中平秋吉、疑われる
呪いの箱を作った奴の顔が見えた
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「呪いの箱を作った奴の顔が見えた」
森井がインタビュー記事と一緒に掲載されたカラー写真を指先でつつく。
則松さんが手がけた檻の表面は複雑な模様が刻まれている。
瑞橋先生が箱と呼んでいた石は綺麗に切り取っただけなので、まったくの別物だ。
しかし解答を見つけた森井は自信に満ちていた。
「別物だと? かまわんさ。私が原因を見つけた。この事実こそ重要なんだ」
さすが原因探索器と呼ばれるだけあって、冴えている時の森井は頼りになる。
しかし別物でもかまわないってどういう意味だ?
「いいか。秋吉殿と同じ学校に通うある生徒が、この対談から着想を得て呪いの石を作った。川で石を探す視野が一瞬だけ見えた」
今どきの高校生って、呪いの石を制作できるのか。素晴らしい。ほとんどの人は専門家を頼るところだけど、まずは自力で作ろうとする意気込みから、執念や本気を感じる。
あるいは、それなりにオカルトの知識が豊富だから、チャレンジしようと思ったのかもしれない。
「他には何が見えた?」
「残念ながら、雑誌を読んでいる姿と川原のワンシーンのみだ。しかし、顔はしっかり覚えた」
「一気にこちらが有利になった。それでも、犯人を見つけ出すまでが大変だけど」
しかし森井は釈然としない面持ちで首をかしげている。引っかかる部分があるようだ。
「夢の内容は、雑誌に掲載された対談を元にしたのなら、幽霊の存在が不可解だ」
「え? なんで」
「石についている霊は何の意味もない」
「そんなことはない。だって亜紀さんの悪夢を僕らは見て……」
あれ?
途中で、おかしいことに気づいた。
森井は、インタビューからアイデアを借りて、悪夢を見させる呪いの箱を作ったと断言した。
冷静に考えると、そのインタビューと亜紀さんは繋がりがない。
しかし僕らの見た夢は、亜紀さんが必ず存在していながら、インタビュー記事と重なる部分がいくつもある。
なんで?
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チグハグな部分に頭を悩ませている時だった。枝光の悲鳴が聞こえた。
一瞬でかけつけると、ちょうど枝光がジャージを着た少年に足払いをかけたところだった。
温厚なあの子が理由なく人を傷つけたりしない。身の危険を感じてとっさにでた行動が足払いなのだろう。
あれ、よく見たら、足払いをされたのは和輝じゃないか!
おいおい! 枝光に何をしようとしていた?
「ご、ごめんなさい! 反射的に足が出ただけで、悪気はありません! 僕に免じて許してください!」
「い、いや、素晴らしい正当防衛だと思うよ……」
和輝は尻もちをついた。
少なくとも、足の骨を折るなんて事態には陥っていないし、もし骨折しても自業自得だ。
安心しろ枝光。お兄ちゃんは味方だ。
ところで、なんで和輝がここにいるんだろう。
そんな血走った目で見つめられて枝光が怯えているだろうが。
「と、ところでなんの用ですか? 僕はまっとうに生きているから、きっと俺のせいで怒られるんだ……」
「お、落ち着いてお嬢さん。オレは怪しい奴じゃない。このイケメンに免じて信じてほしい」
「え! 僕がお嬢さんだって? へへ、見る目あるじゃん」
単純な枝光はすぐに警戒心を解いた。
早すぎる。女の子あつかいされたくらいで心を開くな。
そいつは穴が開きそうな眼力で制服しか見ていないのに。
「その服ブカブカだけど、誰かのおさがりなんじゃない?」
「はい。姉のセーラー服を借りました」
「そうか。君にお姉さんがいたのか」
とぼけるな。森井の服だと確信して枝光に声をかけたくせに!
「どおりでスカートが長すぎるわけだ。走ったらつまずいてしまうぞ。というわけで、君のサイズに合う服を買ってあげるからそのセーラー服をよこしなさい」
「ここで脱げと⁉︎」
枝光が金切り声を上げた。
初対面でいきなり制服をよこせはあり得ない。
人として最低だ。
和輝は慌てて頭を下げた。
「すまなかった。気が動転して変なことを口走っていた。言い方が間違っていた」
「ああ、そうでしたか。びっくりしました」
「少しだけそのセーラー服をさわらせてくれないか?」
「はい?」
何を口走っているの?
僕が今まで知らなかっただけで、和輝は強引にでも異性の服に触りたいキャラだったのか?
どうしたの? 血迷った?
