第5話 学級委員長決定戦初戦(2)

002

合計二十九人として十人、十人、九人のグループに分けられた。僕らは九人のグループだ。

実際は十人だけど僕は居て居ない様なものなのでカウントされていない、いわば透明人間の様なものになった。

軍人先生曰く『相手に関して無知な奴が勝利を掴めるはずがない』らしいので事前に個人情報が配布されている。

個人情報と言っても、クラスメイトに知られても問題のない物ばかりで大したものではないが。

以下、僕と讒謗律以外の八人の名前とプロフィールである。

讒謗律を原点として、上から見た時の時計回りで紹介していく。

睡寝褥——女、得意教科は体育。

体を動かすことが好きらしく、週末は漏れなく運動をしているらしい。小学校ではバスケ倶楽部で地元の弱小チームを関東大会まで連れて行ったという噂。中学には水泳で全国大会経験がある。

水泡養——女、得意教科は理科。

勉強自体あまり好きというわけではなく、五教科の中でマシなのが理科であり得意というわけではないらしい。座右の銘は『滔々』。石橋は叩く慎重な性格。

草々致寿——男、得意教科は国語。

基本的に偏重することなく小説でも評論文でも卒論文でも読むらしいが人権作文は読まない。過去に人権作文が県知事賞を取ったらしいが、賞状は燃やしたらしい。好きな食べ物は温野菜。

躑躅枯葉——女、得意教科は理科。

私立の農業系中学校に在籍していた。将来の夢は農家らしいが、農家にしては勿体無いほどの知識と技術があるらしい。『いただきます』を何よりも命よりも重んじる。

無稽充——男、得意教科は美術。

高校一年生にして個展を二度開いたことがある。画家を『絵の具を塗るだけの簡単な職業』と論う人間を片っ端から論破して歩くのが趣味。プライドが高く性格が捻くれてる。

次萩仄——男、得意教科は無し。

勉強に意欲はないが、それ以外に関しては活発的であり結果もある。決して勉強ができないわけではないらしい。収集癖があり、最近集めているものはまん丸な石。

贐翠雨——女、得意教科は理科。

友達の誕生日には忘れることなくお祝いのメッセージとプレゼントを用意する。群を抜けて頭がいいらしく、忠実な性格も相まって『宿題見せて』と言われた回数は計り知れない。モンブランが好き。

懐古音音——女、得意教科は社会。

この学校の入学試験において唯一の社会満点。国語が苦手。本人は太らない体質らしく体重が年間通して変動しないらしい。近所にあった格安の肉屋が店を畳んだことが最近の悩み。

そして僕と讒謗律の一グループ。

以上、合計九人。

「今日行うゲームは『文字探り』だ。簡単に言ってしまえば文字当てクイズみたいなものだよ。ルールとしては、個人に一文字のみ使用厳禁の文字を付与する。ジャンケンで勝った者から時計回りに質問者が変わり、質問者は誰か一人に対して質問をする。質問された人間が答えた後、二人目の質問者が質問するという流れだ。そのサーキュレーションの中で、誰がどの文字を使用してはいけないのか、誰がどんな使用厳禁の文字を所有しているのか、気付いたのなら即刻指摘するというルールだ。お手付きのペナルティは自分が二回質問するまで指摘はできない。勝者は一人だけ。理解したかい?」

これは言わば——リポグラム。僕はこれを知っている。

リポグラムというには違うかもしれないが、原理としては同じだ。実際に昨日やったばかりだし。

ただ一つ確実に違う点と言えば、僕らは誰がどの文字を使用してはいけないかを把握していたし、七文字の使用制限があった。

しかし今回は誰がどの文字を使用不可なのか不明だし、一文字の使用制限である。大きく違いすぎる。

そしてもう一つ。

昨日のゲームが練習だとしたら今日のは本番。これで彼女——讒謗律の運命が簡易的ではあるが決まってしまうと言っても大過はないだろう。それだけ気合を入れないといけない。

それだけ気合を入れてる讒謗律は、今日一言も喋っていない。大した集中力だ。

「では行くぞ、存分に勝利に走りたまえ!はじめ!!」

勝負が始まった、と同時に讒謗律が僕に話しかけてきた。

今日は口聞かないものだと思ってたのだが普通に話しかけてきた。なんだか拍子抜けだな。

九人全員が円になって座っているが僕だけ讒謗律の後ろで突っ立っている状態である。まるで付添人みたいに。協力者なんだけど。

「勘違いしてもらっちゃ困るから一応言っておくけど、これは戦争よ。勝つことが全て。間違ってでも勝負だなんて思ってはダメよ」

僕、今口に出してかな。と思う様な台詞だった。

実際僕はこれを勝負と捉えているし、ここで負けても捲土重来の機会はあると思ってる。

だが、一回でも負けていいと思ってる人間と一回も負けたくないと思ってる人間では結果に差が出てくる。

彼女はそれを言いたかったのだろう。勝つことが全てとはそういうことだろう。

彼女の士気は十二分だろうが、僕の士気はそれほどまでだった。友人とカードゲームをする様な感覚だった。

だが彼女はそれを許さない。まるで背水の陣、戦、つまり戦争。

僕はまた勘違いしていたらしい。この教室を、否、この戦場を。

少し気を取り直した僕を見て讒謗律は安心そうに前を向き直した。

本人が勝負、じゃない。戦争のこと以外に気を配るなんてことは避けなければならない。

彼女はこの戦争に全身全霊を持ってして挑む必要があるし、協力者として足は引っ張れない。

そんな僕を尻目にジャンケンが始まった。

数回あいこが続いた後、懐古音音の一人勝ちとなり、彼女から時計回りという順番になった。僕らは二番目ということになる。

早速質問が始まる。

僕は先程配布された個人情報カードと照らし合わせて聴くことにした。

「懐古音音と申します。音音と書いて『ねおん』と読みます。よろしくお願いします。いきなりですが質問です。隣の、貴方の苗字を教えていただけますか?漢字に弱いので…」

トップバッターである懐古さんは挨拶を交えて挨拶をした。

仮に自身の名前の中に禁句が入っていたとすれば、その時点で大体絞ることができる。成程、策士だ。

漢字が苦手というのも国語が苦手とか書いてあるし、それなら当たり前だ。

讒謗律っていうのもあまり見ない漢字だから、読めないのも当然と言えば当然だ。何なら少し漢字が得意な人の中にも読めない人がいそうな文字に思える。

ちなみに僕らの禁句は『ひ』である。

「讒謗律蒼薇と言います。『讒る』『謗る』『法律』で『讒謗律』です。よろしく」

「はい、よろしくおねがいします」

懐古さんの社交辞令的な挨拶からゲームは始まった。少し緩めな空気だが、気を引き締めなければ。

続いて讒謗律の質問。

「躑躅さんに質問です。どうして農家志望なのにこの学校にいらしたのですか?」

自己紹介は今丁度行ったからなのか、個人情報カードを見ろということなのか、一昨日したばかりなのでそれくらい覚えろと言うことなのか、とにかく彼女は自己紹介を端折った。

讒謗律なら口調を変えて錯乱させると思ったんだが案外そういうことはしないらしい。

変に目立ちたくないのだろうか。確かにそういう気持ちもあるのかもしれない。あってもおかしくない。というか、そう言う人間的感情がないと逆におかしい。

「私は周りから農業するにはその知識が腐ってしまうと言われてたので、圧というか期待に応えるために受験しました。この学校を卒業しても農業関係の仕事に就くと思います」

「ご丁寧に、ありがとうございます」

躑躅枯葉さんはなんの躊躇も無く答えたが、初対面の人から質問されるというのはどういう気分なのだろうか。いい気分ではないだろうが、決して悪い気分になるというわけでもないだろう。

