まるで釣り上げられたカツオのように、死にかけた顔でベンチに横たわる

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 まるで釣り上げられたカツオのように、死にかけた顔でベンチに横たわる。


 森井たちの準備が整うまでに、近くの公園で心を落ち着かせる。

 ……そのつもりでここにいるけど、枝光に怒られたショックで思考が停止している。


 早いうちに折り合いをつけとかないと、数日は引きずるだろう。布団に入ったとたん、フラッシュバックで枕を濡らす夜が想像できる。

 寝不足は健康に悪いのに。


「枝光を怒らせてしまった。僕は兄失格だ……」

「後悔するのなら深入りしなければ良かったのに。なんで自分の行動がどういう結果を招くのか想像できないのかな」


 ぶかぶかのセーラー服に着替えた枝光が苦笑いを貼り付けて近づいてきた。

 土間にいない兄を心配してここまで来てくれたのだ。


「い、今、枝光の声が……? 思い詰め過ぎて、とうとう幻聴が聞こえだした」

「それツッコミ待ち? うーん……あまり怯えないでほしいかな。僕が可哀想だよ」

「幻覚じゃなかった! スミマセン!」


 ベンチから転がり落ちながらも、しっかり地面に手をついて着地。一瞬で土下座をしてみせた。



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 ところで枝光はその格好で活動するのか? 

 胸元ががっつり見えているといいますか、スカートが長過ぎて走るとつまづきそうといいますか……。

 そもそも枝光ってスカートが苦手じゃなかった?


「森井ちゃんの指示だよ」

「森井め、枝光にふしだらな格好をさせやがって」

「一目で僕が女の子に見える服装にしろってさ。でも、スカートなんて持ってないから借りました」


 枝光がスカートをつまんだ。

 奇妙な指定だが、あの森井が意味のない指示をだしたりしない。

 しかも今まで空振りで終わったことはない。


 枝光が女の子らしい格好をするだけで、なにかしらの効果があるのだろう。

 僕にはまったく想像がつかない。



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「森井ちゃんはまだお着替え中だよ。服選びに時間をかけたり化粧に力を入れたり、女の子って大変だね」

「お洒落に気をつかう子って、本気で命かけているよな。僕はよくわからないけど」

「うーん。お兄ちゃんに言ってほしいセリフはそれじゃないんだけど……おっと、あえてはぐらかしたのだから、掘り下げちゃダメだね」


 これ以上余計なことは言わないようにと、口元を手で押さえる。

 こっちの枝光は相手の嘘……いや、ごまかしやはぐらかしに敏感だ。


 それにしてもよくわかったな。


 たぶん『枝光だって女の子だろう』と言って欲しかったのだろう。枝光のことだから、たとえ冗談でも口にして欲しかった。

 わかっていたけど、別の反応を示した。


「立花のお兄ちゃんなら、なんて言うだろう? 今さら女の子らしく振る舞っても妹とは思えない、とか?」

 んなわけあるかっ!

「あの過保護だけは、なにがあっても枝光に否定的なコメントを言ったりしない! 兄としての自覚が人一倍ある分、常に僕らの味方だよ」

「へえ、そうなんだね」


 この時はじめて知りましたといった反応だ。

 それともじゃないから自分には関係ないと思っているのか?

 あっけらかんとした態度が逆につらい。


 だって枝光だよね!


「フフ。そんなことよりお兄ちゃん、僕はちゃんと女の子に見えてる? 万が一にでも女装していると疑われたら計画が狂っちゃうよ」

「問題ない。セーラー効果のおかげだ」

「そうだよね。セーラー服といえば少女が着るイメージが強いもんね」


 腰に手を当てて、えっへんと胸を張った。


 まあ、たとえズボンを履いていたとしても、がいれば問題ない。


 誰よりも枝光が女の子であることを望んでいるこの子のおかげで、枝光は女の子だと誰もが思うだろう。



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「森井ちゃんを待っている間に、石が見せる夢について俺が語りたがっているよ」

「語りたがっているのに出てこないんだな」

「俺はスカートが嫌いだから。とりあえず今後に備えて予防線を張りたいんだって」


 隣に座ると、枝光は僕を見上げた。


「お兄ちゃんだって石の影響を受けておかしな夢を見ているよね? じゃあ生き延びるために考えるべきだよ」


 真面目に夢の中の事件に取り組んでも助かる見込みはない。

 だったら狂ってしまわないよう慎重に動くべきだ。

 そこまでは理解しているけれど、二度目の夢のせいで僕は混乱している。


 夢の世界は敵の領域だ。まさか、いちいち設定が変更するなんて思いもしなかった。

 おそらく対策を立てられないようにするためだろう。


「それでも共通点はいくつかあったよね。怪物。追いかけてくる。発狂。赤と黒と青と白」


 色。やっぱりここが引っかかる。


 もちろん怪物は警戒すべき存在だが、それだけではないと思うんだ。


 うまく説明できないけど、怪物に注意を引きつけておいて、色に対する恐怖心を無意識下で刷り込ませているような悪だくみを感じた。


「お兄ちゃんの言いたいことはわかるよ。俺も同感だって。ちなみに赤と黒は場所を指していて、青と白は対象に向けられているよね。法則があるのかな?」

「枝光はそこまで気づいたのか」


 たしかに二つの夢から、青はまだ猶予があって、黒は避難場所のイメージを感じる。でもどんな法則なのかまでは説明できない。


 赤が怖いのはなんとなくわかるけど、白がヤバイというのはよくわからない。

 幽霊の服は白色が定番だから、なんとなく関係しているのかもしれない。


 ……って、こんなことを考えても意味があるか?

 夢の中で僕らは手のひらの上でおどらされている。

 ヒントだと思っていたら、実はミスリードだったりするのではないかと勘繰ってしまう。

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