真田きょうだいに会いに行く

たとえ同じ血が流れていても真田とそれ以外で分断される。

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 たとえ同じ血が流れていても真田とそれ以外で分断される。

 中平秋吉は、それ以外に分類される。

 幽霊が見えないからだ。

 とり憑かれやすいのに。



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 神社の裏の駅で電車に乗り、きょうだいのいる家へ行く。


 そこに住んでいる僕の親戚たちは、有名な霊能力者である祖母のを引き継いでいる。

 まだ子どもだが、将来霊能力で人助けができるよう訓練を受けている期待の卵だ。

 

 科学や医学で解決できない心霊的な問題で悩んでいる人々が、藁にもすがる思いでその家に訪れる。


 悩みがなくても訪問できるというのは親戚の特権だ。



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 ゆるやかなカーブの街道あたりにある瓦屋根の家がきょうだいの訓練場であり住処だ。


「ごめんください」


 建て付けの悪い格子扉を開けると、土間で藁を編んでいた着物姿の青年が顔を上げた。

 僕より年上のこの人は、ほとんどの時間を薄暗い土間で過ごしている。


「こんにちは。お邪魔します」

「…………。はい。どうも」


 覇気のない声で挨拶をすませると彼は作業を再開した。

 家にやってきた人が客ではないから、お茶を用意したり、まともな対応ができるきょうだいを呼んだりしない。


 そっけない反応だが、いちおう従弟の顔は覚えているらしい。


 手短な挨拶だけではあっけない。

 少しだけ会話を試みる。


「……えっと、今回は藁で人形を作っているの?」

「…………」

清末きよすえ兄さんは、いつも人形を、作っているよね。それは、藁人形?」

「いいえ。これはコースターです。頼まれたのです。ほかにも、花の形のコースターやビーズの指輪も作ります」

「手先が器用でうらやましい」

「…………」

「清末兄さんは、手先が器用だよね。うらやましいな」

「今のは独り言でしょうか」

「清末兄さんに言った。褒めたんだよ」

「これは慣れです。何度も繰り返せば、指が覚えます、勝手に。動くのです、すらすらと」


 すごい。清末兄さんの会話力が格段に上がっている。


 祖母に引き取られてこの家に住み始めた頃は名前を呼ばれても反応しなかったのに。

 今では言葉を覚え、シンプルな指示に従い、簡単な会話もできるようになった。


 清末兄さんが学校に通っていれば高校三年生、あるいは大学生だ。

 年相応の知性があれば、カードゲームで遊んだり釣りを経験したり携帯電話を利用するのだろう。

 ぜんぜん想像できないけど。


「立花くんはご機嫌のように見えました」

「清末兄さん。僕は秋吉だ。立花は僕の兄」


 兄さんは頻繁に名前を呼び間違える。いくら訂正しても、兄の方の名前を呼ぶ。

 たしかに初対面の人も僕らの見分けがつかないと言っていたけど、兄さんは従兄だからしっかり区別してほしいな。

 

 身内とそれ以外の区別が限界なのか。

 それだけでも上出来だと思うべき?



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「では秋吉くん」

「はい」

「具合は悪くありませんか」

「健康だよ」

「疲れていませんか」

「平気」

「しんどくはないですか」

「ちっとも」

「理由はないのに苦しくありませんか」

「全然」

「不運が続いていませんか」

「問題ない」

「呪われている自覚は」

「ない。僕は大丈夫だ」


 清末兄さんは固まってしまった。頭の回転がゆっくりだから、時間をかけて複数の回答を処理している。


「…………そうですか」


 了承すると、清末兄さんは作業に戻った。

 彼には雑談の必要性がわからない。従弟が無事であれば、あとはどうだっていい。



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「秋吉殿は律儀だな。無理に会話を交わさなくたって、その人はきょうだいを見捨てない」


 幽霊のように生気のない顔つきの少女が水を運んできた。真田さなだ森井もりいだ。


「こんにちは森井。今日はセーラー服なんだ」

「女子だからな」

「似合ってる」

「女子だからな」


 森井は、そんな当たり前のことをいちいち言わなくて良いと鼻を鳴らした。


 女子だからセーラー服を着る。面白い理屈だ。学校に通う女子がセーラー服を着るのではないだろうか。


「セーラー服は期間限定だから。少女のうちに着るべきだ」


 森井は今年で十四になるんだっけ。じゃあ、セーラー服を着るタイミングとしては適切だ。


「そんなことより秋吉殿は、今日も今日とてきょうだい全員に挨拶をするのだな」


 「全員」のところで語気を強めた。含みのある言い方だ。


「そのつもりだけど……もしかして、きょうだいが増えた?」

「そういう意味ではない。末っ子の枝光えだみつ君がまだ帰っていない。秋吉殿のために図書館で調べものをしたのに会えずじまいでしたなんて可哀想だろう。優しい秋吉殿なら同意してくれるな?」

「わかったよ。待つよ」

「ありがとう。取り敢えず水でも飲むと良い。もし暇なら私が話し相手になってやろう」


 お盆ごとコップを渡すと、森井はその場であぐらをかいた。


 ちなみに森井は、必要のない会話は時間の無駄だと思っているが、おしゃべりな僕の影響で身内が相手なら雑談に付き合うようになった。



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 霊能力の素質のある人は稀有だ。猫のごとく立て続けに増えるものではない。