そもそも話されることに気分の良し悪しがあるのだろうか。

残念ながら、僕はこのゲームに直接的には参加していないのでそれを体感することはできない。

続いて睡寝褥さんの質問。

「睡寝褥っていいます!下の名前で呼んでくれると嬉しいです。んー、あたしも躑躅さんに質問。美味しいお野菜教えて」

「私は、野菜なら何でも絶品だと考えているんですけど…」

「そうなの?強いていうなら何?個人の好みでいいから!」

「そうですね…。茄子が無難ですかね…」

「お茄子ね。今度買ってみるよ、ありがと!」

茄子は人を分けると思うが。

まぁ全部美味しいと思う人からしたら大差ないのか。

続いて水泡養さんの質問。

「水泡養です。懐古さんに質問です。犯罪についてどう思いますか?」

「えー、急ですね…。私はそういう邪な心を持っている人が少なくなればいいと思ってるのでそれ自体には特に何も思いません」

「前向きですね。私も見習いたいです」

そう言って彼女は、水泡さんは悲しそうに黙った。なんだろう。

にしても水泡ってのはそのままの読みでもいいのか。僕はてっきり『みずあぶく』だったり『みずあわ』なんて読んだりするのかと思っていた。

何せ事前に配布された個人情報にはルビが振ってなかったので何と読むのかわからないのである。

不親切だよなぁ、ほんとに。

「草々致寿と申す。讒謗律殿、の後ろの人間に質問である。貴様が学級委員長に立候補しない理由は何故だ?」

なんと。

ここで質問のベクトルが僕に向くとは考えてはいなかった。

あくまで質問は相手の禁句を探し出す手段であり返答を考察するためのものであるが、それをゲームに参加していない僕に使用するとは。

いや、今現在僕が直接ゲームに参加しているわけではないが、言うなれば僕は讒謗律さんの一部である。そうなると僕に対しての質問は間接的に讒謗律さんに探りを入れるということになるのか。

僕と讒謗律の禁句は共通しているのだ。

それに僕は発言してはいけないなんて言われてないからな。

「目的がないから。仮になった所で、僕にとっては猫に小判だよ。他に相応しい人がごまんといる」

「世界に絶望しているのか?等身大で感心できる。くれぐれも讒謗律殿の足を引っ張ってくれるな」

言われなくとも分かってるよ。

声には出なかった。

続いて二回連続質問されていた躑躅枯葉さんの質問。

「躑躅枯葉と申します。『皆さんに』質問ですが、学級委員長になって何をしたいのですか?」

『皆さんに』質問とは大胆に出たな。これなら全員を同時に篩にかけることができるが、質問を一人に限定するのは、その人物の禁句が何かについての考察に集中するためだ。

つまり、大人数相手だと質問の意味がない。同時に多数の考察をする必要があり、このゲームにおいての質問として機能していない。

誰かの気掛かりな点を見つけ次第、考察するのだろうか。どちらにせよ少し面倒だ。

「じ、じゃあ、ジャンケンで勝った私から行きますね。私は弁護士になりたいんです。顔を見ずに人を誹る、つまり誹謗中傷が猛威を振るっているインターネットにおいて、傷つく人を放っておけないんです。それの練習といったら聞こえが悪いと思いますが、とにかく人の意見を聞くことに慣れておきたいと思ったので…!」

「私は生徒会長になるため。それ以上でもそれ以下でもないわ」

「あたしは経験って大事だと思ってるから!色々経験して体験して体感して、そういうことを通じて人は成長するものでしょ?あとは人と話すことが好きだから、かな。学級委員長になったら人と話す機会も増えるよね」

「私は、別段目的なんてないです。強いていうなら自分を変えたいとでもいいましょうか。挑戦してこなかった人生なので、少しくらいの意気込みは必要かと思いまして…」

「俺も褥殿と同じく、色々な経験をするためだ。経験することで知識は身につく。俺は小説を時々執筆しておるが、それにも役に立つからな」

「俺も似てるかな。寿くんと同じで、俺も俺で作品を作るから色々体に身に付かせておかなくちゃ。何かに感化されて、影響を受けて作品を作るっていうのはいいことだぜ」

「僕は、中学でも生徒会をやっててね、理由としては讒謗律さんに似ちゃうんだけど、まあ大きく言えば生徒会に入るためだね。生徒会長までは行かないけどね」

「私も目的は生徒会のためです。昔から几帳面な性格と言われていたので、それを活かせることが無いかと考えた時に、生徒会の会計あたりなら私でも力になれそうだと思ったので」

