【スクープ 呪い人形の謎】
***
梅干しのように顔じゅう皺だらけの校長と、皺一つないスーツが似合う若い女記者が屋上にいる。
そう、ここは学校の屋上だ。
だからフェンスの向こうから野球部のかけ声や球を打つ音が聞こえてくる。
なぜ、記者が校内を通されたのかというと、彼女が学校のウワサを調査するオカルト記者だからである。
生徒や教師を狂わせるという呪いの人形について取材するために訪問すると、さっそく殺害現場に通された。
「まるで事件が発生した瞬間を見計らったかのような訪問だな」
葉巻を吸っていた校長は顔を上げて煙を吐いた。雲一つない空が一瞬だけかすんだ。
「とんでもないタイミングですよね」彼女はしみじみと頷き「訪問する日にちはあらかじめ決めていたから、事情を知っている誰かさんが犯行を起こしたとしか考えられません」
記者の方はカメラを構えて、足元のバラバラ死体を撮っている。
死体と表現したが、実際のそれは精巧な人形だった。強い衝撃を受けたせいで、胴体は粉々に割れ、手足と首は綺麗に外れている。
おかっぱ頭の彼女の顔に見覚えがあった。
「こいつは亜紀だ。殺された」
校長が厳かな声で言った。地響きのような低い声が揺るぎようのない事実を伝えた。
記者はカメラを構えたまま会話に応じる。
「へえ。あなたのお弟子さんですかい?」
「何を言っている。人形は師を持たない」
「へえ、そうでしたか。うっかり前の夢の設定を引きずってしまいまして……すみません。忘れてください」
彼女の謝罪がどこか上の空だったのは、三本目の腕に気を取られていたからだ。
三本目の腕だけは枯れ枝のように干からびているうえに、指の本数は人間より少ない。
質感だけでなく長さも二本の腕と異なる。長すぎるこの腕はどこに付いていたのだろう。
「ところで、なぜ亜紀さんは人形なのですか?」
「朱美様は面白いことをおっしゃる。その口ぶりだと、彼女はかつて人間だったようだ」老人は淡々と「彼女は最初から人形として作られたというのに」
「そうは言っても、彼女達はそれぞれ名前があります。モデルがいるのでは?」
人形は、あと三体いる。
亜紀さんを中心に紹介すると、お母さん、お姉さん、娘さん。彼女たちはまとめて加納一族と呼ばれている。
「ただの校長には答えられんな」
「……そうでした。加納一族を手がけた職人さんに聞くべき質問です」彼女は割れた胴体を見ながら「それにしても、中は空洞なのですね」
噂によると加納一族は人形でありながら一人でに移動する。
一度もドアが開いていないのに教室の隅を陣取り、ほんの少し目を離したスキに堂々と踊り場にたたずんでいる。
気がつけばそこにいる。神出鬼没な人形である。
実際人形の中はからっぽだったが、たとえ緻密な機械仕掛けが詰まっていたとしても、瞬間移動の説明はできやしない。
動き回る人形というだけでも気味が悪いのに、学校は人形を廃棄するのではなく特別な校則を考えた。
校内で人形を見かけたら目を瞑ってやりすごせ。
「加納一族に三度出会うと狂ってしまう。これ、本当ですか?」
記者はノートを広げた。
パラパラとめくるページには、学校の周りで起きた猟奇事件の記事が貼り付けられている。
これらの事件の犯人は必ず学校の生徒あるいは教師だった。
しかも全員の共通点として、人形を目の当たりにしていながら目を瞑っていなかった点が挙げられる。
「学校ができる前、ここは精神病棟が建てられていたのですね」
「さすが記者だ。よく調べておられる。では、加納一族の生い立ちはこれから知ることになるのだな」
「精神異常者の魂が人形に宿っていて、瘴気を当てられた人が事件を起こす……いや、それだけはあり得ませんね」
記者は行き当たりばったりの推理に苦笑いをする。
これでは最初から人形を作らなければいい。
今でも人形の存在を認めている理由があるが、待ち合わせの情報だけでは正解にたどり着けない。
「かつての精神病棟には、怪物と呼ばれる恐ろしい存在が居た。だが直接人間を襲ったりはしない。影響を受けた人間が凶暴化するのだ」
「どうして、いわくつきの土地に学校を建てたのですか?」
「学校を建てる際に、あの怪物は退治された。そして体をバラバラにしてこの土地に隠した」
隠した。その言葉に記者は顔を歪ませた。
隠しても、見つかってしまえば復活してしまうかもしれない。
日本なら火葬でもしておくべきだ。
「……隠すってことは、探している奴がいるようですね。見つかる前に燃やしたほうがいいのでは?」
「何故か灰にならなかった。せめて遠い場所へ保管しようと試みても、この地に戻ってくる。魂が抵抗している」
「……マジで、なんで学校を建てたんですか?」
閉鎖的な病棟の方が被害の範囲は狭かった。
退治したのに同じ問題が続いている。それどころか悪化している。
「まあ、加納一族の意義は理解しましたよ」記者は呆れながらも「彼女達の体内に怪物の部位を潜ませ、逃げ回っていたのですね。人形を見るから狂うのではない。人形を追っている魂こそ元凶だったわけですか」
二兎を追うものは一兎も得ずの要領で怪物を欺く彼女達のチームプレイは、加納一族と称しても納得がいく。敵の注意を一体に集中させないための四体だ。
それなのに、人形が破壊された。
記者は転がったままの干からびた腕を見下ろした。
人形の体内に隠してされていた怪物の腕。
もし怪物がとうとう人形を追い詰めたのなら、腕をそのままにして姿を消したりしない。
誰が、人形を殺した?
