秋吉殿のせいで脱線した
(1/5)
「秋吉殿のせいで脱線した。話を戻すぞ」
「脱線していたか?」
「枝光君と清末兄さんのやりとりを聞いていると見えたんだ。これは運の良いことだ」
彼女は、会話を聞いているだけでヒントになる映像が頭の中に浮かぶという。
まだコントロールはできていないから、めったに見ることはないけれど、今回ばかりはナイスタイミングと拍手を送りたい。
はたして森井は何を見たのだろう。期待が高まる。
ところが、亜紀さんの生前が語られるかと思いきや、予想だにしない方向から切り込んできた。
「このあたりで、未成年の少年少女に超能力を付与する実験が行われていただろう。その建築物が一瞬だけ見えた」
「……は?」
耳を疑った。できれば聞き間違いであってほしかった。
森井は事実を伝えただけだとわかっていても、よりによって二度と関わりたくない話題を出されたので、一瞬で表情が強張った。
(2/5)
超能力開発塾か。懐かしいな。
塾と言っても、カードや金属を扱ったゲームを通して超能力を目覚めさせるというグダグダな内容だった。
しかも全員が特別な力を獲得できるわけではない。根気強くゲームを繰り返したのに何も手に入らなかったとしても文句を言いえない。
当時は誰でも気軽に遊びに行ける楽しい塾という感覚で大勢の子供たちが押し寄せていた。
警戒心より好奇心の勝った子供達は「もし超能力を手に入れたらラッキー!」くらいにしか物事を考えていなかった。
コードのたくさんついたヘルメットを被らされるのなら警戒心が働いたかもしれないけど、アナログゲームをするだけだから足を運んでしまうよね。
なお、大人たちも塾の存在は知っていたにも関わらず、すんなり受け入れていた。
これには仕掛けがあって、開発グループのメンバーで催眠術を扱える職員が人々の認識をずらしていたという。
(3/5)
「どうした秋吉殿? 二、三回ほど立花殿と行ったことがあるだろうに。忘れたのか?」
「……覚えているよ」
機嫌の悪い声で言い返す。
催眠術の存在はあながち間違いではないと僕は思っている。
というのも、超能力者の素質がある人は、まず催眠術を獲得する。
そのうえで能力が目覚めた人だけ超能力者になれる。
……まあ、これは断片的な情報を集めた僕なりの見解だから、正解は藪の中だ。
「実験のせいで発狂した人がでたという噂を聞いたことがある。本当か?」
「さあ、どうだろう。僕は実際にそういう人を見たことはないけど、もしかしたらいたかもしれない」
「根拠のないかもしれないは切り捨てるべきだ。地道に幽霊の正体を見つけていけばいい。
森井は、頭がいかれた亜紀さんにシンクロして僕らも錯乱状態に陥る危険性を想定したのか。
僕は発狂した人なんて一度も見たことないけど、裏側の事情は知らない。
だから本格的に超能力の開発を始めた人の末路はわからない。
超能力を得た代償に廃人となったのか、実験に失敗して狂人になったのか、想像を膨らませるとキリがない。
(4/5)
とにかく森井は、そんな哀れな魂を降霊術か死霊術で石にとり憑かせたと推測した。
もしこの理屈が正しければ、術を操る人はかなりの腕前だ。的確に霊を選び、確実に石に降ろしてみせたのだから。
死霊を扱えるってことは森井たちと同じ人種だろう。
人を困らせるために能力を悪用したのか。
正義感の強い枝光が知ったら激怒しそうだ。
「べつに珍しくはない。報酬に目が眩んだか、本気で呪いたい相手がいるか……。どちらにせよ、道理に外れる者がいるということは覚えていたほうが良い」
「聞きたくなかったな……」
そんな裏の事情にもゾッとするけど、森井が平然としているほうが驚きが大きかった。
そっか、すでに知っているのか。
森井のうんざりとした表情を見ていると、世の中って知らない方が良いことが多いと思う。
(5/5)
「それでも私は、石に手を出して呪われた教師の人間性の方が怖い。後先考えずに石を使うだけでなく、秋吉殿に押し付けた。身勝手にも程がある」
「自己中心的な性格だから呪われたし、僕に押し付けようとしたんだよ」
しかし先生は軽率に動くタイプじゃない。
むしろ人間不信で警戒心が強い。
先生の性格なら胡散な石を渡されても怪しむはずなんだけど……。
なぜ石を受け取った?
「ところで、なぜ秋吉殿が選ばれたと思う?」
「なぜって、舐められていたからだよ」
「私だったら確実に石を使ってくれる人を選ぶ。強引に石を渡しても、捨てられてしまえば元も子もない。そいつに懐いている人はいないのか」
「いないと思う。嫌われているか、怖がられているか、恨まれている」
「だったら怖がっている生徒を選ぶべきだ」
森井の考えはごもっともだ。
よりによって霊能力の親戚に箱を渡したら、お焚き上げされて当然だ。
まあ、知らないのだからこの指摘はどうしようもないか。とはいえ、もっと適した人がいるはずだ。
結局石に手を出したから、先生のカンは間違っていないけど……。
でも帰りに出会っていなければ先生の計画は狂っていただろう。
運が先生の味方をした。
それでも、赤点の生徒に石を渡したほうが簡単だったのではないかと思ってしまうのは負け惜しみだろうか?
見下しているという理由だけで、カンニングをでっち上げて石を押しつけても、なかなか受け取ってくれないのに。
「秋吉殿を選んだのは偶然なのか必然なのか。そこから確認しなければならないかもしれない」
「なんでそんなことが気になるんだ? それは重要なのか?」
「もし、はじめから秋吉殿に渡すつもりであれば……おい、待て。今……」
パラパラとページをめくっていた森井の目がわずかに見開いた。
何かに気づいた。
「見つけた……これだ」
森井が開いたページはインタビュー記事だった。
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