『恐』2月号 「対談 石に宿る」

『恐』2月号 「対談 石に宿る」

を閉じ込めるための檻を作っているつもりでした。


─だから、どの作品も立方体なのですね。表面に文字や記号をいれているのは、どういった意味が込められているのでしょう?


則松 じつを言うと深い意味はありません。形を整えているうちに落ち着けばおしまいです。まだ心がざわついていたら作業を続けます。


─則松さんの場合は心の平穏を求めて創作活動をされているのですね。


則松 芸術家なら心の内を作品に表現しますよね。でも私は芸術家じゃないので。押し込めるイメージで作業しています。


   〔色が怖い〕


則松 霊にとり憑かれやすい体質で、幼少期は当然恐怖心が込み上げてきて大変でした。


─憑いている霊の感情にシンクロするのでしょうか?


則松 おそらく……。でも意味がわかりませんよ。だって、錯乱状態になるきっかけは特定の色を見るからなんですよ。


─色ですか?


則松 戦場から帰ってきた軍人が、風船の割れる音を発砲音と勘違いしてパニックになる理屈と似ていると思います。を見ると、たまらなく怖くなります。


─色が引き金というのは、珍しいですね。今では何色を見ると怖くなるのか把握しているのでしょうか?


則松 それが、バラバラなのです。紫色を見たら「轢かれる」と不安になり、緑色を見たら「殴られる」と悲しくなります。


─ようやく意味がわかりました。憑依した幽霊によって怖い色が変わるのですね。


則松 お祓いをしてもらっても、新しい霊がくっついてきます。今まで平気だった黄色を見た瞬間、通行人に刺されるという強迫観念で家から出られなかったときは焦りました。


─大変ですね。これでは対策のしようがありません。


則松 だから今では色つきのサングラスをかけて誤魔化しながら生きています。すると今度は嫌な夢を見るようになって……。


─なんだか、徹底して則松さんを苦しめようとする悪意を感じます。ちなみにどんな夢を見るのですか?


則松 夢によって神様だったり魔物だったりするのですが、恐ろしい何かが私を探しているのです。だから遭遇しないよう色の力を借りるのです。


─夢の中だと色は則松さんを助けてくれるのですね。


則松 たとえば玄関にハンカチをぶら下げる習慣のある村の夢なら、神様の嫌う色のハンカチを垂らしておけば訪問されないのです。


─どうやって色を見つけ出すのですか?


則松 その色をじっと見ていると、不快になります。こればかりは正確に伝えられません。


─外したら終わりですね。


則松 一日目は比較的見つけやすいです。日に日に見つけにくくなっているので苦労します。しかも、正解の色は夢を見るごとに変わるので。


─奇妙な夢は何日ほど見続けるのですか?


則松 私がつかまるまでじゃないですかね。だから箱なり檻なり作っているわけで。


  〔石は器〕


─つかまる前に助かる方法が見つかってよかったです。最終的に創作活動に繋がった経緯を教えてください。


則松 私にとって、石は容れ物なのです。


─そういえば、石の作品が多いですね。


則松 幼い頃、母方の祖父母の家に暮らしていました。自然豊かな村です。そこでは絶対に石を拾ってはいけないという決まりがありました。


─川の石を拾ってはいけないと聞きますが、水辺以外の石もですか?


則松 はい。特に山の石は魔物がひそんでいるときつく聞かされました。魔物は石の中をうつって移動しているから、石を拾うと魔物が体に移ると言い聞かせられました。


─魔物ですか。でも、たまに触りたくなる石ってありますよね。


則松 そうなんのです。当時の記憶はないのですが、幼い私はしょっちゅう石を拾ってはみんなに迷惑をかけていたそうです。


─そういう経験もあわせて、石に思念を移そうという発想にたどり着いたのですね。それで実際に石を削って夢を見なくなるというのが凄いです。ちゃんと封印できているのですね。


則松 ありがとうございます。そう言ってくださる人は今までいなかったので……。私自身、これまで蓄積した色に対する不安が夢という形になって表れただけだと思っていました。


─夢というのは深層心理と関係していると言いますからね。創作活動に没頭することで気を散らす。素晴らしい方法だと思います。


則松 心を落ち着かせるだけの自己完結な作業だと思って石を削っていました。本当にそれだけなのです。


   〔夢が移る〕


─完成した檻は廃棄するそうですが、作品を見れば見るほど捨てるにはもったいなく感じます。ツヤが出るまで綺麗に磨かかれた立方体の石には魅力を感じます。


則松 そうですか。最初から檻を作っていた身としては、早く捨てたいですね。


─何も知らない人は手元に置いておきたいと思います。げんに欲しがっていたのは一人や二人じゃないでしょう?


