会話というのは重要で、たった一言がすべてを把握する答えになる

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 会話というのは重要で、たった一言がすべてを把握する答えになる。

 那珂川さんめ、とんでもないことをしてくれたな。


 那珂川さんは幽霊が見える。

 那珂川さんは人間を操れる。

 操られた人間は精神が不安定になり、時に凶暴化する。


 事実をもとに、箱の製作過程を想像していると、真田家にたどり着いた。


「こんにちは、立花くん」

「ただいま、清末兄さん」


 いつもは置物のようにボーッとしている清末兄さんが、熱心に僕らを見渡している。

 彼の手には、顔面をスプーンのようなもので抉られた藁人形が握られている。


「ひかるはどこでしょう……。無事なのか確認したいです」

「兄さん。僕は枝光の体に憑依しているよ」

「体を動かすときに支障はありませんか? 痛い部分はありませんか?」

「平気! 見ての通りだよ。兄さんが作ってくれた身代わり人形が傷を引き取ってくれたよ。ありがとう」


 清末兄さんは人形作りのプロで、分身作りを得意としている。どんな攻撃でも分身の人形が全て引き受けてくれる。

 枝光がトゲだらけの武器で顔を殴られても無傷だったのは人形のおかげだ。


「……そうですか。みんなが無事に帰ってきてくれて一安心です」


 一瞬で兄さんは無関心な目に戻った。

 いつものように土間の隅っこの椅子に座ると作業をはじめた。



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「やはり立花殿だったか。いつから枝光君にはいった?」


 森井がつまらなそうに鼻を鳴らした。もっと驚くと思ったのに意外と落ち着いていた。

 たしかに枝光なら、顔の傷を移そうとしないし、そもそも騙すような真似をしない。


「釘バットで殴られた時だよ。起き上がってから僕のターン」

「釘バットで⁉︎」


 秋吉がまじまじと僕……じゃなくて枝光の顔を覗き込んでいる。

 なぜ秋吉殿は知らないんだと、森井は尋ねなかった。彼の反応から、僕が枝光の前に秋吉に憑依したのだと察したから。


 僕と秋吉と枝光は、母親の霊媒体質を受け継いでいる。枝光は真田として素質があると祖母に選ばれたけど、秋吉だって霊に憑かれやすい。


 血の繋がったきょうだいだからなのか、僕は秋吉たちの体を勝手に動かしてしまう。

 とり憑かれた方はたまったものじゃない。

 申し訳ございませんでした。


「……あ、秋吉。ごめん」

「立花は僕らを助けようとしてくれた。さすが兄貴だ」

「でも、上手くいきませんでした」

「まだやれることはあるだろ。だから枝光に憑いている」


 それなのに秋吉は怒らない。むしろ、僕と久しぶりに会えて嬉しそうだった。

 この子は僕に懐いていたおかげで恨み言一つ言われないのだとしても、別の罪悪感で胸が痛くなる。


 中平秋吉は幽霊が見えない。

 僕が近くにいても見えないし喋れない。

 それは彼にとってとても寂しいことだ。

 僕が死んでから、彼を悲しませてばかりいる。


 ごめんね秋吉。用事が終わったら僕はいなくなる。



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「確信を持つために質問に答えてほしいんだけど……清末兄さん」

「はい」

「昨晩のことなんだけど、亜紀さんを救う手段として、、解決できると言ったんだよね?」

「はい。なぜなら立花くんは言葉だけで相手の考えを変えることができます」

「そういうことね」


 兄さんは成仏やお焚き上げより、僕が適切だと思った。


 まさか一番に気づくのが、いつもボーっとしている清末兄さんだとは、誰も思うまい。

 なんでわかったんだろう? カンの働くキャラは森井で充分なんだけど。


「どういうこと? 立花はお祓いや説法なんてやったことないのに」

「超能力だよ、秋吉殿。なるほど。だからあの時、研究所が見えたのか」


 真相にたどり着けていない秋吉の隣で、森井が手を打った。

 察しのいい森井なら、僕と同じ仮定にたどり着いたはずだ。


 おそらく那珂川さんは能力開発セミナーで人間を操る能力を得た。

 だから気難しい瑞橋先生を動かし、図書館の女性を凶暴化してみせた。

 

