第3話 初対面(3)
003
しかして僕は讒謗律が学級委員長になるお手伝いをすることになった。
小中学生の時の学級委員長は、選挙みたいな大それた事はせずに簡単に言ってしまえば多数決だった。その場即興で意気込みを発表して個人の好みで判定する、そんな感じの軽い学級委員長選挙だったが、この学校は違うのだろうか。
頭のいい人達は常人とは何かと違うと言うが、この学校も例に漏れず、何か違く、その違いの中に学級委員長選抜戦が含有されてるのだろうか。当然と言えば当然だがそんなに息巻くものなのか?
そもそもの話、学級委員長になったから何だというのだろうか。こういうのは大体生徒会長だったり風紀委員、部活や同好会を開いたりするのが定番だと思うが、やはり何か違うのだろうか。
とりあえず、日直の仕事を全うするために日誌を職員室へ取りに行こうと思う。
朝の仕事はそれだけだが、軍人先生から『誰よりも早く来るように!』と言われたので成丈早く来たという所存である。
額面通りの意味ではなくて心構えの話をしていたのだろうが、昨日のクラスを鑑みると、それなりに早い時間だと僕が最後になりかねないので、校則に則った上では一番早くに来たのだ。
兎にも角にも日直の仕事の後、教室に帰って来た時に彼女がいたなら質問しよう。ちなみに彼女は、今、絶賛お着替え中である。
時間と話は飛ぶ。約十分程。
時刻は七時。当然と言えば当然だが、彼女は教室にいた。まだ教室にいた。未だに教室にいた。
確かにわざわざ登校したのに教室以外のどこに行くのかといえばどこにも行かない。ここが行き慣れた学校なら話は別だが、この学校に行き慣れたクラスメイトはいない。
なんか気まずいし会話はしたくなかったけど、時に会話をしない方が気まずいという場面もある。僕は予定通りに質問することにした。
「讒謗律さん、一つ質問いいか」
「それは『願い事』かしら」
「寛恕に頼むよ...」
少し間が空いた。ほんの少しだけ。
「...何かしら」
「どうして学級委員長になりたがってるんだ?」
彼女からすれば、そんなことは当たり前のことだったようで、面食らったようにこちらを見ていた。面食らったというか、『何を言っているのか分からない顔』というか。
まるで『君はどうして息をしているんだい?』だとか『食事ってなぜ必要なの?』みたいなことを聞かれた時の顔をしている。
まあ彼女のことなので、そこまで顔に感情が出ているわけではないが。
「どういうことかしら?」
「僕の知見を参照にするとそこまで魅力的な役職には思えないんだけど」
「...」
ん?心無しかこの女、ちょっと溜息を溢したのか?気のせいだと信じたいが。
「そうね、腐っても協力者だものね。答えてあげるわ。この学校では生徒会に立候補する者の条件として学級委員長であることが定められているのよ。その為よ」
「生徒会?入学二日目で随分気合が入ってるんだな。僕は無知だから聞いておくけど、どうして生徒会なんて志望してるんだ?まさかだけど、世の為人の為、学校を良くする為なんて綺麗事は言わないだろうね。そんな正義のお面を被った奴に協力した覚えはないよ」
実際にそうだ。世の中は綺麗事が大好きだ。みんな仲良くだとか手を取り合ってなんてのが常套句だが、そんなに上等句ではないし、そんな綺麗事が罷り通るものなら戦争は無い。
みんながみんな、心の中の自分を大事に考えてるんだ。最優先事項として捉えてるんだ。なんの見返りもなく周りの為に動くお節介な人間なんて、裏でどんな事をしているかわかったものじゃ無い。
聖人君子は、いない。
尤も、昨今の現実主義的なものもいただけないが。
「そうね、貴方の為になる情報を言っておくのであれば『洛陽学園』は国立の、というか国家管轄の学校なのよ。当然教師全員余す事なく国家公務員の資格を持っているし、それ程の難易度の受験だったはず」
「おい、ちょっと待てよ。僕は確か『私立の名門校』に入学したはずだぜ?そりゃあまあ確かに、入試自体は難しかったけども、あのレベルなら難関私立にだってあるレベルだぜ」
「この学園に普通の生徒はいらない。何らかの才能か、それとも努力の賜物を持ってして入学している人が九十九なのよ。そういう優秀な人材を集めているこの学校は、卒業後、希望する国営機関ならどこでも入れるというわけよ。大学でも企業でもね。そんな学校の生徒会長ともなればどれほどの価値があるかお分かりでしょう?この学校があくまでも『私立』と謳っているのは、そうね。せめてもの隠蔽工作かしら。こんな人生楽に進める高校があるなんて知られるのも困るのかしらね。まあ、それももう意味がないかもしれないけど...」
