ドアの開け方で、その人の性格やその時の心境はあらわれる。

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 ドアの開け方で、その人の性格やその時の心境はあらわれる。

 ひと区切りついたところで玄関の扉が開いた。

 勢いよく。慌ただしく。せっかちな人、あるいは落ち着きをなくした人が入ってきた。


「ただいま帰りました。あ、お兄ちゃんだ!」


 長い前髪の隙間から、無邪気な目が輝いた。

 目が合うなり、人懐っこい子犬のように飛び込んできたこの子は真田枝光。

 末っ子のおかえりだ。


「今日も僕に会いにきてくれたのかな? あ、そんなこと当然か。だって僕のお兄ちゃんだもんね!」

「相変わらず枝光君は秋吉殿が好きだな」


 森井が物珍しそうに末っ子を見る。

 ほぼ毎日会いにきてくれるのに、いつもハイテンションで疲れないのだろうかと不思議に思っている。


「人は不慮な事故でいきなりいなくなるんだよ。会えるうちに会っておかないとね。ほらお兄ちゃん、頭撫でて」


 差し出した頭を撫でてやると、枝光は嬉しそうに目を細めた。


 真田に変わる前、枝光の苗字は中平だった。

 つまり僕はこの子の実兄で、以前は同じ家に住んでいた。


 真田家に引き取られた時は塞ぎ込んでいたけど、今ではよく笑うようになった。



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「森井ちゃん達とおしゃべりしていたのかな? ずっと土間だと退屈するよね。気分転換に外の空気でも吸おうよ」


 枝光の目があやしくらんらんと輝いている。


 外に出ようと言ったのは、兄を気遣っているからではなく、どこかへ連れて行こうとしているような気がする。


 根拠はない。兄のカンだ。


「い、いや、夕方はお化けの時間だから……。ここにいたいな」

「ふーん? 常時幽霊が見える僕は時間帯なんて考えたことなかったや」


 外へ連れ出そうとする枝光に嫌な予感を覚える。

 やんわりと断ったのに、枝光は笑いながら、まだ腕を引っ張っている。

 強引に立ち上がらせようとしているけど、どこに行くつもりだ?


「でもお兄ちゃんは霊が見えないよね? なんで怖がるの? 最近霊感が目覚めたのかな?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」

「じゃあ、行こうよ。ねえ」


 枝光と外出したくないんだよ。

 ただでさえ憑かれやすいのに、泣いている幽霊を見かけるなり声をかける。その優しさに付け込まれて憑依でもされたらたまったものじゃない。


 清末兄さんも森井も除霊はできない。

 それなのに枝光は、憑依された方が霊魂を成仏させる確率が上がると正義感をたぎらせている。


「なんでそんなに外へ連れ出そうとするんだよ」

「帰りにうずくまっている男の子を見つけたから」

「声をかけずに家まで戻ってきたということは、幽霊なんだな」

「霊に憑かれて動けなくなったら、お兄ちゃんがここまで運ぶんだよ。いいね?」


 ほら、そんなことを言う。


 自殺に気づいていない霊が枝光に憑依したまま首を吊ろうとした一件で学習したと思ったのに。


 ここに成仏できる人はいないので、なおさらついて行くわけにはいかない。

 


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「また図書館に行ってきたんだって?」

「うん。調べものの回答を探していたら遅くなっちゃった」


 ああそうだったと、しがみついていた枝光が姿勢を正した。


「あのねお兄ちゃん。民俗的思想において夢がもたらす霊魂の働きには二つの様式があるんだって」

「民俗、思想…………ほう」


 聞きなれない単語に思考が固まる。

 気を引きしめて聞かないとついていけない内容だ。


 身構えていると、枝光は文章を読み上げるように、なめらかな口調で説明してくれた。


「一つは睡眠中の人の身体から魂が抜け出して活動する。二つは、寝ている人のもとを外部の霊的存在が来訪する。二つ目がいわゆる夢枕現象だね」

「そ、そうなのか……」

「それとね、国語辞典で“虫”を調べてみたら、人の感情を支配するものを虫っていうんだって。仏教の三尸さんしっていう人の体内に住んでいる三匹の虫がいるんだけど、これは宿主の過失を神様に報告して早死にさせるから、虫の知らせの虫とは異なるかな」

「へー」


 ひとしきり喋ったあと枝光はニコリと笑った。僕を見るその表情は期待に満ちていた。


「報告は以上です。どう? 役に立ったかな?」


 …………あ。


 反応を求められていると気づき、慌てて半開きの口を閉じる。

 真面目そうな表情をつくるが、咄嗟にコメントが出てこない。

 たくさん調べてくれたのだから、なにか言ってあげないと。



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「枝光は僕のために夢枕と虫について調べていたのか」

「森井ちゃんがね、お兄ちゃんのために夢枕とについて調べたらってさ」


 やっぱり森井か。あいつはどこから情報を入手しているのだろう? 謎が多すぎる。


 兄の怪訝な表情を読み取った枝光が首を傾げた。


「あれれ? 森井ちゃんと夢枕や虫について語り合っていたんじゃないの?」

「森井とは喋っていない」

「はっ! もしかして森井ちゃんが何かを察知したから、調べるように指示を出したのかな」


 枝光は、しまったと口に手をあてた。

 森井本人は自覚していないが、彼女の先回りは相手によって警戒される。


 人の顔色をうかがう枝光としては迂闊に森井の予感を匂わせるような発言はしたくなかったようだ。


「きょうだいなんだし、今さら隠すようなことでもないよ。さすがというべきか、粋なはからいをしてくれる」


 いつの間にか森井がいない。気を遣って、二人きりの時間をつくってくれたのだろう。



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「枝光もすごいよ。森井から難題を出されたのにしっかり答えを見つけ出せるなんて」

