好奇心ではなく善意で動いていたのだとしても、それはそれで厄介だ

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 好奇心ではなく善意で動いていたのだとしても、それはそれで厄介だ。

 枝光本人には伝えないけど。


「聞こえているんだけどなあ」

「………………へ?」

「ううん。今のは独り言だから。気にしなくていいからね。僕だって気にしていないし。…………僕は、だよ」


 なにその笑顔。こっわ。

 まあ、気にしていないのならいっか。


 それにしても石に憑いている彼女は怯えているのか。

 なんだか納得がいかない。


 亜紀さんに悪意があって、わざと人々に気味の悪い夢を見せている方がまだ納得がいく。

 森井に教わった呪いの方法が成立する。


 しかし他人を陥れる余裕がないほどに怯えている霊が、人間を苦しめることは可能なのか?


「可能といえば可能だよ」

「え?」

「たとえばね……」


 枝光は空中を見上げて考えていたが、すぐに笑顔を取り戻した。



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「あるマンションの一室で、父親が一家心中をはかったとするよ? 愛する妻と大切な娘二人を殺害して、自分も後を追いました」

 たとえ話がえげつない……。

「それから仲のいい四人家族がその部屋に引っ越してきたんだけど……そのあとどうなったと思う?」


「殺された妻と娘の霊が部屋にでる?」

「素晴らしい! オカルトにあまり詳しくないお兄ちゃんにしては、なかなかいい線いってるよ」

「正解は?」


「お姉さんは怒りっぽくなって肉しか口にしなくなって、お母さんは頻繁に外へ出るようになり、性格の明るかった妹はふさぎこんでしまい、見兼ねた父親が何故か無理心中をはかった」


 それは無理。当てられない。

「つまり、以前住んでいた四人家族とまったく同じ末路を辿ったんだよ」


 これで言いたいことがわかったよねと、枝光が期待のこもった目で見つめる。ごめん、わからない


「場所が元凶? いや、条件が揃えば最悪なルートを強いられるのか。四人家族でなければ問題はなかった。石を枕にしなければ問題は起こらない。……そういうこと?」

「あ、ごめん。たとえ話のチョイスを間違えちゃった」


 枝光が後ろ髪をかきながらテヘと首を傾げた。

 一瞬でもあざといと思ってしまった自分をぶん殴りたくなった。



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 ではないのなら……と思考を広げていると、かつて枝光が人助けをしたエピソードを思い出した。


 その人は霊に憑かれた影響でいくら水を飲んでも喉が渇いていた。

 でも本当に水を飲みたがっているのは霊のほうで、水を与えると満足していなくなったという。


 この話で重要なのは、その霊が憑依した人間を苦しめるつもりなど毛頭なかったということだ。


「お兄ちゃんが帰ってしばらくしてから、女の幽霊がんだよ」

「最初から石のそばにいたわけじゃないのか」


 戻るまでどこにいたのかというと……瑞橋先生にくっついていたんだろうな。


 極度に怯え、箱を手放したのに追い回され、うずくまったあげくに気を失った。

 これらすべての行動が、亜紀さんの体験を辿っていたとしたら?


「幽霊は目を閉じていても、憑いている人間は目を開けているよね? 先生の目を通して何かを見てしまい、お姉さんが発狂する。立花のお兄ちゃんが言っていたんだけど、感情ってまわりの人にも移るんだって」

「要するに石が見せる夢ではなく、憑依した霊に要注意なんだな」


 夢自体がミスリード。

 夢を分析している暇があればお祓いをしてもらったほうが確実に助かるだろうね。

 おっと、「お祓い」という表現は枝光が眉をひそめるな。

 


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「今のところ、亜紀さんを救う方法は思いついたか?」

「まだだよ。でも僕は絶対に救ってみせると意気込んでいるよ」

「ところで、僕と枝光のどちらに亜紀さんはついている?」

「寝る前に簡単な結界をはったから、家でお留守番をしているよ」


 だから大丈夫だよと枝光はピースサインをした。

 だけど笑顔がぎこちない。


「でもお兄ちゃんは夢を見たんだよね。切り離しても、縁ができた時点で呪われたのかな」


 距離を取れば危険はない……なんて、そんな簡単な話ではないようだ。

 たとえ離れていても、僕らの目を通して見ているかもしれない。

 もしなんらかの反応で彼女が発狂したら、僕らはどこまで影響を受ける?


「夢も危ないって俺が言っているね。……ふんふん、見るたびに同調していくかもしれないって警戒しているよ」

「同調?」

「そばに居なくても夢を見続ければ精神状態がお姉さんと似た感じになるかもしれない。これは厄介だね」


 近づいていく。発狂に。

 その前にケリをつけたい。

 しかし枝光はまだ笑っている。

 次に夢の中で亜紀さんに会ったらいろいろ聞いてみようと、やる気に満ちている。


 少なくとも石のかたわらで怯えている彼女より、まともな会話ができるだろうと枝光は信じている。


 たしかに枝光は夢の中でも流されない。

 僕は夢の世界にハマって対話ができそうにないけど、あいつなら対話が可能かもしれない。


「とにかくお兄ちゃんは夢の中で目をつぶっているんだよ。見ない、関わらない、知ろうとしない。早く目を覚ますことだけに集中してね」

「は、はい」


 リョーカイしました。

 テキパキと指示を出す枝光に懐かしさを覚えながら返事をした。



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「待たせたな」


 ようやく森井の登場だ。


 いつもは暗い色のセーラー服やシンプルなワンピースを着ているのに、今日は縦縞のシャツを着てロングスカートを履いていた。

 しかも頭にバンダナを巻いている。


 なにそれ、邪魔じゃないの? 

 気合い入ってるなー。


「秋吉殿がなにか言いたげな顔をしているな。許す。言ってみろ」

「普段の格好と比べて華があるが、あえて目立つため?」


 オシャレってすごいな。

 服装が華やかだと、陰湿そうな顔が凛々しく見える。


「よくわかったな。それじゃあいつもの図書館にいくぞ」


 指示を出すかと思いきや、駅の方へ歩き出した。

 枝光は素直につづく。


 今のところ情報共有はなしといったところか。

 考えがあって何も言わないのなら、詮索はやめておこう。


 幽霊とはコミュニケーションが取れない。

 夢の情報はどれが大事なのかわからない。


 泥沼に浸かっているような状況が好転するとは思えないからこそ、森井の知りすぎる性質が頼みの綱だ。

 どうか手がかりがみつかりますように。

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