まともな話し合いができないのなら、別の方向から崩しにかかろう
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まともな話し合いができないのなら、別の方向から崩しにかかろう。
だから、無理にこちらの意見を受け入れてもらう必要はない。
自分の考えが本当に正しいのかと彼女自身が疑ってくれれば、僕としては満足だ。
さっそく秋吉の背後に移動し、不利な彼女へ声をかける。
「あなたがカズテルくんを好きになる気持ちはたいへんよく分かります。彼はとても優しい人ですよね。さっき、僕らが図書館を出た直後に襲撃されていたところをあなたは見ていましたね。カズテルくんは優しいから僕らを助けてくれました。とても良い人ですね」
刺激しないように優しい口調で言い聞かせる。しかし相手に喋らせる機会を与えない。僕が一方的に喋り続ける。
「カズテルくんは誰にでも優しいからあなたにも優しいのです。あなたが好きだから優しいのではありません。なぜなら、カズテルくんがあなたを特別だと思っているのなら、あなただけに優しく接するからです」
「何が言いたいわけ? カズテルくんに好かれない私を責めているの? 私が一方的に好きになったらいけないの?」
一方的に好きになるだけなら問題ない。
やり過ぎだ。
那珂川さんが和輝を好きにならなければ、こんな騒動は起こらなかったのに。
あるいは和輝が那珂川さんの気持ちに気づけば、秋吉は巻き込まれにすんだのに。
できることなら、この場で彼女の恋心を変えたいところだ。上手くいくといいな。
「カズテルくんが大好きな理由はなんですか?」
「私が話しかけても無視しない」
「優しいからですね」
「会話をしてくれる」
「優しいからですね」
「困っていたら教えてくれる」
「優しいからですね」
「さっきからなんだよ! 私に優しくしてくれるのはカズテルくんだけだよ!」
「しかしあなただけに優しいわけではありません。思い上がらないでください」
冷たく言い放つと、彼女は言葉につまった。
言い返される前に僕は意見を押し通す。
「優しさが人を好きになる理由に当てはまるのなら、誰にでも優しいカズテルくんは人気者です。でも彼が学校で女子達に囲まれているところを目撃したことはありませんよね? 優しさは人を好きになる理由にはなりません」
「で、でも……」
「あなたは自分に優しくしてくれる人が好きなのですね? だったらあなたを愛してくれる優しい人を選びなさい。そのほうがあなたは苦しまずに済みます。それに、浮気をされる心配もありません」
優しければ、あなたは誰でもいいのでしょうと、はっきり言えうのではなく、本人に気づかせる。言葉を選んで誘導する。
和輝に対する好きに疑惑を抱いてくれれば充分だけど、せっかくなので彼女が愛される方法を提示してみる。
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「……そうは言っても、あなたはカズテルくんに優しくしてもらえれば充分なのでしょう? 人の幸せは人それぞれ。恋が成就せずとも彼がそばにいれば良い。あなたを不快にさせたお詫びに、彼に優しくされる状況を整えました」
顔を両手で隠して彼女に近づく。
膝を曲げて、彼女の目の高さに顔を調整する。
さて、彼女は枝光が釘バットで殴られた瞬間を目撃しただろうか?
「先ほど、釘バットで顔面を抉られました。この傷をあなたに差し上げます」
「え?」
呆然とした声。見えないけど、目が点になった那珂川さんが想像できる。
あまりに突飛な宣言に彼女は驚いている。鼻で笑われると思いきや、意外にも望ましい反応だった。
耳を傾ける姿勢は悪くない。信じ込ませる手間が省ける。
「顔面に大怪我を負っていれば、優しいカズテルくんは見捨てたりしません。優しいから」
「ちょ、何言って──」
「傷跡が残ったら、優しい彼はずっと気を遣ってくれます。だから移します」
「はあ……? なんだよそれ。そ、そんなこと、あり得ない……」
「実際に移すまでは信じられませんよね。その気持ち、よくわかります。しかしすぐに理解しますよ」
堂々とした宣言に彼女の反論が止まる。
僕の声色が本気だから、僕は嘘をついていない。そう思い込ませれば大成功だ。
傷を移すなんて、現実的にありえない?
