たった数年の付き合いでも真田森井が読む本のジャンルはおおよそわかる

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 たった数年の付き合いでも真田森井が読む本のジャンルはおおよそわかる。

 おもに絵本を好み、たまに図鑑や写真集も手を出す。


 だけど今日は雑誌コーナーで立ち止まった。

 たまたまヒントが目にとまったから慌てて足を止めたからではなく、はじめから答えがここにあると確信したうえで雑誌コーナーにたどり着いた。


「森井ちゃん。助っ人は必要かな?」

「一人いれば充分だ」

「そっか。個人的に調べたいことがあるから、お兄ちゃんが森井ちゃんをサポートするんだよ。お願いね」

「任せろ。とことん秋吉殿をこき使ってやる」


 枝光と別れた森井は、棚に近づいてバックナンバーの雑誌を眺める。

 それにしても、どうして雑誌なんだ?

 呪いなどの専門的な本が図書館にあるとしても、さすがに雑誌はないでしょう。


「あの石には女の霊が憑いている」

「さっき、枝光から写メを見せてもらった」

「夢の中にもその彼女はいたのだろう? 秋吉殿は彼女の心情を理解できそうか?」

「……難しい」

 

 僕らの見ていた夢は亜紀さんの感情や記憶を一切感じなかった。

 一度目の夢は世界観を理解させるための脇役で、二度目の夢では壊れた人形として登場していた。

 亜紀さんの夢とは思えない。



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 幻覚や妄想に苦しんでいる人の頭の中はこんな感じなのだろうか。


 精神面の問題なら医者の専門分野だけど、彼女は幽霊だ。お経をあげたほうが効果的かもしれない。


「怪物を当てろだの人形を壊した犯人を探せだの、夢を見ている人を試してばかりだな」

 そうなんだよ。亜紀さんの抱えている問題は夢と関係なさそうなんだよね。

「これでは悪夢へ誘う前提で、奇妙な謎を用意しているようなものだ」


 森井は彼女に同情的ではない。むしろ悪意を感じている。


 だからといって「悪夢へ誘う」という言い方は誤解だ。

 自分から関わりを持たなければ不幸な目に遭わずに済んだ。呪われたのは自業自得だ。


 それに臆病な幽霊に人を陥れる余裕はなさそうだ。

 夢に悪意を感じたとしても、彼女とは無関係だ。


「森井だって、“箱”を通して亜紀さんが見えていただろ? しかも中に隠れている怪物を言い当ててみせた。それでも亜紀さんが演技していると言い張るのか?」

「……私は、本気で怯えている彼女と挑戦的な夢の矛盾を説明できずにいる」

「説明ができれば、亜紀さんを救えるか?」

「わからない」


 今度はハッリキと答えた。

 内心では救えないと思っているのか、突き放すような言い方だった。


 苦しんだ原因を突き止めたからといって、絶対に亜紀さんが助かるとは限らない。


 わかっているから、森井は軽々しく助けるとは断言しない。

 わかっているのなら、盲目的に人助けに励む枝光を止めてほしかった。



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「そういえば、秋吉殿が帰ったあとに、清末兄さんが解決策を講じていたのだが……」

「あの人って意見するんだ……。どういう風の吹き回し?」


 部屋の隅でポツンといる兄さんが、話し合いに参加するようになったの?

 昨日から兄さんのことで驚いてばかりだ。


「枝光君に助言を求められたからな。そのやりとりで、私は手がかりを見つけたんだ」

「兄さんの考えた提案は妥当だと思う?」

「現実的に考えると不可能だ。なぜなら、から」


 ……あー。それは無理だ。

 枝光はまだ本領を発揮できないから、協力したくても力になれない。


「……何をおろすつもりだった?」

「今ので伝わるとは、さすがお兄ちゃんだ。安心しろ。未熟者に無茶をさせないということで却下された」


 森井がようやく雑誌を手に取った。無造作に選んだのは、ホラー雑誌『恐』だった。


 心霊、呪い、化物、都市伝説などの面白い知識が豊富になると、オカルトに目がない和輝がはしゃいでいた。


 とくに彼がおすすめした二月号は知る人ぞ知るホラーアーティストの特集で、非常に満足していた……って、ちょうど森井が選んだ一冊がそれじゃないか。



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「餅は餅屋。知り合いに幽霊の見える精神科医がいればよかったんだが」

「森井……さては諦めているな」

「頭の狂った幽霊だ。名医なら救えるだろう。少なくとも、枝光君がやりたがっていたことをやり遂げてくれる」

「あ、そうか。枝光は成仏させる術を持たないから、対話で救うつもりだったのか」

「言葉だけでどこまで心を動かせるか。声が届かない相手にどこまで通じるのか。課題が残るがな」


 表紙には、見る者の恐怖心を煽る白い笑顔が張り付いている。

 笑顔の正体はお面である。シンプルでありながら目が離せない不気味さが漂うデザインだ。


 でどころは数年前にヒットしたホラー映画だ。怨霊が、火事で爛れた顔を隠すためにお面を付けていた。


 ただ、当の怨霊よりお面が強烈なせいで、映画館の帰り道や夢のなかでお面を目撃した人が続出したほどだった。


 『恐』ではそのお面を作ったアーティストを取り上げている。


「怪物が亜紀さんをおびやかしている。なら亜紀さんと対話しなくても、怪物を倒せば解決するのでは?」

「秋吉殿の言いたいことはわかるけど……難しいな。ただでさえ存在が曖昧なのに、どうやって倒せるだろう」

「そもそも怪物は存在するのか。そこから考えなければならないと森井は考えている?」

「秋吉殿はどう思う?」

「少なくとも僕たちは一度も怪物の姿を見たことがない。というべきか、夢の中で設定が一人歩きしている印象がある」

「もしかすると妄想に怯えているだけなのかもしれない。誤解を解こうにも彼女は怪物を信じている。本当はいなくても、作り上げたものを簡単に消すことはできない」

「これは思ったより手厳しい……」


 則松という芸術家は、映画やドラマの小道具を製作している。

 たまにガチなものを作ってしまい、撮影中に不可解な現象が起きてしまうので、心霊系芸術家という肩書きもあるのだという。


 ……さて、これはいったいどういう理屈だろう?

 霊能力の家系でない素人でも、心霊現象を引き起こす物を作り上げることなんてできるのか?


 もしその雑誌を熟読した誰かさんが法則に気づいたなら、素質がなくても知識だけでの呪術まがいを作ることが可能なのかもしれない。

 もし作れたら、絶対に楽しいだろうな。

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