夢について推理する

それで、呑気に火だるまを眺めていたら殴り起こされたってわけか

(1/6)



「……それで、呑気に火だるまを眺めていたら起こされたってわけか。馬鹿だなあ。早く怪物を当てないから私に怒られるんだよ」


 顔がボコボコに腫れた実兄に腰を下ろす枝光は、とても楽しそうに夢の内容を聞いていた。


 もう一人の枝光が泣き喚きながら最愛なる兄をタコ殴りにしていたのに、ときたらどちらにも同情を向けず、さっさと夢について語れと催促してきた。


 なんて薄情なのだろう。

 あの温厚な枝光に殴られた現実を受け入れられないうえに、泣かせてしまった理由が添い寝しか思い浮かばず、顔も心もズタボロだというのに。


 あーあ。お兄ちゃん、嫌われたのか?



(2/6)



「以上でいいのだな? 誤字脱字の訂正は? 補足説明等の追加があれば受け付ける」


 夢の内容を真剣に傾聴していた森井の顔には「もっと情報が欲しい」と書いてある。

 水で冷やした手拭いを渡しただけで、慰めの言葉一つよこしやしない。こっちも無情である。


 はい、ありませんと言おうとして顔をしかめる。

 枝光の気が済むまで殴られ続けた結果、左目にアザがうかび、口の端から血を流すはめとなった。


「今のところは異常なしといったところか。とりあえず、秋吉殿が無事でよかった」

「この顔を見て、よく無事だと言えるよ……」

「それは怪物によるものでもなければ、命に関わるものでもない」

「おかしな夢を見た後、顔をボコボコにされた。きっと呪いのせいだ。間違いない」

「とぼけるな。自業自得なのに被害者面とは、なさけない」


 忠告を無視した従兄に同情する義理はないようだ。



(3/6)



 たしかに前もってぼこぼこになるとは聞いたけれど、まさか枝光による暴力だと思わない。

 よりによって、優しい方が容赦ない打撃を繰り出してくるなんて。


 そんなに添い寝が嫌だったとは。ごめんよ枝光。


「添い寝だけで私が怒るかよ。あとで謝れよ。私がまだ泣いている」


 怒っていない方の枝光は相変わらず飄々としている。

 もう一人に殴られた後だと、いつもと変わらない態度に安心する。


「ご、ごめんなさい……」

「だから、あとで本人に言ってやれ。まずは兄ちゃんに出題された謎について語ろうじゃねーか」


 枝光はポケットの中に入れた石をいじっていた。

 変な夢を見た原因なのに、顔色ひとつ変えずに触れる度胸がすごい。



(4/6)

 


「さーて、森井ちゃんは兄ちゃんの話から怪物を特定できるか?」

「今のところは不可能だ。特定するための材料がない」


 森井は、まるで出来の悪い映画を観終わったような仏頂面で即答した。

 はっきりものを言う彼女は、おそらくこの人が犯人だろうといった曖昧な推理はしない。

 何事にも真剣に考える森井らしい。


「夢なのだから整合性がとれなくて当然だが、それでも焼死は悪手だ。せっかく死体を確保できても状態が悪い」


 森井は真面目に夢を指摘するが、僕はかえって混乱した。

 

 なにが悪手なのかわからない。

 それに死体を確保する理由がわからない。

 だって怪物は、屋敷にいる人間を狙うのだから。


 しかし尋ねる前に枝光が反論した。


「煙による死亡なら遺体は綺麗だぜ。火災は怪物が原因だというのなら、なおさら綺麗な状態で確保できるのでは?」

「それでも不可解だ。怪物が屋敷へ出られないのであれば、なりすましの意味がない。死体が運び込まれてから入れ替わるのでは遅い。死体が動いていたら、無論怪しまれる」

「森井ちゃんはエンターテイメントとしてのホラーをわかっていない。異形から逃げつつ怪物を突き止めるスリルがいいんだよ」

「推理するまでもなく、全員屋敷から離れればいい。出られない奴が怪物なのだから」

「つまんねー!」


 ……ついていけない。



(5/6)



「すいませーん。質問いいですか?」


 盛り上がっているところに水を差すようで申し訳ないのだが、二人の会話を聞いていると認識のズレが広がっていく。

 なにかがおかしい。 


 そうだ。なんで


「怪物と目が合ったら皮を剥がされるよな?」

「怪物のほうは直視しても問題ないだろう?」


 何を言って当たるのだろうと言いたげな目をする森井。

 枝光も、なんでそこからつまずいているのだろうと首をかしげている。


「………………」

「秋吉殿? もしもし? 時間差で狂ったか?」

「……そうか。見てはいけないのは異形の方だったのか」


 つまり、こういうことだ。

 なんらかの方法で人間を焼死させた怪物は、その遺体の皮を奪ってなりすます。

 そして皮を奪われた遺体はなぜか動き出し、屋敷内の人間を狙って皮を奪う。


 ようやく二種類の死体が歩き回るがどちらも本物ではないという意味がわかった。



(6/6)



 そういえば日本昔話に、山姥が姫の皮を被ってなりすます話がある。たしか、鳥が真実を喋って正体がバレるラストだったような気がする。


「そういえば遠野物語に、似たような方法でなりすます話ってあったような……」


 枝光が天井を見上げながら、記憶の引き出しを漁っている。この知識が夢を紐解くヒントにならないか吟味している。


「ヤマハハだ。それなら僕も知っている。和輝から教わったから」

「でも行動パターンがあまりにかけ離れている。他にも、狐が火傷した人間の皮を剥ぐ話を思い出したが、そもそも参考になるのかあやしいよな」

「おい。話が脱線している。類似したものを並べて、かえってややこしくしているだけに過ぎない。そういう議論は秋吉殿を混乱させるだけだ」


 森井はきっぱりと言った。無駄を嫌う彼女は脱線を好まない。


「この場に立花殿がいれば盛り上がっていたかもしれないが、無駄話には変わりない。とにかく秋吉殿は無理に付き合わなくて良い。余計なことを考えるな」

「あ、はい……」


 ただでさえ考えるだけの思考力がないのに。

 口には出していないけど、森井は心の中で思っているんだろうな。


 彼女の発言に一切の悪意はない。わかっているよ。浅慮な従兄を気にかけているだけなんだよね。でも心が痛い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る