ところで、昨日は誰にそそのかされて秋吉殿は戻ってきた?
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「ところで、昨日は誰にそそのかされて秋吉殿は戻ってきた?」
森井は、なぜか周囲を見渡している。
柱の裏や階段の陰など、本当に人がいないか、注意深く探している。
これから話す内容は、他人には聞かれたくないのだろう。
「誰にそそのかされたと聞かれても……。帰りに瑞橋先生にばったり出会ったんだ。石を押し付けた先生が目の前で叫んで倒れたから、いてもたってもいられなかっただけだよ」
「なぜだ? 石に手を出した人間の末路を目の当たりにしたのなら、かえって使わないでおこうと思うだろう?」
言われてみるとそうだ。
でもあの時は、なんとしてでも先生を助けないといけないと思い込んでいた。
石を使えば、これ以上先生は悪化しないと信じて疑わなかった。
絶対に救える確証なんてないのに。
「誰に思い込まされていた? 私が聞きたいのは、石を押し付けてきた教師以外の人物だ」
「そう言われても、あのとき先生以外に話しかけてきた人はいない」
「本当か? 昨日の秋吉殿は様子がおかしかった。まるで誰かに操られていたようだった」
先頭を歩いていた森井が、回れ右して立ち止まった。まるで通せんぼするかのように。
会話なら歩きながらでもできる。
しかし森井はここで質問の答えを聞きたがっている。
「べつに操られてなんてない。そうするべきだと思っていたけど……」
冷静になってから思い返してみると、昨日の行動は実に滑稽だった。
でもあの時は気が動転していたから、突き動かされるまま戻ってしまった。
突き動かされる? 誰に?
「わかった。先生に憑いていた亜紀さんが、今度は僕に移ったんだよ。石に戻ろうとした亜紀さんに引っ張られて── 」
「幽霊なら秋吉殿がやってくる前に戻ってきた。枝光君が誰もいないのに話しかけていたところを私は目撃した」
森井から、精神異常者をどう説得しようかと悩んでいるような目を向けられた。
本気で、まだ操られているのではないかと心配している。
そんなことはないと言いたいのに、彼女を納得させる説明が思いつかない。
「人間は冷静さを欠くと極端な行動に出る。その証拠に先生はお祓いではなく石を押し付け、
秋吉殿は使いたがっていた」
「僕も含まれるの?」
強迫観念。そうするべきだと思わされていた。
間違った思い込み。判断のズレ。
能力開発塾が危険ではないという認識を植え付けられたときと似たような体験をしている?
つまり今回の問題に、催眠術をあつかえる人が関わっている?
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「会った記憶がないのなら、忘れさせられたか遠隔操作ができるか……」
「なあ森井。なんで僕が誰かと会った前提なんだよ」
「昨日の様子がおかしかったからだ。薄々察知はついていたが……初めから秋吉殿を陥れるための計画的犯罪で間違いないだろう」
「…………え? いきなり何を言ってんだ?」
森井を見る。嘘をついているようには見えない。
そりゃそうだ。この状況で冗談を言うような性格じゃない。
しかも推測ではなく断定だ。確信したうえでの発言だ。
それにしても『初めから秋吉殿を陥れるための計画的犯罪で間違いない』だって?
どうしよう、受け入れられない。
それ本当? どうして?