この日本国内であればどんな強力な資格にも引けを取らない、下手したらそれ以上の効力を保有する資格になるかもしれない。馬鹿でもわかる、僕でもわかる、そんなレベルの話だった。
ただ、今の話で引っ掛かる点が二つ。
「これも一応聞いておくんだけど、『僕の為になる情報』じゃない方の理由は何?意味があるからそういう言い方をしたんだよね」
またため息だ。ただ、さっきのため息は悪い意味での諦めだったが、今回は見透かされた様な表情での諦めだった。まあ言わば良い意味での諦めである。
「随分耳と察しがいいですわね。貴方のような心強い協力者には、ある程度話すべきかもしれないわね...」
やはりコイツに協力者と言われると腑に落ちないが、この場合、もう協力者なんてことは否定しない。つい数分前にあんな事があったのだから。あんな事を為出来したのだから。
それにしても、讒謗律にしては何だか少し躊躇ったような物言いだった。
「私は明治時代から続く『讒謗律家』本家の娘なの。上に三人兄がいて、私は末っ子で女一人。時節柄、男女平等だとか多様性とか言われてるけどそういうのに疎い家庭で、確かに名家と言えば名家だし伝統があって当然なのよね」
讒謗律家。受験に出てこないような歴史の知識を叩き込んでいた時に聞いた覚えのある家。
法律である讒謗律とは無関係の名家。何を売っていたかは忘れてしまった。何をしていたかは覚えていない。ただ、それを愚直に質問してしまうのは失礼だろう。
「細かい理由は追々説明するけどね、私はそこの当主たるものになりたいのよ。今の時代の男女平等とは違う『女なんて関係ない』ってのが私の根底の中にあるの。舐めてた奴を見返すってのが分かりやすいかしらね」
深窓の令嬢とは身分の高い家に生まれ蝶よ花よと育てられてきた女子を意味する言葉。その女子は俗世に染まっていないからこそ、存在が遠く感じられ深窓と表現される。
僕が彼女に抱いたイメージはそれそのままだった。貴賓溢れる風貌に僕ら一般人じゃ到底取ることのできない言動、文字通りのお嬢様だった。だと思った。僕は何回彼女を誤解すれば気が済むのだろうか。
お嬢様である讒謗律蒼薇は野心家だった。名家の娘であることにあてこんで尊大になることなく、なんならその中でも向上心を持ち目を輝かせ気を衒っている。等身大の彼女を見るとそこまで遠い存在には感じやしないが、惰性で生きている僕らよりはやっぱり遠い存在なのかと思う。
この学校の、というか絞るとすればこのクラスの人達は皆が皆そういう目的があって生きてるのだろうか。そういう目的があって学級委員長の椅子を狙っているのだろうか。そういう目的があってこの高校に入ったのだろうか。確実なことは、僕なんかとは大違いということだ。
さっき彼女は『やれば何でもできる人』と僕を評してくれたが、それは大きな間違いだ。彼女も少なからず僕に勘違いをしているらしい。まあ社交辞令だと思うが。
あれ?仮に僕の実力が本当にそういうものだとしてもしなくても、この学園においては特に後援は誰にとっても必要なものじゃないのだろうか。再び言うが、この学園においてそういう思考に至ったのが讒謗律ただ一人とは考えにくいし、昨日の集合率を思い出してみてもこの段階で僕ら二人というのもなんだかおかしな話だな。
「ねえ、昨日讒謗律さんが学校に到着したのは何時?」
「そうね。大体七時頃だったかしら。後から来る生徒たちに威嚇してやろうと思ってね」
「面白い冗談だね。その威嚇は成功したのかい?」
「残念ながら失敗に落着したわ。私が到着した頃には、十五人前後は既に着席してたと思うわ。つまりクラスのおよそ半分ね」
「へぇ。昨日はそんな調子なのに今日は少ないんだね。まだ僕ら二人しかいない」
「ああ、帰ってもらったからですわね」
「は?」
成程。僕は前提条件に彼らはまだ学校に来ていないと考えていたがそれは大きな間違いだった。彼らは一度学校に来ていたのだ。それも彼女同様、規則を遵守した僕よりも先に。
まさか僕を除いて天才が揃っているこのクラスの人間が、二日目は初日に比べて大幅に遅れて来ることはないと思っていた。天才故にそういうことはあるかもしれないが、ないかと思っていた。
色々考えた結果、正解は讒謗律が帰らせた、追い返したということらしい。何故??
