森井が警戒して避けたなら、代わりに僕が聞いてやるよ

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 森井が警戒して避けたなら、代わりに僕が聞いてやるよ。


 さて、こうして和輝と話せる機会が巡ってきた。

 絶好の機会を逃すわけにはいかないが、どうやって切り出そうか?


「僕もさらっと読んだけど、変な夢を見せる石って不気味だよね。和輝ならレプリカくらい作れそうだけど、どうかな?」

「いやいや、無理だって。あのインタビュー自体がフェイクだぞ。色に対するトラウマも、石のせいで悪夢を見る設定もでっちあげだ」

「知ってるよ。だからこれはもしもの話。もしも似たような物を現実で作るにはどんな方法があるのかなって」

「……さあな」


 和輝はそれしか言わなかった。

 ちゃんと考えたうえで、そっけなく答えた。


 彼はオカルトの知識が豊富だから、それなりの意見を言えたはずだ。

 でも、はぐらかした。

 彼なりに考えはあるけれど、この話題を広げたくなさそうだ。


 ごめんね。もう少し様子を見せてほしい。


「たとえば川の石に名前や顔を書き込んで、毎日話しかけるとする。十分に愛情を注いだ頃合いをみて捨てたら、は怒ると思う?」

「え?」


 和輝は目を見開いた。わかってる。らしくないんだろ? 


 いつも聞く側に回っているけど、たまにはオカルト的な話題を出してもいいじゃないか。

 僕はいつもの調子で話し続ける。


「石が化けて出てきても怖くないよね。硬いものを頭に落としてくるのかな? 怖い夢を見せてアピールするかもしれない。石が見せる夢ってどんな内容だろうね」

「どうして怒らせる必要がある? べつに作らなくてもいいだろ……」


 心なしか顔色が悪い。

 疑い深い目つきは、僕が面白半分で人を呪うのではないかと心配している。

 心配? いや、違う。似たようなものを作ろうとしている僕を警戒している。


 まさか自分に送りつけてくるんじゃないか。そんな感情にも読み取れる。

 まったくもって杞憂だ。


 それとも呪いを贈られる心当たりでもあるというのかな?



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「気にしないで。気になっただけだから」


 しかし僕は、ここであえて深刻な表情をつくり「実は……」と僕は声をひそめる。


「昨日の放課後に、古典の瑞橋先生から呼び出しをくらったでしょ? その時に石をもらったんだ。枕の下に敷いて寝ると運気が上がるって」

「パワーストーンか? あの人が他人にプレゼントするって珍しいな」

「いらないものを押しつけられただけだよ。一刻も早く引き取ってほしそうだったし」

「いらないなら捨てろよ。なんで人に……」


 最後まで言う前に気づいたのだろう。和輝は口元に手を当てて「まさか……」と呟いている。

 畳み掛けるなら今しかない。僕はとっさに思いついた嘘をでっちあげた。


「和輝が一目惚れしたあの子が面白半分で石に手を出したんだよ。そしたら怖い夢を見たって泣きわめいて……」

「ウソだろ! なんでアッキーじゃないんだ!」

「それを言うなら『なんで止めなかった』でしょ? それとも本気で言っいてるか?」

「まさか! あの子が苦しむならアッキーが不幸になればいいと思っただけだ。でも本当にアッキーがいなくなって一番困るのはオレだ」

「よろしい」


 わかっているのなら僕から言うことはない。



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 それにしても物分かりが良い。

 オカルト知識が豊富なだけに寛容的とはいえ、もう少し疑ってほしかった。


 怖い夢を見た理由は石であるとは限らないと思わなかったのかな。すんなり信じたよ。


「夢か……。石に憑いていた何かの追体験か?」


 すごい。知識があると、具体的な予想がたてられるのか。


 和輝の表情を観察しながら、嘘を膨らませる。


「夢の中で、怪物に追われていたんだって。姿形はわからないけど、捕まったら死ぬことだけは確実なんだ」

「死ぬって、夢の中の話だよな? まさか現実にリンクするのか?」

「さあ、どうだろう? ミラーハウスが見えたところで目が覚めたから、次の夢でそこへ入るだろうね」

「やめておいた方がいい」


 和輝は断言した。

 よりによって、和輝が反対するのか。


「でも、ミラーハウスだよ。鏡がある」

「ミラーハウスは迷路のような構造だろ。怪物との距離を離したい時に入るべきじゃない」

「やばい夢を見たら鏡を見るべきだと教えてくれたのは和輝だろ? 昨日のことなのに忘れたのか?」

「明らかな罠だろう」

「罠?」

「逃げているという先入観も怪しいな。すべてはミラーハウスに待ち構えている何かがによるものだ」


 何を言っているんだ?

 危険は後ろから迫っている。

 なんでミラーハウスに何かが居る前提なんだ?

 そこまで鏡に近づいてほしくないのか。


 なあ和輝、本当は夢の中で鏡を見てはいけないって知っているんじゃないか?

 もし夢の中でミラーハウスに入ろうとしている人物が僕だったら同じように止めてくれた?



