真田森井は肉眼で幽霊をとらえることはできない。
(1/6)
真田森井は肉眼で幽霊をとらえることはできない。
その代わり、写真や物を通して霊視する能力に秀でている。
「自分さえよければそれ以外はどうでもいい人が、幸せになる石を赤の他人に譲る渡す理由は何だと思う?」
「なるほど。秋吉殿はわけありの石を押し付けられたのだな」
反応が早い。いつもいわくつきの物を引き取っているからピンときたのだろう。
丸めていた背中を伸ばして、探るような目つきに活力がみなぎった。
「その人の特徴を教えてもらおう。憑かれているように見えたか?」
「え、どうだろう……」
幽霊が見えない人にする質問じゃない。
それに、憑かれている人間の反応を熟知しているほど、そっち側ではない。
「わからない。とにかく手放したがっていたから、なにかがあったと想定していいと思う。石が原因であるとは限らないけど」
「すまない。秋吉殿は見えなかったな。この会話が成立するのは立花殿と枝光君だけだった」
次に森井は、石を渡した先生の性格と石を渡されるまでの経緯を知りたがっていたので、若干の不満を説明ぶちまけながら説明をした。
瑞橋先生は、隣のクラスの担任でもある。
隣のクラスの生徒にとって、こんな理不尽は日常茶飯事なのか。気の毒だ。
(2/6)
「──そのせいで僕は身に覚えのないカンニング疑惑をかけられて散々だった」
「不正行為をしたのは事実だろうに」
「……古典は実力だから」
「しかし実行したのは事実だろう?」
まただ。なぜか彼女は、伝えていないことをすでに知っている。
慣れたけど、言及しないでほしい。今のやりとりにおいて、それは求めていたリアクションではない。
「石を渡したのは、秋吉殿に使わせるため。なぜなら、そうすることで自分が救われると信じているから……」
「他の人が使えば自分に降りかかる危険から免れる? 本当にその理屈は正しいのか?」
「今の段階では、はっきりと答えられない。とりあえず渡されたものを見せてほしい」
森井は鑑定を得意とする。実物を見た方が正確な判断が出来るだろう。
そう思っていたから、とくに何も考えずにポケットに入れていた立方体を取り出した。
直後に森井は絶叫をあげた。
(3/6)
「下を向けぇぇぇぇ!」
森井は両手で目を覆うと、体を丸めてうずくまった。
「み、見るな! 直視してはいけない……」
「も、森井?」
「目に入れるな。それを……姿を知ったら……脳に焼きつけてはならない! くるう、くる、う……見るな、くるう、くるうくるう……」
森井の肩が小刻みに震えている。声をかけても、「見るな」と「狂う」をうわごとのように呟いている。
どんなにおぞましい呪物でも顔色ひとつ変えずに淡々と分析している彼女しか知らない僕は、狼狽える姿に言葉を失った。
いや待て。森井にまだ見せていない。
石を掴んだ手をポケットから出した直後に森井は叫んだのだ。
指の隙間からほんの僅かに見えただけでも、見える人は危険を感じ取れるのか!
(4/6)
「一大事ですね」
抑揚のない声が聞こえた。
悲鳴に反応した清末兄さんが無気力な目で、うずくまる従妹を見下ろしていた。
「一体何が起こったのでしょう」
「わからない。石を見せようとしたらこの反応だ」
「しかし秋吉くんは平気です。この違いは何でしょう」
「おそらく森井は石を通して何かを見てしまったんだと思う」
「見えすぎるのは厄介です。一か八かで彼女を落ち着かせてみましょう」
そして兄さんは森井の頭上で手を叩いた。その音はよく響き、注意を引きつけるには充分だった。
「
芯の通った聞き取りやすい声で従妹に呼びかける。
「……この声は清末兄さん? ぶ、無事なのか!」
「僕は平気です。ここに恐ろしいものなど何もいませんので」
うずくまっている森井の頭上で、清末兄さんは見えない何かをつまみ上げると、マッチの火を消すように手を振った。
「ほ、本当にそこには何もいないのか?」
「目を瞑っているほうが精神的に危ないでしょう。どうかまぶたを開けてください」
従兄にうながされ、森井はおそるおそる起き上がり、両手を外した。まだ状況が飲みこめない顔をしている。
清末兄さんは膝をついて森井の様子をたしかめる。脈をはかり、目を覗き込む。
「外傷はなく、精神の破壊は見られません。一時的に取り乱しただけでしょう。もう大丈夫です。なにも問題ありません」
(5/6)
「ごめん森井……。怖がらせるつもりはなかったんだ。今のはこっちの配慮が足りなかった」
森井は心霊写真を鑑定する能力に長け、不幸の原因を見抜くことができる。
見えすぎる体質を念頭に置いていれば、軽率に石を見せたりしなかった。
もっと慎重に動くべきだった。
「わざとではないのだから謝らなくていい。まさか私も、こんなに慌てふためくなんて思いもしなかった」
声は落ち着きを取り戻しているが、警戒を怠らない目つきで周囲を見回している。
危険な存在はどこにもいない。
今度こそ平常を取り戻した彼女は清末兄さんの目を見ながらこう言い聞かせた。
「助かった。私は無事だ」
「よかったですね」
「清末兄さんは疲れている。二階の部屋で休んでいてくれ」
「わかりました」
従妹の指示に従い、兄さんは階段を上る。その足取りにふらつきはなく、とても具合が悪そうには見えない。
「あの人は、どんなに辛くても自覚しない上に顔に出ない。困ったものだ」
兄さんは自身の特性を活かして他人の呪いや怪我を引き取ってくれる。
身代わりになってきょうだいを助けてくれるが、助けられる方はたまったものじゃない。
森井は罪悪感を噛み潰したような顔で、階段を上る従兄を見送った。
(6/6)
「私は直接ソレを見たわけではない。時間が経てば落ち着いていた。余計な不安を引き受けなくて良いものを」
「そんな言い方しなくても……。文句は僕に言うべきだよ」
「……文句を言うのなら、危険な石を使わせようとした奴だ。素人め。悪手を打ったな」
侮蔑を込めた声で森井が呟く。
森井の反応を見て、ようやくただの石ではないと判断できた。
支離滅裂な口実で押し付けるほど、先生は追い込まれている。一刻も早くお祓いをしてもらうべきだ。
「ところで秋吉殿にソレを渡した相手は、短髪で着物を着た女性か?」
森井が頭を押さえながら尋ねる。
どうやら石を通して女の人を見たそうだ。
「いや、髪は長い。服装も違う」
「そうか。なら別の被害者のようだ。中に入っている怪物に怯えてうずくまっている」
「怪物……」
箱の被害者は先生だけではない。加えて「怪物」という新しい情報に背筋が寒くなった。
悪いものを入れるのではなく、危険なものが入っている。だから箱。
しかし森井はむしろ納得したと言わんばかりの様子で頷いていた。
「真っ先にそれを使わせようともくろんだのは、自分も同じ目に遭わされたからだろう。その中にいる怪物から離れようとする選択自体は間違いではないが、やり口が非道だ」
思った以上にとんでもない物を押し付けられていた。
改めて、呪物を引き取ってくれる宛てがあってよかったと僕は安堵した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます