起の章

中平秋吉は身に覚えのないカンニング疑惑をかけられる

本人ではなく、本人の親戚とお近づきになりたくて話しかけてくる人は友達と呼べるのか?

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 本人ではなく、本人の親戚とお近づきになりたくて話しかけてくる人は友達と呼べるのか? 


 人によっては答えが変わるけど、気が合えば友達だと僕は思う。


 さて、目を覚まして顔を上げたちょうどその時、茶髪の親友と目が合った。

 おーいアッキーと口が動き、いつものジャージを着た彼が教室に入ってきた。


 高校に入学してはや数ヶ月、休み時間になると会いに来てくれる石迫いしさこ和輝かずきだけが唯一の話し相手だった。


 とはいえ口を開けば僕の親戚に会わせろだのプロフィールを教えろだの利己的な要求が迫ってくる。


 断るたびに罪悪感で胸が痛むので、先に話題を出してみた。


「おはよう和輝。さっき良い夢を見たんだ。親しい親戚に久しぶりに会ったんだけど……」

「へえ、夢枕か?」


 流石だ。この少ない情報だけで、真っ先に夢枕を連想する人はあまりいない。


 図書館でホラー小説だけでなく実話怪談や民俗学の本をかりるという発言に嘘はないらしい。

 趣味が合うので、僕は勝手に友達認定している。


「なんだか嬉しそうだけど、アッキーは良い知らせでも聞いたのか?」

「良くない知らせだった。でも悪くない夢だった」

「悪い夢じゃないか。じゃあ内容は言うなよ? 巻き込まれるのは勘弁してほしいから」


 和輝は軽く耳をおさえた。

 なにがなんでも聞きたくないようだ。


 このまえ和輝から、夢の内容を口にすると実現しないから、素晴らしい夢は他言してはいけないと教わった。


 言ってしまうと現実に起こらないのであれば、悪夢を言いふらせば危険は回避できる。


 この理屈に気づいていない和輝はしっかりと耳を押さえている。

 聞いた人のもとにお化けが現れる自己責任系の怖い話と混合している。


「オレは心霊番組を観るのは好きだけど、実際に心霊スポットへ行かないタイプなんだよ。それより、決着をつけるときだ」



(2/3)



 六月上旬、中間考査を終えた教室は、気の緩んだ生徒で賑わっている。

 採点を済ませた答案用紙が次々と返却され、来週あたりに各生徒の順位が判明するだろう。


 しかし和輝はまだ試験が残っているような思い詰めた表情で唇を噛んでいる。


 やがて意を決すると、ジャージのポケットから突き出ている、丸めた用紙を抜いた。

 それは古典の解答用紙だ。


「アッキーのクラスは今日の午前中に古典の解答用紙が返ってきたんだろ。ほら、見せろ。勝負の内容は覚えているよな?」

「……え?」


 ずいぶんと間抜けな顔だったらしい。意気込んでいた和輝が唖然となった。


「なんだよその反応。まさか忘れたのか?」

「本気だったのか」


 できれば忘れてほしかった。


 考査に向けて試験勉強をしていると、和輝がたくらみのある顔で苦手な教科を聞くものだから、得意科目を答えてしまった。


 そのあと、和輝の方が古典の点数が高ければ親戚に会わせてほしいと頭を下げる姿は今でも覚えている。


「ご、ごめんけど、僕は紹介してあげられない……」

「お? もしやアッキーは絶望的な点数をとってしまったか? キャンセルなんてルールはなかったぞ」

「そういうことじゃなくて……」


 和輝が気になっているあいつは親戚の僕にさえ警戒心が強い。赤の他人ならもっと取り合ってくれない。


 『僕の友達が会いたがっている』と言えば『個人情報を漏えいするな』とぶん殴ってくる。

 そういう奴なんだよ、あいつは。


 僕は情報を漏らしていないのに。

 すべての始まりは、図書館へ訪れた和輝が偶然あいつを見つけたからだ。一目惚れらしい。

 



(3/3)



「一途な和輝を見ているとあの怖い話を思い出す。あれだよ、あれ……星を見る少女」

「一目惚れしたお相手が首吊り死体でしたって話だよな? なんであの不憫な話とオレが重なるんだよ」


 オカルト好きな和輝がくいついたが、不満げに眉をゆがませている。

 どのあたりが自分と重なっているのかわかっていない。


「和輝はこの話を不憫と言ったけど、それは恋が叶わないから?」

「告白する前に恋は終わった。どう考えても残念だ」

「死体だと判明したから恋は冷めるのか? でも男は最初から死体に惚れていたのに?」

「彼は死体じゃなくて彼女に恋をしたんだ」

「一方的に恋心を抱くだけでもよかった。でも彼女に近づいた。和輝ならその理由を想像できるか?」

「付き合いたかったんだよ」

「死体だと分かっていれば告白しなかった?」

「もっと早く通報していただろうな」

「恋愛を経験したいのなら、付き合ってくれそうな相手を選ぶべきだと僕は思うけれど」

「……アッキーの言いたいことがわかったぞ。回りくどいわ」


 和輝は天井を仰いでため息をついた。

 彼の気になっているあいつはまだ生きているけど、はなから恋が始まらないという点においては、死体と同じ括りだ。

 それとも、人間不信に告白しても意味がないと伝えた方が早かった?


「恋愛体験が和輝の目的なら、別の子をすすめるよ。あいつは恋愛感情とかわからないし、もっと可愛い子はたくさんいる」


 同じ高校に通っている生徒の方が手頃だろう。

 都合も合う。


 適当に教室内を見回すと、一人の女子生徒と目があった。

 彼女は非難めいた目つきで睨んでいる。


 目が合っただけでも驚いたけど、目が合っても動じない様子に僕は一番の驚きを感じた。


 たまたまではない。

 彼女は、ずっとこっちを見ていた。


 僕は何事もなかったかのように目を逸らす。


「オレはべつに……話がしたいだけなんだ」


 決意で固まる瞳から、フラれる覚悟を感じ取れた。

 そういえば『会ってみたい』と言うけど『恋人になってほしい』とは一度も言わない。


 告白すれば恋人になってくれると信じていないところに好感が持てる


「絶対にあいつでないといけない?」

「あの子に興味があるんだから、他の子でいいわけないだろ」


 念を押すと、和輝は諦めた表情で頷いた。


「とりあえず会える日は別の機会だ……。なあアッキー、本当に古典は苦手なんだよな?」


 不正解が二問だけの解答用紙を見つめながら和輝がたずねた。


 氏名欄には「中平なかだいら秋吉あきよし」。その隣には、四捨五入すると百に到達する点数は大きく書かれていた。


 返ってきた用紙はなぜか黒ペンで採用されている。

 見えにくいが、目を凝らしても点数は変わらない。

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