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「試験の前に、和輝は瑞橋先生に補習を頼んでいたよね。先生はいつも通りだった?」

「いつも通り不機嫌だったな。まだ手元になかったのか、オレに石を押しつけてこなかった」

「ふーん。まだ石に苦しめられていなかったんだね」


 なら試験……いや、和輝が補習を受けた日以降に石を手に入れたと推測できる。


「先生って嫌われやすいから、念を飛ばされたり呪われたりしても納得がいく。だから石を手に入れたのなら、可哀想だよな」


 しかし和輝はあっさりしていた。

 先生の不幸は当然の報いだと受け入れている。

 それでも、呪いの石をわざわざ作ってプレゼントするとは思わないだろう。

 顔色をうかがうと、和輝は平然としていた。意外と驚いていない。


 視線を逸らし、なんとなく前方を歩く森井と枝光の背中を目で追った。


 二人は一足先にバスセンターを通過している。

 普段なら多くの人がバスを待っているのに、今日だけは無人だった。


 ……と思いきや、柱の影から人が飛び出してきて、


 不幸なことに、とっさに顔を向けた枝光に凶器が直撃した。

 悲鳴をあげる間も無く枝光は顔を押さえて倒れこんだ。


「は? うそ……」


 その武器に、頭の奥が冷たくなっていく。

 日光に反射して、野球バットを覆うように銀色が光っている。銀色の正体は釘だ。

 あれは釘バット。

 よりによって、あんな凶器で顔面をえぐられた……。



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「失明したらどう責任をとってくれる? 割に合わないと私は思うのだが」


 起き上がらない枝光の脇で、森井が平然と二人目の襲撃者と対峙する。

 今度は森井が釘バットの餌食になるのではないかと身が縮んだが、敵は渾身の一撃がヒットしたおかげで満足している。


「いいえ、罰を受けるべきです。恋仲でもないのにと親しく話すなんて間違っているわ」

「必要以上に関わりすぎたから、罰を与えただと?」

「あなたは賢いわね。ちゃんと距離を置いているし、すぐに理解する。他の子も見習ってほしいわ。ねえ、シューキチくん」


 呼びかけられて背筋が凍る。

 ようやく僕は、目の前の光景にフィルターをかけていたのと気づいた。


 釘バットを握りしめ、僕の方へ体を向けたのは、操られて凶暴化した瑞橋先生ではなく、理性が壊れた瑞橋先生だった。



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「どうして学校にいないの? 見つけるまでに手間がかかったでしょ? それにほら。あなたが真面目に学校に来ていれば、そこでうずくまっているおチビちゃんは殴られなかったの。どうしてくれるのよ」


 病室のベッドで衰弱していると思ったのに、釘バットを振り回す元気がありあまっている。


 教師という立場でありながら、学校をサボり探し回っていたのか。

 学校とは違って捜索の範囲が広いから、こうして出会えたのは幸運としか言いようがない。

 ……本当に幸運だろうか?


「先生。あきよしです」

「名前なんてどうでもいいの。問題は、あなたがまだ無事なせいでわたしがまだ呪われているってこと」

「先生を苦しめていたものはこちらで引き受けました。だから安心してください。目を覚ましてください」

「嘘をつかないで。シューキチくんをボコボコにしないと呪われたままなのよ。箱を渡したら解放されると思ったのに」

「誰から聞いた情報ですか? そいつは先生の不安を煽って利用しているだけではありませんか。許せませんね」


 抗議を続けていくうちに、鼻の奥がツンと痛くなっていく。

 まさか、そんなことあるわけないと信じたかったのに。


 しかし、もう目を逸らせない。認めよう。


 これは嫉妬だ。すべては中平シューキチを恨んでいる人の計画だ。

 人を陥れる箱を作るだけでは飽き足らず、ターゲットをしっかり苦しめようと徹底している。逃がさないようだ。


 これから僕はその物騒な凶器でボコボコにされる予定だ。

 本当の敵は賢くて狡猾だ。自分の手を汚さずに恨めしい人を傷つけられる。

 それに人選も素晴らしい。瑞橋先生はためらいなく暴力をふるえる人間だ。


 僕としては話し合いで決着をつけたいところだけど世の中はうまくいかない。先生が、嫌いなヤツの言葉に耳を傾けてくれるとは思わない。


 そうだ。和輝ならさっきみたいに言い聞かせてくれるだろう。


「って、いない! たしかに危険だから逃げて当然だけど! 逃げる前に武器を手放すよう言い聞かせても良かったんだけどな!」


 自力で逃げ切るしかない。

 覚悟を決めて向き直ったちょうどその時、目の前まで距離を詰めていた先生が、凶器を振り上げていた。


「え?」


 僕の頭めがけて頭に振り下ろしてくる。

 避けないと無数の釘の打撃を喰らう。

 これは「痛い」じゃ済まない。


「容赦ないなあ!」


 棒のような足を動かす。今度はすれ違うように先生の脇を抜けたのに、容赦ない肘打ちが頭部に炸裂した。

 釘バットの一撃が不発になった瞬間、肘の攻撃に切り替えたのか。

 なにがなんでも攻撃してやろうという執念深さを感じた。


 次の攻撃にそなえて体勢を立て直さないといけないのに、意識が体から抜けるような浮遊感に背筋が凍る。


 このタイミングで意識を手放すのはまずい。

 いや、僕がここにいる方がかえってまずいかもしれない。

 覚悟を決めて、その浮遊感にゆだねる。


 自分の無力さに虚しくなってくる。

 結局僕は役立たずだった。

 力になりたかったのに、逆に足手まといだった。


 ごめん。

 でも情報は揃った。黒幕や亜紀さんの件は僕が手を打つ。

 だからこの場はどうか自力で切り抜けてほしい。


 頼んだよ、秋吉。

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