則松 そうですね。気持ちの整理をつけるためだけに作っていたので、欲しがっていた友人にあげました。反省しています。


─則松さんに非はありません。石をもらった人が夢を見るなんて、予想できなくて当然です。


則松 せめて私が箱を作っている理由をつたえるべきでした。


─実はあなたに会う前に、石をもらった友人にインタビューをしました。だれも則松さんを責めていませんでしたよ。


則松 変な夢で苦しめられていたのでしょう?


─みなさんは同じ夢を見ていました。屋敷の中を怪物がうろついていて、食べられる前に自分が何に怯えているのか突き止めなければならないという夢です。


則松 似たような夢を見たような気がしますけど……。みなさんは怪物以外の何かに怯えているのですか?


─はい。怪物も脅威ですが、みなさんはそれ以上に怖いものに支配されています。部屋に入ったとたん、あるいは人と話していると、突然わけもわからずに怖くなるのだそうです。


則松 幽霊に憑かれている状態の私も似たような経験をしました。もしかしたら、色に怯えているのかもしれません。


─ その可能性が非常に高いと思います。


   〔赤い場所が危険〕


─夢を見たみなさんは、口を揃えて赤い場所に行きたくないとおっしゃっていました。なぜかというと、白い姿を見てしまうからです。どういう意味かわかりますか?


則松 いえ、わかりません。神様は赤色に近づく習性を持つ……。そうとらえました。


─理由は二通りに分かれました。赤い場所が危険なのははっきり姿を見てしまうから。明るい場所だとその白さが見えてしまうから。言葉を変えているだけで、どちらも同じ意味です。


則松 同じ意味ですか? つまり、赤が明るい。白が……はっきり? 方言ですか?


─ 明暗顕漠。日本の最も古い色は赤黒白青の四色です。ただ、その頃は名前に色がついているわけではありません。


則松 明暗? 明るさでしょうか?


─はい。色彩ではなく明暗……最古の四色には明るい、暗い、はっきり見える、ぼんやり見えるという意味が割り当てられます。


則松 つまり、明るい場所に行きたくないのは、怪物の姿をハッキリと見てしまうから?


─怪異は、名前を覚えたり姿を見たりすることでつながってしまいます。漠然と何かが迫ってくると思っている方が、はっきり名前や姿を知ってしまうよりまだ安全だといえます。


則松 そうは言っても怪物は遠慮なく近づいてきますよね? 自分が姿を見ていなくても、怪物に見つかれば食べられてしまいます。


─則松さんのおっしゃる通りです。ところがみなさんは、黒い部屋に避難してやり過ごしているのです。


則松 暗い部屋に怪物は入ってこないのですか?


─そのようですね。やはり怪異への対処は見ないようにすることが第一かと思われます。


  〔怯えた人〕


則松 安全な場所にいれば食べられずにすむけれど、原因を突き止めないと悪夢を見続けるのではないですか?


─鋭いですね。しかし問題はありません。その暗い部屋には、かならず極度に怯えた人間が居るのです。


則松 その人が助けてくれるのですか?


─その人と話をすれば、自分が何に怯えているのかわかるそうですよ。


則松 助かる糸口があって良かったです。


─則松さんは、似たような内容の夢を見たことはありませんか?


則松 助かる色を見つけないと連れ去られるので、暗い部屋に閉じこもっている場合ではありませんね。


─そうなのですね。では、則松さんの見た悪夢の中で、突然パニックを起こす人は出てきましたか?


則松 そういえばいたような……。どうして、そんなことを聞くのですか?


─則松さんの夢では、その人たちがヒントになるのか気になったので。


則松 いや、あまり関係ないですね。


─なぜ石に閉じ込めた夢の内容を則松さんがご存じないのか。どこまで則松さんの見ていた夢と類似しているのか。謎が残りますね。


則松 檻を完成させた時点で、私は夢から切り離されています。みなさんの見る夢について、私は解説できません。


─そうですね。はい、その通りです。では最後に忠告で締めくくらせてください。今後奇妙な夢を見たら、絶対に光の届かない暗い場所へは近づかないでください。


則松 ええ。そのつもりは毛頭ありません。


─よかったです。約束ですからね。



※このインタビューの内容はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません

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