なぜ、人形を殺した?
「好奇心旺盛な部外者が亜紀を殺したに違いない」校長はしっかり記者を見て「腹を探るのが記者の務めだろう」
「待ってくださいよ。誤解です!」記者は慌てて否定する「こんなにもお美しい人形を割ろうとする度胸はありませんよ」
「でも君は外の人だ。人形を一体失ったあとのリスクなど知ったことではない」
校長は初めから記者を疑っていた。
しかも、人形を殺したのは彼女だから、新しい移動人形として償ってもらおうとたくらんでいる。
その下心に気づいた記者の顔がわずかに強張る。
「朱美様は移動人形の話を聞くうちに中身が気になっておられたのだろう? 好奇心に抗えずに彼女に危害を加えた」
「ちょっと! 真相を知る前に殺害されていましたよ! さっきから順番が逆だなあ……」
「人形の中身を知っているのは怪物と校長である私、そして朱美様だ」
「だったらなおさら、身近にいる人が犯行に及んだと考えましょうよ。身内贔屓ですか?」
下手に出ていた記者の目の色が変わった。笑ってやり過ごせないと観念したとたん、獲物を見つけた肉食動物のような目つきになって反撃にでた。
まず彼女は反論するために情報を集める。
ノートをめくり、猟奇事件を起こしてしまった容疑者の取材記録に目を通す。
事故が起きる前、彼らは不可解な初期症状に悩まされていた。
赤い場所が怖い。
黒いところへ行かないと目が合う。
肌の青い人間が視界の端でうごめく。
白い人が迫ってくる。
この四種類のうち、いずれかに当てはまる。
ちょうど人形と同じ数だ。
「話を聞いて誤解は解けましたが、本来は呪い人形の真偽を確かめるべく訪問したのですよ」
校内でうろつく呪い人形を三度目撃すると頭がいかれる。だから目を閉じてやり過ごせ、と。
事情を知らない人々は間違った解釈を広めた。
「学校生活をおくる生徒の恐怖心や真面目な教師の正義感が人形を壊したとも考えられます。危険を排除する行動は勇敢ですね」
「こじつけだ。他人に罪を着せるな」
「罪ってなんですか? あんた以外、誰も怒りませんよ。むしろ褒めてくれるでしょう。よくぞ人形を討ち取ってくれたってね」
彼女は飄々と逃げ道をつくる。
自分が冤罪にかけられないために。
そして、本当に人形を破損した誰かさんを断罪させないように。
「あんたの秘密主義がみんなを追い詰め、このような結果を招いたのですよ? 責められるのなら、あんた一人だけだ!」
責任転嫁をはかる校長が逆に責任を問われた。
記者が犯人である可能性のみ絞ることができなければ、彼女を強引にでも罪人に仕立て上げられない。
「……と、悪者の押し付け合いはよろしくないと思うので、別の可能性に縋ってみましょうかね」
記者は、こめかみのへこんだ人形の頭部を拾い上げ、いろんな角度から観察する。
満足すると、今度は手足を見る。
充分に観察を済ませると、記者は口を開いた。
「犯人は怪物です」
「それはない。これまで彼女達が翻弄してきたのだ」
「学習したんですよ。一人に絞って追い詰めたのです」
「でも、腕が転がっている」
「魂では肉体を動かせません」バラバラになった遺体を指差して「
たましいは二種類あって、死を迎えるとそれぞれ天と地に帰る。天に昇る方が魂で、地に帰る方が魄だ。
「体を取り戻したい。これは意思です。よって魂です」
「しかし魂だけでは肉体を動かせない……」
「その通り。魂が強いと怒りやすくなるので、退治ができなくても、鎮めるよう神主に相談するべきでしょう」
「……まいったよ。君は口が回るだけでなく、知識も豊富なのだな」
老人が不敵に笑ったとたん、口元の葉巻に火がついた。葉巻から全身へ炎は広がり、あっという間に笑い声をあげる火だるまの完成だ。
「おい、前は寺の和尚だったよな! オチがかぶってんじゃねえかよ」記者は大きな舌打ちをして「世界観や役職がランダムになるなんて聞いてねーぞ。どうすりゃ助かるんだ? ええ?」
「早くおかしくなったほうが楽になる。逃げても無駄だ」
そんな、これは箱が見せる不条理な夢だったのか。と、愕然としたところで僕の意識は現実に戻った。
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