これから紐解いていく

顔を押さえていた手を離してみると、手のひらに血液は付着していない

(1/5)



 顔を押さえていた手を離してみると、手のひらに血液は付着していない。

 念入りに顔面を触ってみるが、小さな穴もなければ痛みも感じない。

 確実に無数の釘で殴られたのに無傷だった。


「なかくん。大丈夫か」


 森井はいつも通りの生気のない目で見下ろしている。

 彼女の反応を見る限り、目立った怪我はしていないのだろう。


 ちなみに彼女の「大丈夫か」は、まだ気分がすぐれないのならもう少し休むかという意味だ。


 僕は……枝光に憑依した僕は立ち上がった。


「問題ない。それより黒幕にいろいろ言ってやりたい気分だよ。というわけで行こうか」


 僕らは戦意喪失してへたりこむ瑞橋先生の脇を通る。


 格下だと見下げた男子生徒から足払いをされたあげく武器を取り上げられてしまった先生は、魂が抜けてしまったかのように呆然としていた。


 中学の頃のあいつだったら迷いなく気絶させていたので、反撃されないだけこの人は幸運だ。


 ちなみに秋吉は釘バットを握りしめ、全力疾走で階段を上っていった。

 僕にはわかる。呪いの箱を製作し、そのうえいろんな人間を操った黒幕を捕まえにいったのだ。

 こういう時のあいつのカンは鋭いから、すぐに見つけ出すだろう。


「秋吉殿が突然走り出した。しかし逃げたようには見えなかった」

「追いかけたんだよ。僕らも合流しよう」


 さて、けど、まずは犯人当てだ。



(2/5)



 図書館の駐車場で、腰を抜かしてへたり込む女子高生と、そんな女子に釘バットを突きつける秋吉が睨み合っていた。


 どうして女子と断言できるかというと、彼女は秋吉の通っている学校のセーラー服を着ているからだ。


 なんでこの子、学制服を着ているのだろう。おかげですぐに見つかったじゃないか。

 気づかれない自信があったのか、盲点に気づかなかったのか。


「ああ、そっちか」


 駐車場の様子を把握した森井は、驚くどころか納得していた。

 その反応を見て、僕はやはりそうかと確信した。

 森井は雑誌を手に取った時、インタビュー記事を読む和輝と彼女が見えていたのだ。


 僕も、箱を作ったのはどちらだろうと迷ったけど、さきほど和輝と会話したおかげで彼女に絞られた。


 僕がいなくなったら和輝は森井と近づくチャンスはほぼゼロになる。


「泥棒じゃん!」


 女子が叫んだ。よく見るとこの子は、秋吉と和輝が喋っていると睨みつけてきたクラスメイトだ。

 本気で人を殺しそうな目つきが印象的だったけど、今もその気迫は衰えていない。隙をついて逆転してやろうと目を光らせている。


「ラッキーアイテムなんだ。あとこの武器、先生の私物じゃないだろ。攻撃的な性格のくせに扱い慣れていなかった」


 秋吉は涼しい顔でバットを振った。釘も木製バットもまだ新しい。わざわざ用意したのか。確実に嫌いな奴を仕留めるために。

 しかし手間をかけた割には、大した成果は得られなかった。とても残念である。



(3/5)



「那珂川さんだっけ? 教室でいつも睨んでくるけど、僕は何もしていないよな?」


 那珂川さん。どこかで耳にしたことのある名前だと思ったら、瑞橋先生が贔屓にしている生徒じゃないか。


 あーあ。彼女が古典で満点を取っていれば、秋吉は先生に怒られなかったのに……なんてね。そんなわけないか。


「古典で僕より点数が低かったから、その腹いせ? そんなアホらしい理由で箱を? よく端橋先生も協力してくれたよ」

「あの女が協力者? そんなわけないじゃん! カズテルくんと二人きりで勉強会とかマジうざい! ほんとありえない!」


 なるほどね。那珂川さんは、好きな人が自分以外と喋っていると怒るタイプか。

 しかも好きな人ではなく、好きな人と一緒にいる相手に怒りを向ける。

 休み時間に話しているだけでも補習をお願いされただけでも、応じれば問答無用で憎む。厄介だ。



(4/5)



「あの女は!」

「那珂川さん。いちおう先生と呼びなよ」

「他人に興味はありませんって顔をしているくせに、カズテルくんに補習を受けさせた! 少なからず好意があったんだろ!」


 ようやく成り行きが見えてきた。

 那珂川さんはまず瑞橋先生に箱を渡した。やきもちの発散だけでなく、箱の効果をテストする意味合いも兼ねて。で、先生の容態を確かめてから本当に苦しんでほしい秋吉に渡すよう指示を出した。


「先生が本気で和輝の恋人になると思っているのか? 恨む時間があるのなら、彼女になれるよう努力しろよ」

「はあ? カズテルくんの一番近くにいるからって偉そうに指図しないでくれる? マジウザいんだけど!」

「たまに話しかけられる。それだけだ」

「ふざけんな。それだけでも充分幸せじゃん。私なんて学校では話しかけられないのに……ずるい!」


 那珂川さんは顔を真っ赤にして怒鳴りつけた。


 好きな人と他愛のない会話をする。

 たったそれだけのことができない。

 だから、好きな人のそばにいる人が許せない。


 呪いたいほど恨んでいたから、本当に呪いを用意した。しかも自力で。

 すごいね。これが恋ってやつか。



(5/5)



「まだ納得できない。僕と先生はまだしも、石の幽霊は和輝と接点がない」

「は? 幽霊って……べつに、そういうのじゃないから。最初に見つけたから、そのまま怯えさせただけ……」


 那珂川さんは目を逸らした。

 見つけた。だから怖がらせた。

 聞いた直後はどういうことなのか理解できなかったが、自分なりの解釈を見つけた時、知りたくなかったとうんざりした。


「はあ?」


 秋吉は意味がわかっていないようだけど、これはわからない方がいい。那珂川さんの身勝手な行動を指摘したところで、逆ギレされるだけだ。


 さて、これからどうしよう。和解なんてできそうな雰囲気じゃない。


 もし、彼女の気が済むまで秋吉は迫害されるのなら、一刻も早く手を打たなければならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る