こんな事を皆が異口同音に言い始めた。全ての人に目標と希望が感じられる。僕は果たしてここにいていいのだろうか。

みんながみんな目的を持っている中で、僕だけは積極性がなく言わば消極的だ。

讒謗律は『やれば何でもできるの典型』なんてこと言ってたけど、裏を返せば『何もやろうとしなければ無能』ということだ。嫌になる。

自分を持って生きていたつもりだったけど、結局皆んなと違うようなことを今現在もしているし、その上僕がやってきたことは全て誰かの真似事だ。

そんな僕が『自分を持ってる』なんて馬鹿なことがあるわけない。自惚れるのもいい加減にしろってもんだ。

「貴方。本当、いい加減にして頂戴。付添人が裏でブツブツ文句を言ってたなら集中できないわ」

「悪かったよ…」

「怒ってるわけじゃ無いわ。もっとシャンとして」

怒ってるじゃん。

まあいい。僕に自我がないと言うなら讒謗律の協力者として振る舞うのがベストだろう。

少し思考を止めよう。マイナスなことを考えると止まらなくなるのが人のサガだ。

続いて無稽充さんの質問。

「無稽充だ。そうだな、寿くんに質問だ。『絵』をどう思う?」

「貴様の絵を見た事がないので失礼に値するかもしれないが、人によってゴミにも芸術にも変わる代物だ」

「…ゴミ?」

多分無稽さんは同じ創作者として草々致さんと関わっておきたかったのだろう。が、彼が人権作文が嫌いな捻くれた人間であることを忘れていたらしい。

思っていても口に出さないものを出してしまう性格が、無稽さんの琴線に触れたらしい。

「何だと?大小問わず芸術は芸術で絵は絵だ。どんな駄作と言われる作品でも価値はある。お前、今、絵を侮辱したな?」

「侮辱とまでは行かぬ。芸術を判断するのは作者じゃない筈。創作者じゃあない筈。だからこそ、判断したまでである」

「ふ、二人とも落ち着いて…!」

贐が止めに入った、が、効果は今一つ。

「侮辱じゃないなら批判だな、慧眼でもない分際で、専門分野に知見の無い分際で、お前何を言っている!そんなところだと、お前の作品はさぞかし駄文なんだろうな。計り知れる」

「何だと?俺の文章が稚拙と言いたいのか?」

「ああそうさ。別の創作者の意図を汲み取れない奴が芸術家を語れるわけないだろ。お前の言うとおり、絵の中にも駄作傑作があるならお前の小説は駄作の類だろうな。文字列を並べるだけでそんなに偉いのか?」

「ふざけるな!その文字を並べる技術がどれほど高等なものかも知らずに…!貴様、表へ出ろ!」

なんてこった。この場において、まさか高校生にもなって口喧嘩の現場を目撃するとは思ってもいなかった。

確かここは頭のいい人間が集まるところだよな?その分プライドの高くて誇りのある人間が集まるのだろうか…。

「えぇ、早く表に出て頂戴」

あれ?無稽ってこんな上品な話し方してたっけ?と思った矢先、この発言をしたのは他でも無い讒謗律だった。

「ここは学級委員長候補者を決める場よ。喧嘩をするなら表に出て、そして帰ってこないでいいわ。貴方たち二人に言い分があるのは分かるけど、進行妨害をしようものなら容赦はしないわ」

「………っ」

讒謗律にこれほどの発言権があったのかと少し驚いたがそれもそのはず、彼ら二人もまた、彼女に返り討ちにされた二十八人の内の一人であり、彼女の悍ましさを理解している。

「そうは言うけどな——」

刹那、讒謗律はかつて無いほど(といっても精々三日間だが)鋭い眼光で彼らを見た。もう少し性格に言うのであれば睨んだ。

「あら、言い訳?もしくは言い分?私はやめろといった筈だけど、それでも話を展開させたいのね。貴方、私と『戦争』したいわけ?」

完全に場の空気が変わった。

無稽と草々致の二人だけではなく、残りの六人も完全に固まった。

讒謗律の『戦争したいわけ?』が具体的に何を指し示す言葉なのかは知らないが、彼女に『勝負事』で敗北を喫した上にプライドを傷つけられた彼彼女らは、讒謗律と『戦争』することにどれだけの恐怖を覚えるのだろうか。