「待ってくれ。もとは瑞橋先生を恨んだ誰かさんの復讐だろ? 僕は飛び火で火傷しただけだよ」
「秋吉殿。人を呪う時、素顔を見られてはいけない。勝手に使ったのか実験体にされたのかまではわからないが、教師は代わりに石を渡す傀儡として利用されている」
「先生は利用されていた? だめだ……思考が鈍っているのか、ついていけない」
いや、違う。理解したくないんだ。
げんに森井は箱の製作者の顔を見た。そのうえで、中平秋吉を呪うための計画の可能性を見出した。
もちろん同じ学校の生徒だからといって、必ず知り合いであるとは限らない。
少なくともそいつと喋っているところを森井が目撃しなければ「実は秋吉殿の怨恨によるものだ」なんて言い出したりしない。
どこで見た? インタビュー記事を通して? それとも……。
「もし秋吉殿を苦しめるための計画なら、かならず犯人を突き止めなければならない。今回なんとかなっても、秋吉殿が苦しむまで付きまとわれるぞ」
「これで終わりじゃないのか!」
当たり前だろうと、森井は鼻を鳴らした。
「次の嫌がらせを防ぐためにも、犯人を特定するべきだ。たとえ証拠がなくても、秋吉殿に疑われればやりにくいだろう」
「……」
前提が崩れる。
考えなければならないのに頭の中が真っ白になる。
ああ、そうか。最初から箱を押し付ける人は決まっていた。そして黒幕の思惑通りに箱を使ってしまったのか。
強引だと感じた不条理は、見方を変えれば計画通りだった。
「な、なんで僕がそんな目に!」
しかし恨まれる覚えがない。
高校生活が始まってまだ数ヶ月、一度も誰かを傷つけたり迷惑をかけたりしていない。
胸を張って断言できるほど、常に一人だった。
たまに和輝が話しかけてくるけど、会話に応じているだけで、険悪な雰囲気には一度もなっていない。
逆恨みをされようにも、そもそも人と関わっていない。和輝以外。
「さあな。本当に見当がつかないのであれば、接点はないものの秋吉殿の存在自体が許せない誰かが一連の黒幕となる」
「嫉妬されるような才能なんて持ち合わせていない!」
「秋吉殿は勉強ができるだけでなく古典が得意だ」
勉強できる人間を妬むのは森井くらいだ!
「だからといってわざわざ箱を作るか⁉︎」
「ひょんなことで人は誰かを恨むものだ。羨ましいとか期待に応えてくれないとか、そのような意外な理由でも十分な動機となる」
「ちょっと待って? つまり犯人は人を操れるのかな⁉︎」
予想だにしない展開に耳を傾けていた枝光が息を飲んだ。
何かに気づき、わなわなと震えている。
「僕と遊んだあと、お兄ちゃんはすぐに戻ってきたよね? 帰っているところを狙われた? 待ち伏せ……今も見張られている⁉︎」
その時、背後の自動ドアが開いた。
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カウンターで作業をしていた司書のお姉さんが千鳥足で図書館から出てきた。
下を向いているせいで目が合わない。一目で具合が悪いとわかる。
トイレはあっちなのに、どうしてこの人はおぼつかない足取りでこっちに向かっている?
「だ、大丈夫ですか?」
真っ先に動いたのは枝光だ。困っている人を見過ごせない性格が災いして女性に近づく。
もっと警戒してほしい。このタイミングだ。むしろ距離を取るべきなのに。
「馬鹿。うかつに近づくべきでは──」
森井が注意するが、もう遅い。
間合いに入ったとたん、女性は倒れかかるように飛びかかった。
「うわあ!」
いちおう警戒していた枝光は情けない声をあげながら身をひるがえした。
それでも心配しているようで、うずくまる女性に「大丈夫ですか」と呼びかけている。
「館内でうるさくしていたから怒られちゃったのかな? ごめんなさい。でも、スカートに目がないあのお兄さんがすべて悪いんだよ」
そうだ、悪いのは和輝だ。
「外へ出た人間をわざわざ追いかけるものか」
気をつけろと森井が言い終わる前に、枝光は伸びてきた手を蹴り上げた。あの子……優しいけど足癖が悪いんだよな。
「あの、気分がすぐれないなら、休んだ方がいいんじゃ……おっと危ない」
気にかけてくれているのに、女性は聞く耳を持たない。大袈裟に腕を振り回し枝光に迫る。
理性のかけらはない。いや、意識がない。
獰猛な夢遊病者というべきだろうか。
マリオネットを無理矢理動かしたような動きのせいで次のアクションが予測できない。
それでも持ち前の動体視力と反射神経で枝光は避け続ける。
しかし、突然飛び出してきた足につまずいて転倒した。
「コラー! 枝光に怪我を負わせたら許さないぞ!」
僕はとっさに叫んでいた。
思ったより大きな声だったので、僕は驚き女性も動きを止めた。
……まずい。
とりあえず枝光から注意を逸らすことに成功した。大声に反応して女の人がこっちに突進してきた。
猛獣が突っ込んでくるような恐怖に足がすくむ。やばい、動けない。
「お兄ちゃん!」
「さけろ秋吉殿!」
わかっている。固まるな。逃げろ、逃げろ。
しかし僕はとっさに反応できる神経に恵まれていなかった。
焦る気持ちがつのるばかりで体を動かせず、結局僕はタックルを食らって吹き飛ばされた。
せめて手をつこうとしたのだが、間に合わずに頭を地面に強く打ちつけた。
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