 清末兄さん、森井、枝光と続く新たなきょうだいは追加されなかったようだ。


「突然だが、もし好きでもない人から告白されたら秋吉殿は付き合うのか?」


 森井は厳かな口調で質問を投げかけた。

 珍しい。いつも通り、従兄の学校生活を聞き流すと思っていたのに、今日は彼女の方から質問をしてきたぞ。


「いきなりだな」

「雑談というのは、そういうものだろう?」


 告白ねえ。しかも意識していなかった相手から。

 まあ、告白する方は自分の好きな人を選ぶだろうし、一方告白される方は、気になっている人から告白されるとは限らない。


「断るよ。『あなたが好きだから』が付き合う理由なら、その人が好きじゃない僕は付き合わなくたって構わないでしょ?」

「それは屁理屈ではないか? いざ実際付き合ってみたら好きになるかもしれん」

「たしかに感情は変わる。だから僕を好きだと言ってくれた相手が愛想を尽かすかもしれない」

「なんだか秋吉殿は恋愛に消極的だな。好みの外見をしていても断るのか?」


 今日の森井はよく喋る。

 適度に相槌を打つだけだったのに、今日は自分から話題を持ち出して話をすすめている。

 いつの間にか他愛のない話が出来るように成長したようだ。


 それにしても意外だ。人間に無関心な森井らしくない恋愛系統の話だと?

 それも、同じく恋愛に興味ない従兄と話している。

 なんだか夢を見ているようだよ。



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 森井は利益や必要性で付き合いを考える。

 相手の都合で一時的に恋人のフリをしてくれと依頼されるのならまだ納得できるだろう。


 でも好きだから付き合ってくれと頼まれると、意味がわからないと首をかしげる。


「今はまだ、恋愛に興味がない。むしろ面倒だと思っている。森井ならわかるだろう?」


 同意を求められた森井は、見せつけるようにニヤリと口のはしをつり上げた。


「ああ、そうだとも。たとえ信頼を寄せている人からの紹介でもお付き合いなんて願い下げだ。ただ話がしたいだけでもお断りだ。私は初対面なのに、相手は私の顔を知っている。その状況だけで私は耐えられない。秋吉殿こそ、この気持ちをわかってくれるか?」

「……あ、なるほど」


 そういうことか。


 これは雑談に見せかけた意思表示だ。

 何に対して理解を求めているのか察していると、森井がさらに追いうちをかける。


「今後も秋吉殿が阻止してくれ。恋愛なら他の乙女とすればいい」


 森井は吐き捨てるように断言した。

 時間の無駄だ、付き合うつもりはない。口にしなくても、森井の意思の固さが伝わってきた。


 ちなみに、和輝に森井のプロフィールを教えていない代わりに森井にも和輝の存在を伝えていない。


 相変わらず、冴えているな。


「ごもっともです。冴えてるな」



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「私が恋愛に興味がないことくらい、すでに知っているだろうに。なあ、秋吉殿はいつまでそいつと仲良くしているつもりだ?」


 利益のない人間関係が理解できない森井は、真剣な眼差しで尋ねる。嫌味ではなく本当に和輝と仲良くしている意味が理解できないのだ。


 いや、ほら、ネットで流行っている都市伝説を知る絶好の機会がなんだよ……って、僕だけ楽しんでいるね。

 わかってる。

 

 和輝はオカルトトークで盛りあがりたくて休み時間にやってきているわけじゃない。

 明日にでも、仲介役さえもできそうにないと伝えよう。


「秋吉殿は好意のない相手からの告白は断るそうだな。なぜなら、相手の気持ちが変わって、愛想を尽かされるから」


 森井はたしかにその通りだと、かみしめるように頷いた。

 心当たりがあったのだろう、彼女にとって納得のいく考えだったようだ。


「ここへ相談に訪れる人は、たまたま良くない巡り合わせで不幸になった人と、険悪な人間関係が原因で苦しむ人がいる。すべて縁が原因だ」


 そう。ここには心霊写真やの品を持って訪問する客があとをたたない。

 大人が不在の時は、まだ十代前半の森井が対応している。


 除霊は森井の専門ではないのだが、相手もそこまで期待はしていない。

 引き取ってくれればありがたいのだ。


 しかし、この時危険性のない写真や物を受け取っても意味がない。

 そこで森井の鑑定する能力が発揮される。


 彼女は見抜く目を備えている。



(9\9)



「なかには、友人の贈り物が原因で不幸が続いている場合がある」


 森井は平然と言った。

 親しい間柄の人間こそを持ってくる人物であると、疑わない目をしている。

 なんだか語弊を感じる物言いだ。引っかかる。


「友達が運悪く、つきのお土産を選んだのか?」

「そんな偶然による不幸ではない。友達と思っていたのは自分だけで、ずっと相手に恨まれていたという真相だ」

「うわあ……」

「別段珍しい話ではない。ただ、この事例にあたるたびに、友情はいつから憎悪に変わるのだろうと考えてしまう」


 それは……歪むね。

 ひねくれ者が、さらに歪むね。


 厭世家な性格の上に暗い相談ばかり聞いていれば、友情にさえ疑心が芽生えるのは当然といえよう。


 余計な人間関係は築くべきではないと判断を下したのは、いびつな人間関係を幾度も目の当たりにしているからだったのか。


 でも、だからといって和輝との関係を悪いものだと決めつけないでほしい。それなりにうまくやっているのだから。


「少なくとも今の僕には該当しないよ。そういえば……」


 友達ではなく教師から怪しい物を押し付けられた。

 鑑定してもらおう。

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