 秋吉が石を預けたのに結局戻ってきたのは、彼女に強迫観念を植え付けられたから。

 亜紀さんが極度に怯えているのも那珂川さんの仕業だ。



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「まず那珂川さんは亜紀さんを不安定にさせた。だから、亜紀さんに憑かれた人間は同調して頭がおかしくなる」

「……ん?」


 僕の推理に秋吉は固まった。予想していた反応だけど、居心地が悪い。

 自分でも無茶苦茶だと思っている。聞かされた方は「なにを言っているんだコイツ」と思うのは当然だ。


「つまり、怪物だの見たら狂うだの、すべて刷り込まれた妄想だよ」

「夢につながる法則は?」

「さあ、僕は人並みにホラーが好きなだけで、専門的なことまでは説明できない」

「石と亜紀さんの関係は?」

「それはわからない。幽霊の宿った石を見つけたのかもしれないし、不安定にさせた霊を石に閉じ込めたのかもしれない」

「そもそも、幽霊に干渉できるのか?」

「できたからこの騒動は起こったんじゃないかな?」


 僕らは探偵じゃないから、すべてを明るみにしなくてもかまわない。

 亜紀さんの苦しんでいる原因を仮定して、対策を考え実行する。

 僕らの目的は、亜紀さんを救うことだ。


「立花殿の推理だと彼女は幽霊が見えることが前提だな。確証はあるのか?」


 森井は慣れているので、とりあえず信じてくれる。彼女の場合は、疑問が解消すればさらに受け止めてくれる。


「那珂川さんは幽霊が見えるよ。教室で僕は睨まれたことがあるからね」

「ならあり得そうだ。しかし、人を意のままに操れるのなら、気に食わない教師や秋吉殿に直接術をかけたほうが早いだろうに」


 合理的な森井らしい意見だ。

 でもね、それだと

 物語が始まらない……なんて、声に出して言えないけど。


 真面目な森井に呆れられ、お調子者の枝光から「さすがエンターテイメントの鑑だ」とからかわれる。


 なにより、エンタメで人が傷つくことを許さない秋吉に聞かせたら絶対悲しんでしまう。


 「森井は、幽霊が見える精神科医に任せればいいと言っていたけど、あながち間違っていなかったね」



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「立花くん。お願いします。どうか助けてあげてください」


 清末兄さんは、なぜか僕が超能力を使えると勘違いしている。

 たしかに能力開発塾に何度も行ったけど、だからといって能力を習得したわけではない。


「超能力に詳しい立花殿であれば、洗脳を解くことなど朝飯前だろう」

「買い被りすぎだよ」


 塾に足しげくかよっただけなのに、森井は僕を超能力に詳しい専門家だと信じている節がある。どうしてそんな勘違いをしている?


「でも立花は対話だけで相手の行動や考え方を変えてみせた」

「喋っているうちに、勝手に相手の心が変化しただけで僕は何もしてないよ」


 対話で危機を逃れた過去を覚えている立花は、僕に信頼を寄せている。

 相手の性質を推測し、同調し、心に届く言葉を選んでいるだけなのに。

 催眠術のような強制力はないから、最終的に相手に決断をゆだねることになる。

 

 亜紀さんが聞く耳を持ってくれないと、僕は完全に無力だ。


「それでも、やれるだけのことはやってみようかな」

 

 運が良ければ、亜紀さんに植え付けられた恐怖を取り除けるかもしれない。

 その程度の心づもりでよろしく。

 

 ダメでもともとだ。最終決戦といこうじゃないか。

 ……まあ、話し合いに勝ち負けなんてないけどね。

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