何せ完封だったらしいじゃ無いか。文句のつけようが無い大勝利。

この二人を考慮してでも、どれほどの心傷を負ったのか分からない。

「…悪かった、貴様の言いたいことは分かった。俺の失言だ。頼むから矛を納めてくれ、讒謗律殿。そして謝罪をする。すまん、無稽殿」

「ん、あぁ…。俺も熱くなっちまった。お互い尊敬し合おうや。あんたを、あんたの作品を侮辱して悪かったな」

讒謗律は静かなままだ。

本当に彼らに興味はなく、進行妨害されたことに頭が来たらしい。戦争が始まらなくて良かった。

そして人知れず肩を撫で下ろす贐。

続いて次萩仄さんの質問。こんな後に質問するなんて大変そうだ。

「えと、気を取り直して質問するね。あ、次萩仄と言います。ん、褥さんに質問ですね。苦手なスポーツってありますかね?」

「苦手なスポーツかあ。あぁ、あたし実はテニスが下手でさ、県大会までは行ったことあるんだけど関東大会まで行ったことないんだよね。結構難しいよ、テニス」

苦手で難しいと思ってる競技で普通は県大会までは行かない。

苦手なスポーツはないらしい。

「ありがとうございますね…っ」

次萩は座った。なんか納得してないか、こいつ?

お前は本当にこいつの苦手競技がテニスだと思ってるのか。なんて正直な奴なんだ。涙が出てくる。

続いて唯一喧嘩が終わったことに安堵を覚えた贐翠雨さんの質問。

「最後は私ですか!贐翠雨って言います!名前ほど雨は好きじゃないですよ。讒謗律さんに質問ですが、生徒会長になって何をしたいんですか?」

「世界征服」

え。

瞬間、再び場が凍りつく。

多分冗談だろうが、コイツが言うと冗談が本気になる。弁えてくれ。

「なんてね、嘘よ嘘、大嘘。冗談よ。そうね、世界征服と言わずとも一家征服くらいはするわ」

「一家征服?それってどういうことですか?」

「贐さん。質問は一人一回までですよ」

「ああ、失礼しましたっ!」

そういって贐は赤面する。

そこまで恥ずかしがることでも無いんじゃないかと思ったが、まあ彼女はかなり几帳面らしいし、そこらへんもしっかりしているのだろう。

悪いことじゃ無い。可愛らしい。

さて、贐翠雨が質問を終えたことにより一周目が終了した。

かなりの時間とかなりの文量を費やしたが、いや、文量はそこまでだが、とにかく一周目が終わった。

ここで九人の会話を記憶して使用していない単語を割り出せたのなら楽だが、会話の最中にそんな神技ができるほどの僕じゃ無い。

と、ここで讒謗律が僕に一言。

「私の名前って読みづらいかしら」

「まぁ一般人からしてみれば難読じゃ無いか?」

「そう、実際に読めない人もいたものね」

今更そんなことを気にするのか。なんだか讒謗律らしく無い。

何か意味があるのだろうか。讒謗律の漢字の読み方?そこまで彼女は気にするだろうか。

いや、そんなこと今まで数え切れないほどあったはずだ。ならば彼女は何かメッセージが——

成程閃いた。僕は先程の配布物を手に取る。


懐古さんが口を開く。二週目の開始だ。

例の通りルール通りの質疑応答。そして回ってくる僕らの番。僕らのターン。

「分かってるわよね。ここで変な質問をしたのなら、私は貴方を軽蔑するわ」

「その心配はない。僕を舐めるな」

そして今度は、讒謗律ではなく『僕』が質問をする。少し驚いたような顔をしている者や、平然とした顔をしている人、いろんな顔をしている中、僕はある人の顔を見る。

懐古さんだ。

「懐古さん、君に質問だ。さっき誹謗中傷を撲滅したいなんてことを言ってたけど、そのきっかけは何?」

「きっかけですか?そうですね、歴史——」

と、ここで懐古さんが何かを悟った様に留まる。口を閉じる。

そして何かを思い出したように、また口を開く。

「懸案事項だからです…!ニュースで見た時に気になってしまって、そう言うのを許せないと言うか、見過ごせない性格なので。それだけです、はい。本当にそれだけです!」

なるほど。口だけじゃなくて実際に行動するのは良いことだ。口だけじゃ何も始まらない。

だがこの場合は、口で『ある言葉』を言ってくれれば始まってしまう。いや、ゲームは終わってしまう。

彼女には軍人先生の言う通り、『遅い』を体験してもらうじゃないか。『もう遅い』だが。


「OK。わかったよ、君の禁句は『さ』だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る