「じ、実はオレは……制服研究博士なんだ。緑色のセーラー服は珍しくて、つい興奮したんだ」
え。そうだったの?
「そうだったのですか」
「そういうことになったから、やっぱり服をください」
「さわるだけで我慢してください」
許可がおりた。というか、誘導された?
この流れが計算通りなら、僕は和輝を警戒するよ。
「ありがとう。ほんのちょっとだけだから。すぐに済ませる」
緊張でおぼつかない指先がスカートを摘んでゆっくり持ち上げた。
枝光の太ももがあらわになった。
……なにしてんだよ。
これはさすがにスルーできない。
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「和輝! なにしてんだよ!」
「やべ、見つかった! ち、違うんだよ、アッキー……スカートに制服に虫が付いていたから――」
「お兄ちゃーん。この人、制服を脱がせようとしたー」
「はあぁ⁉︎」
「間違いではないが誤解だ!」
怒り散らす声とわめく声が館内に響き渡った。
しかもカウンター付近でスカートをめくっていたので、当然ながら図書館職員は顔を向け、本を読んでいた人は棚から顔を出した。
全員の視線の先は、スカートをつまむ手だ。
和輝は手を離したがもう遅い。
我にかえって土下座をしたがもう遅い。
おまわりさん、呼ぼっか。
「こら、なかくん。初対面の相手にやすやすとさわらせるな」
居心地の悪さがたちこめるなか、森井が枝光に呼びかける。
館内は静かだったので、いつもより大きな声をだせば、しっかり聞こえる。
「ああ、ヤモリさん。調査は終わったかな?」
「タヤニだ。いい加減覚えてくれ」
本名を知られたくないからと、よそゆきの名前で呼び合う二人は、目配せだけで意思疎通をはかる。
とくに森井と枝光の絆は固く、口に出さなくとも相手が何を求めているのか察しがつくという。
従姉からの無言の指示をうけとった枝光は、床に額をつけている不審者を立ち上がらせた。
聖母のような微笑みをうかべ、前髪の上から和輝の額をなでる。
「僕は気にしていないって。だから気にしなくていいよ」
「す、すみませんでした……」
「土下座したとき、思い切り額をぶつけたよね? 僕が心配しているよ」
「な、なんて優しいんだ……」
涙を流す和輝に、さっそく枝光は尋ねる。
表情のわずかな動きを見逃さないようにと、目つきが真剣になった。
「加納亜紀って人を探しているんだけど、お兄さんは見かけなかったかな?」
「カノウ? 初めて聞く名前だな。もしかして、君の友達? お嬢さんと同じくらいの年齢の子は館内で見かけなかったけど……」
「そっか。ありがとう!」
心情を悟らせないよう笑顔を装って、枝光は森井のもとへ歩き出した。
もっと質問をするかと思ったのにそれだけ?
いや、そもそもなんで和輝に亜紀さんのことを尋ねた?
「情報は集まったかな?」
「ああ。製作者が判明した」
枝光はすぐ近くにいるのに、森井の声はやけに大きかった。まるで誰かに聞かせているようだ。
気まずい空気が流れる館内全体に、その声が広がった。
「もう図書館にいる必要はない。これから商店街に行くぞ」
そう言って自動ドアの方へ歩き出した。
僕は森井の後を追って図書館を出た。
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「……彼と親しい口ぶりだったな。まさか、秋吉殿の親友ではあるまいな?」
図書館を出るなり森井に尋ねられた。
どうしてなのか、アレとはただの人見知りであってくれと言いたげな目つきだった。
アレじゃなくて和輝だよ。森井のことが気になっているんだけど……言わないでおこう。
「友人……と言ったら本人は嫌がるだろうから、親しい間柄とだけ言っておく」
「友人選びに失敗するくらいなら孤独を選ぶべきだったな」
「森井サン! 辛辣では⁉︎」
森井が冷たい。いや、彼女だけじゃない。
枝光も何とも言えない表情だ。
「類は友を呼ぶというけれど、お兄ちゃんまでスカートをめくったりしないだろうかと僕が心配しているよ」
「あ、そういう反応? じゃなくて、すけべ仲間だからつるんでいるわけじゃないから!」
なるほど。
二人は、あんな変人と仲が良いことに不信感を抱いているのか。
僕だって信じられずにいるからね。
まさか和輝が、気になる相手の衣服ごときで我を忘れるなんて思いもしなかったよ。
まさかこんなところで出会うとは予想だにしなかった。今日は平日なのに、なんで図書館にいたのだろう? サボリ?
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