「無茶ではなかったかな。真田枝光の主な役割は情報収集だから。いい練習になったよ」


 枝光のなんてことはない様子で答えた。


 ちなみに、あの夢を見たのは今日の午後。移動時間を差し引くと枝光は短時間で答えを見つけたのだ。


 僕だったら、図書館に行ってもどの棚に行けば答えが見つかるのかわからずに立ち尽くしていただろう。


「調べるために図書館に行くという発想は僕には思いつかない。ついインターネットで探してしまう」

「学校では、図書館の本による検索術よりパソコンの扱い方に力をいれているときいたよ。お兄ちゃんの方法は現代に適した捜索術だと思う」

「けど書物のほうが正しい情報が収穫できる」

「でもインターネットのほうが短時間で複数の情報が集まるから便利だよね。松並木の近くにある図書館は、データベースもパソコンもあるから練習してみようかな」


 枝光は意欲的だった。

 清末兄さんは電化製品と相性が悪く、森井は文字に弱い。活用するのなら枝光が適任だろう。



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「少しずつネットの検索術に変えていったほうがいいかもしれない。図書館だと俺が集中できないんだよ。困っちゃうよ」

「へ、へえ。そうなんだ」

「ああ? そうなんだって言ったか? 兄ちゃんは他人事だなあ、オイ」


 とつぜん枝光の口角があがり、挑発するような笑みに変貌した。

 が報告を済ませ、そのうえ充分に兄と喋ったから、表に出てきたのだ。


「その反応だと、兄ちゃんは図書館で勉強ができるタイプだな? 優等生ってか? うらやましいぜ」


 うらやましいと言っておきながら、口調はあからさまに揶揄を含んでいる。

 枝光はやれやれとわざとらしく肩をすくめた。


「図書館で勉強とか調べものとかありえねえ。こちとら本を読もう派だ」

「そんな派閥があったのか。たしかに僕も図書館に行ったら本を読まないと損したような気分になる」

「だよなぁ! 私は真面目なんだよ、悪い意味で。本は娯楽だ。僕のためにも、もっと小説を読もうぜ」


 不敵な笑みを浮かべた枝光は、すぐに毒気のない苦笑に表情を変えた。


「うーんと、俺の行動は現実逃避にすぎないかな。それは僕のためにはならない。……お兄ちゃんも言ってあげてよ」

「え? あー、そうだな……」


 苗字が真田になってから枝光は口調がコロコロ変わるようになった。まるで劇場だ。一人で何役もこなしているように、人格がパチリパチリと入れ替わる。


 突然人が変わるから慣れるまではどうしたのかと不安になったが、今では難なく受け入れている。



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「毎日、一人前の霊能力者になるために訓練しているようだけど、実力は上がっているのか?」

「あんまりかな。あまりに役立たずで、お母さんの劣化版ですらないよ」


 僕らの母は霊媒師で、幽霊を自分の体に憑依させて意思疎通を図るところを何度も見たことがある。


 霊媒師のお腹から生まれた僕らは共通して霊に憑依されやすい体質だ。

 そのなかでも枝光は才能があると祖母に見出され、真田きょうだいに加わった。


「少なくとも今のままでは役立たずだよ。お母さんのようにはなれないや」


 枝光はうつむいた。母が優秀だとつい自分の実力と比べてしまうし、母を知っている周りの人から比べられてしまう。

 笑顔で誤魔化しているが窮屈な思いをしているのだろう。



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「枝光は枝光だ。僕は、枝光が母さんのようにはなってほしくないと思っている」


 仕事のせいでほとんど家を留守にしているだけならまだしも、会うたびにやつれていく母親を見てなんど胸が締め付けられたか。

 困っている人は全員助けたい枝光は、無理をして、いつかこときれるのだろう。

 そんなまさかと思えないだけに、心臓がヒリヒリする。


 それに真田になった以上、平凡は許されない。

 役立たずのままではいられないことくらい、枝光が一番理解している。


「ありがとう。頑張るよ」


 しまった。押し付けがましい発言のせいで枝光に笑顔を作らせてしまった。

 あまりに幸せそうで完璧だからこそ、その場凌ぎの笑顔でしかないと思い知らされる。


 どうしよう。こういうとき、兄としてどんな言葉がけが正解だった?


「今日はね、人形に霊を降ろす方法を教わったよ。うまくいけばこの方法が活用されるかもしれないね。邪道だけど」


 枝光は目を合わせないように空中に視線をさまよわせながら言った。

 まるで言い訳がましい反応で。

 やましいことなんて、していないのに。


「安全なほうを選んでくれ」

「心配しなくとも役に立つ方を選ぶよ。これ以上失敗したくないし。……ところで兄ちゃんよぉ」


 ニコニコと仮面のような笑みを貼り付けていた枝光が、急に目を大きく見開いた。


 気に障る発言でも口走ったのか心臓が縮こまったが、何故か目が合わない。

 どこを見ている?

 肩?

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