でも僕は本当にやろうとしている。
信念があれば、なんらかのかたちで結果がでることを那珂川さんは理解している。
「ああよかった、血が止まっています。ついでに痛くないようにしておくので、あなたの顔には無数の穴だけが空くだけです」
「う、うそ……」
「幸い失明にはなっていませんが、鼻が変形しています。整形外科に行った方が良いかもしれません」
「ふざけないで……。だいたい、あんたがカズテルくんと仲良く喋っていたから殴られたのに。自業自得なのに」
「カウントダウンでゼロになったら穴ぼこはあなたに移動しています! さあ、いきますよ! 3、2……」
「ま、待ってよ!」
「なんちって」
覆っていた手を外して笑顔を彼女に見せる。傷一つない顔を見るなり、彼女は悲鳴をあげる。
同調した彼女は、説明せずとも意味がわかっていた。
「すでに移動しています。気づかなかったということは、痛くなかったのでしょう。うわあ! 見た目はとても痛そうなのに。決心がつくまで鏡は見ない方がいいでしょう。あ! 車に反射して顔が!」
「いやああ!」
僕の言葉を真に受けて、那珂川さんは顔を押さえてうずくまった。
鏡で確認する余裕もなく、本気で自分の顔が傷だらけだと信じている。
まさか、こんなに上手くいくなんて思わなかった。
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「カズテルくん。出番だよ」
名前を呼ぶと、車の後ろから和輝が顔を出した。
那珂川さんの怯えきった姿に同情したのか、なんともいえない表情を浮かべている。
「本当に顔の傷を移したのか?」
「まさか! はじめから顔に怪我なんて負ってないよ」
僕は自慢のウインクをしてみせたが、前髪が長すぎるせいで見えなかったかもしれない。
「でもあの時、瑞橋先生から殴られていただろ? 吹き飛ばされた瞬間をたしかに見た」
和輝は神妙な面持ちで首を傾げている。それなのに傷一つない顔に怯えている。
もちろんタネはあるよ。でも信じてくれるとは思えないので、用意していた言い訳で誤魔化すか。
僕はあからさまにふざけた口調で答えた。
「その場にいた全員に催眠術をかけていたのさ。まんまと騙されたね」
「十円玉もなしに催眠術なんて使えないだろ」
和輝は真面目な声で否定した。だが、僕を警戒している。
本気で僕が催眠術を使えるのではないかと睨んでいる。
「熟練者なら十円玉を使わずに人を操れるかもね。那珂川さんみたいに」
「……あいつが催眠術である根拠があって言っているのか?」
「ないよ! だって僕はずっと冗談しか口にしてないからね。だから、どうか気にしないで」
だから、かたくなに否定しなくていいんだよと、和輝を見つめ返す。
まるで、お化けを怖がっている人が「お化けなんているわけない」と強がっているような拒絶反応を感じた。
和輝の唇が一瞬だけ固く閉じたが、すぐに何か言い返そうと口を開いた。しかし結局何も言わずに目を逸らした。
とりあえず、那珂川さんを軽く懲らしめたので、あとは石の呪いにとりかかろう。
これ以上僕が何を言ったところで彼女は聞いてくれない。
ならば唯一心を開いている和輝に釘を刺してもらおう。
そういうことで、僕はあとしまつを任せるべく、深々と頭を下げた。
「とにかく、あとは頼んだよ。彼女は、秋吉がカズテルくんと仲良しなだけで、わざわざ呪いを用意したんだよ。彼女には二度と攻撃しないように注意してほしい」
「あ、あんた……」
ようやく和輝が警戒心剥き出しの目でこちらを見ていることに気がついた。
得体の知れないものを目の当たりにしたような目で枝光を見ている。もちろんその疑心は枝光に向けたものではない。
なぜなら、枝光の態度がさきほどと変わっているから。
まるで人が変わったように。
誰だ、お前は。
そんな目で僕を見ている。
僕はもう一度「頼んだよ」と言って、駅へ歩き出した。
早く家に戻ろう。
残る問題は、亜紀さんをどう救うのか。
亜紀さんを心配していたのは枝光だけだった。早く安心させてあげたい。
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