「貴方を狙っている人が私一人と思っていらしたの?先程説明した通り、この学校には全ての事象が水準以上かつ異常な才能を持った人間が集まる学校なのよ。全員が全員慧眼を持っていると考えてもらわないと」
「別に考えてなかった訳じゃないさ。ただ考えなかったのは讒謗律さんがみんなを帰らせたことだよ。一体どんな手を使って帰らせたんだ?皆目見当もつかないよ」
「しりとり」
「なんだって?」
思わず聞き返してしまった。
「耳が良いのか悪いのか分からないわね。しりとりよ。そのくらい知ってるでしょう?」
それくらいのことを心配されてしまった。全国模試百位以内の僕じゃなくとも、まあ幼稚園生でもわかる事だ。
「ただししりとりと言っても『十五音以上限定』よ。それに間髪入れずに続けないといけないというルールも付け足して実施したわ。確か『しりとり』から始まって、私の『両虎相闘えば勢い倶に生きず』を皮切りに始まったけど、五周目くらいで私以外は全滅だったわね」
「へえ、そりゃ凄い。ところで讒謗律さん以外には何人いたんだ?」
「二十八人」
全員じゃないか。昨日出席していた人が合計三十人だから、僕と讒謗律さんを抜いたら全員。天才が二十八人揃っても尚、この女性には白星をあげることができないのか。
いや待てよ。
「突然だけど、讒謗律さんって国語得意?」
「ええ。五科目の中では一番得意よ」
「まさかとは思うけど自分の得意分野で戦ったの?」
「当たり前でしょ。負け試合を申し込むほど頭は悪くないわ。それに、学級委員長に志望しているのにクラスメイトからの挑戦状を無視できないでしょう?」
「策士だな」
確かにここで擯斥してしまうと尻尾を巻いて逃げるようなもの、印象は悪くなる。嫌でも彼女の得意分野でも射程圏内でも嚥下する他無くなってしまうというわけだ。
「つまり、今日の出席者はお前と讒謗律以外に存在しないわけだな」
知らぬ間にドアにもたれ掛かっている軍人先生、じゃなかった、鷹山塚がいた。今日も今日とて軍服みたいな服を着ている。こわいなあ。
「そうですね。今日の授業を受けるのは私たち二人です」
「今日は授業が無いから出席者が少ないのは良いけどな。二日目の予定は簡単なオリエンテーションで終わりだったんだが、入学案内に書いてある事を復唱するだけだったし必要ないっちゃ、必要ないんだ。という事で、お二人には来てもらって悪いがもう帰ってもらう」
そのセリフは讒謗律が二十八人に対して吐いた宣戦布告に聞こえる。ただ状況が違う。
そもそも讒謗律が来たから二十八人が帰る羽目になったわけで、まるでマッチポンプだ。
どうやら今日の日誌は白紙で終わりそうだ。
讒謗律はもう帰り支度を終えて廊下に出ようとしていた。仕事の早い奴だな。
「あ、言い忘れてたけど」
ん?と、僕と讒謗律は再度、軍人先生に目を向ける。
讒謗律は視線だけを移して睨んでいるようだった。
「明日は待ちに待った学級委員長決め一日目だ。張り切ってくれ」
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