たかが夢だと割り切れないのは、目を覚ました世界で本当に頭が狂ってしまうからだ

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 たかが夢だと割り切れないのは、目を覚ました世界で本当に頭が狂ってしまうからだ。

 どうして枝光がこんな理不尽な目に遭わなければならないのだろう。


「どうして、止めてくれなかったんだ?」


 責めているわけではない。

 でも聞かずにはいられなかった。


 あの好奇心旺盛なお調子者が石を枕にして寝たいと言い出したに違いない。

 清末兄さんと森井は協力的だから、引き留めるとすればこの子しかいない。


 それに、もしちゃんと止めていれば、愚兄が枝光を追いかけようとはしなかった。


 ……ダメだ。最後のは責任転嫁だ。

 あのとき踏みとどまらなかったこちらに非がある。


「うん。俺はちゃんと止めてくれたよ。お兄ちゃんが心配するけど、それでもやるのかって何度も説得してくれた」

「え?」


 止めた? が?


「それでも、何かに怯えているお姉さんを放っておけなかった。お兄ちゃんならわかってくれるよね? 僕なら見捨てずに助ける」

「ま、待って……? だ、誰を助けるって?」

「あー。お兄ちゃんは霊感ないから見えないのか」


 枝光は折りたたみ式の携帯電話をポケットから出した。

 シルバーの表面には小さな傷がいくつもついている。



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「森井ちゃんって幽霊は見えないけど、綺麗に霊を撮る才能があるよね。これ、あの石を撮ったつもりなんだって」


 見せてくれた写真には石なんてうつっていない。

 そのかわり、目元を押さえた着物姿の女性を写真におさめている。

 森井は偶然にも背後に立って、正座する彼女を見下ろすアングルで撮っていた。


 彼女は極限まで下を向いている。なぜか首吊り死体を見下ろしているような錯覚に陥った。


 これは連想だな。

 奇しくも彼女は夢の中でも首を吊ろうとしていたから。

 写真の首元を確認するが、何も巻きついていない。


「亜紀さんだ……」

「どこかで聞いたことがある名前だね……ん?」


 枝光が片耳を押さえた。

 もう一人の声に耳を傾けている。


「なになに……夢の中で、娘の葬儀なのに首を吊ろうとした非常識な女? お兄ちゃーん、なんのことかわかる?」

「酷い覚え方だな。まあ、間違いではないけど。亜紀さんは夢の中の登場人物だよ」


 そして、屋上で人形の名前も亜紀だ。



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 なぜ夢の中の登場人物がうつっている? 

 いや、違う。幽霊が夢に登場しているのだ。

 つまり僕らの見た夢は彼女と関係していた?


「この人、ひどく怯えているよ。声をかけても気づいていない。頭の中の恐ろしい何かに怯えているのかな、それどころじゃないって感じだよ」

「そういうことか。お前が幽霊を心配して石に手をだしたのか」


 以前、森井から呪い講座を受けたことがある。

 霊魂の苦しみや怨念を利用した呪いがあるらしい。

 まさか苦しんでいる亜紀さんを使って呪いを作ったのか?


 たしかにこれは見過ごせない。

 僕の知っている枝光は、困っている人を助けたがる、正義感の強い性格だ。

 自分が呪われようが狂おうが、目の前で苦しんでいる人は救済するべきだと考える。



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「教えてくれないから夢に賭けてみた。口に出せない記憶を覗いて共感しようと思ったんだ。でも……」


 思惑は外れた。真田枝光は呪われただけだった。


 それなのに、苦しんでいる亜紀さんを救えないか、今も頭を悩ませている。


「夢の中でお兄ちゃんはこの女の人と会話ができたんだよね」

「まあ、いちおう。枝光が会った時は人形だったな」

「次は人間だといいなって俺が言ってるよ。対話してみたいんだって」


 枝光の瞳には揺るぎない決意が宿っていた。


 一方僕は、昨日の出来事……森井が石を見た直後のやりとりを思い出していた。


『ところで秋吉殿にソレを渡した相手は、短髪で着物を着た女性か?』

『いや、髪は長い。服装も違う』

『そうか。なら私が見た女性は別の被害者のようだ。中に入っている怪物に怯えてうずくまっている』


 森井は、すでに亜紀さんが見えていた。

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