一般人の話だろ?」
この『管轄彩葉学園』は高等学校ではあるが普通の高等学校に分類されない。
どんな小学生よりもどんな中学生よりもどんな高校生よりもどんな大学生よりもどんな社会人よりもどんな政治家よりもどんな美術家よりもどんな建築士よりもどんな英雄よりもどんな音楽家よりもどんな天才よりも、この学校に集められた人間は精鋭なのである。
どんな人間よりも優れているのである。
したがって。
「讒謗律が読めないなんてことは当然じゃ無いんだよ。君だって入学試験を突破してるんだから、さ」
「確かにそうですね。でも私が読めないのは当然ですよ。何故なら『私は国語ができないんですから』」
埒が開かないな。展開的に速い様な気がするがもういいか、切り札を出してしまって。
と思った矢先、無稽がこんなことを言い出した。
「おいお前、いい加減にしたらどうだ?さっきから言いがかりばっかりで全く理由になってないぞ」
彼には悪いが、少しうるさい。
「無稽くん、僕は今懐古さんと話しているんだ。説明が終わったとは言っていないはずだけど」
「その説明が長いって言ってるんだよ。側から見たら言いがかりにしか見えねえんだよ」
「言いがかり?それは不本意だ。僕は至って真面目にやってるんだから、君にだって真面目に聞いてほしいな...」
攻撃的な無稽に反しての冷静な僕、という温度差に何かを感じたらしい。途端に無稽は勢いをなくした。
「...。わーったよ...」
そっぽを向く無稽を尻目に、僕は説明を再会した。
「君、法律の知識は如何程かな?」
「ある程度はあります。進路は先程お話しした通りなので」
懐古は堂々と答える。
これでも何か匿って話しているのかも知れないが確認したいことは確認できた。
無稽はなんだかショックを受けたみたいだが、これもまた彼の成長に繋がるだろう。どうでもいいが。
「そう、讒謗律って言うのも法律関連の用語なんだ。それも君が得意とする、専門とする『誹謗中傷』のね」
懐古は少し言葉に詰まったが何事もなかったかの様に口を開いた。
「そうですか。数学者が全ての公式を暗記していない様に私も全ての法律知識を所有しているわけではありませんよ」
「いつまで経っても口数の減らないやつだな。社会が得意なんじゃないのか?公民が苦手なのか?歴史が苦手なのか?どっちだ??」
「…っ」
王手だ。
讒謗律とは、以前説明した様に明治時代の名誉毀損に対する法律である。
一般の人なら法律が得意ではないことを主張したいのなら『公民が苦手』という手になるが、その場合彼女は『歴史が得意』という意味になる。歴史が得意なのに讒謗律を知らないと言うのも面白い話だ。
逆に『歴史が苦手』と言ってしまえばそれこそチェックメイトとなる。讒謗律を知らない設定なのであれば歴史の知識とは思わないからである。
もう一つ『地理』の選択肢があるが、仮にこれだけできたとしても社会が得意という話にはならないので、どちらにせよこの二者択一を迫られる。
「わ、私は『公民が苦手』なんだ。だからこそ、そういう法律の知識は知らない」
「讒謗律は法律の知識だとしても昔の法律だ。公民というよりは歴史の知識になるんだが」
「……っ、縄文から令和までの知識をもれなく持っている人はいないだろう…」
「あぁ、漏れなく持ってる人は確かにいないだろう。だからこそ知識を法律関連に絞ってるんだ」
「歴史にも法律用語は多数出てくるだろう?全て覚えてるわけじゃないんだ、忘れることだってある」
なんて舌の回るやつなんだ。次から次へと弁解の言葉が出てくる。
そろそろ突きつけても良い頃合いかな、徹底的で圧倒的で絶対的な証拠を。
僕は讒謗律にはアイコンタクトを図る。
「私は貴方が何をしようとしているのか皆目見当もつかないけど、次の台詞は言い訳の仕様のないものだと期待しているわ」
よく言うよ、本当に。
「一応確認するけど、懐古さんは社会の入学試験での点数が満点とか。それ本当?」
「ええ…、それが何か?」
「まぁ嘘はつかないか。とにかくね、載ってるんだよ。さっき配布されたものの最初に」
四度目、空気が変わった。
さっき配布されたもの。
僕が一周目が終了し、二周目に入る直前に確認したもの。
それは個人情報カード、否。入試問題の答案だった。
脈絡からして入試問題の大問一の一問目に何が出題されているかは、書かずとも見せずとも聞かせずとも理解できると思う。
そこには彼等には聞き慣れた漢字で、僕には見慣れた漢字で、読者諸君にも見慣れた漢字があった。
敢えて言っておこう。懐古さんに聞こえる様に、分からない人に見える様に。
「『讒謗律』。書いてあるだろ?ここにさ」
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