永若オソカ

始の章

夢の中に首のない親戚があらわれる

親戚の寺尾について説明する時、きっと誰もが身長に触れるだろうな。

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 親戚の寺尾てらおについて説明する時、きっと誰もが身長に触れるだろうな。


 目を見て話していると首が痛くなる。

 座っている時でないと話しかけない。

 不思議と見下される感じはしない。

 そのうえ細いから仏像のようだ。


 かく言う僕も、この人にちょうどいいサイズの服はどこで手に入るのだろうと思う時がある。



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 なんとなく仏間に立ち寄ると、白と紺の縞模様がアルファベットの“T”のかたちで寝そべっていた。


 その縞模様は寺尾の浴衣だったので、「寝そべっている」という表現はあながち間違いではない。


 妙に立体的だと目を凝らしているうちに、浴衣を着たマネキンが仏間に寝転がっているのだと判明した。

 首の部分がないから、中のマネキンに気づくまでに時間がかかった。


 あの寺尾と同じ背丈のマネキンがあったのか。

 それにしても和室にマネキンが放置されている違和感は拭えない。

 ここが店内であればすんなり受け入れられたのに。


「……ここは仏間だ。マネキンなんて置かない。首無し死体のほうがしっくりくる」

「うん。だから死体ごっこをしているんだよ」


 独り言だったのに、まったりとした返事が聞こえた。

 いや、聞こえたような気がしたとでも言っておこうか。今のは空耳だ。


 どうして僕は今でもマネキンが転倒しているものだと思っているのかというと、首のないマネキンを服屋で見たことがあるからだ。


 それに、もしそこに転がっている正体が首のない寺尾本人だとしても、喋る口がない。


「想像を働かしてごらんよ。首がついたままで横になっても、寝ていると思われる。でも首がなかったら、これは死体なんだねと理解してもらえる」


 寺尾はゆっくり起き上がると僕の前まで移動した。

 首なし死体が動いている。

 首なし死体なのに喋っている。


 僕は首元、および切断された箇所を、頭が一つや二つ無くなったところで背は高いままなんだと羨ましくなった。


「頭が二つだった頃なんて一度もないよ?」

「なぜ僕の心の声が読み取れる?」

「きみの表情を読み取っただけだよ。そういえば、首がないのにきちんと見えるし、ちゃんと聞こえるね。まあ夢の中で理屈を考えるのは無粋よ」

「もう死体ごっこはおしまい? よく喋るね」

「うん。だって死体になるために夢に現れたわけじゃないし」

「そうなんだね」

「夢のお告げをしに来たよ。喋れないのにここにいたら、それこそ笑い者だよ」


 寺尾が「夢」という言葉を繰り返し使ううちに、僕は夢の中にいるのだと実感していく。


 そうか。だから首のない親戚と喋っても取り乱さなかったのか。

 血液が一滴もこぼれていなくても夢の中なら納得がいく。



(3/7)



「久しぶり、寺尾」

「数年ぶりよね。だけどきみは、最後にあったときの姿と同じなんだね」


 僕は夢の中で、中学生の頃に着ていた詰襟の学生服を身にまとっている。

 実をいうと、寺尾に会うまでこの服装は喪服としての役割を担っていた。


 夢の設定で、僕は葬式に参加していた。

 そしてなぜか式の参列者たちは屋敷の前で待機させられていた。一人ずつ家にあがって焼香するのだという。


 ようやく僕の番になり、念仏の声を頼りに仏間にたどり着いた。

 そして首をなくした寺尾を見つけて今にいたる。


「ところで、あちらこちらから念仏が聞こえるね? お坊さんが訪問されているのかね?」

「ただいま葬式中です」

「あっ、そうなの? しまったなあ。この格好は場違いよ。恥ずかしい……。そういえば、葬式の夢は良い夢らしいよ。よかったね」

「なんで嬉しそうなんだよ」


 最後の別れをしなければならない大事な日なのに、見知らぬ首無し死体がいたら気持ちの整理ができない。


 さいわい寺尾は顔がないだけで身体の機能に支障はない。歩けるのなら屋敷を出たほうがいい。


 僕らは念仏から遠ざかるように廊下を歩いた。

 眩しい日差しに照らされた廊下は透き通る褐色に反射している。その色が駄菓子屋で買った練り飴とよく似ている。割り箸で捏ねて伸ばす褐色。


 これは予感だ。

 この廊下も練り飴のように伸びて伸びて、目を覚ますまで僕らは歩き続ける。



(4/7)



 歩きながら状況を整理する。

 他の親戚であれば、「夢の中にいた」ですむところだけど、よりによって寺尾があられた。

 「夢のお告げ」は本気なのだろう。


 これは予知夢? 

 いや、夢枕に立つという表現がしっくりくるか?


「夢枕にたつのは神仏や親しい間柄の知人っていうけど、どちらのほうが信頼できるかで変わるのかな?」


 僕の表情だけで考えていることを察知した寺尾が、鼻歌を歌うようにささやいた。

 きょうだいだから、血が繋がっているから、言葉を交わさなくても僕らは通じあえる。

 

「信じきれる姿を借りたほうが、声が届きやすくなるかもね。ほら、実際にこうして会話しているわけだし」

「僕は寺尾を本物だと信じるよ。ていうか、はなから疑っていないし」

「おお、そうね。話を聞いてくれるだけで充分なのに、きみは優しくしてくれる。ありがとうね」

「そんな当然のことでありがとうを言わなくていい」


 かえってむなしくなる。この一言は付け加えるべきではないので声にしなかった。

 吐き出せなかったむなしさが心をざわつかせる。

 言うなれば、虫の居所が悪い。


「そう。虫。これは虫の知らせなんよ。けどこの虫は昆虫の分類には入らないね。そもそも普段はどこにいるんだろうね」

「昆虫じゃないなら器官だよ。危険を察知して死霊を感知する」


 ただしこの器官は人それぞれで、常に機能していることもあれば危機的状況に陥っても働いてくれないこともある。


 今回は虫が受信に成功したおかげで、夢のお告げを拝聴できる。


「そういえば、なんで寺尾は死体なんだっけ?」

「死体の夢は運気好転なんだよ。せめてものゲン担ぎみたいなものさ」

「なるほど。僕はこれから良くない知らせを聞かされるわけだ」

「理解が早いね。薄々気づいてた?」


 声が弾んでいる。たぶん寺尾は口のはしをつり上げて笑っている。


 良い知らせなら、わざわざ夢に現れたりしない。

 死体のフリをしてまで相殺を試みているとなると、覚悟して聞いたほうがいいようだ。


 なにせ寺尾の優秀な虫は確実に起こる危険を教えてくれるのだから。



(5/7)



 忠告を聞き漏らさないよう耳をすませる。

 いつのまにか、念仏が蝉の鳴き声に変化していた。

 虫は虫でも、鳴く虫は苦手だ。

 寺尾の話に注意を向けたいのに、雑音の方に引っぱられる。


は嫌い?」


 寺尾に尋ねられ、我に返る。

 僕は何事もなかったふうに首を横に振る。


 僕の親戚は、普段の人間に備わっている五感とは別の器官が発達している。

 この虫は、特性によって「予知」や「霊視」に言い換えられる。


 そして僕は、そんな虫達に何度も救われた。


「今の問いはわかりにくかったかも。シューキチくんは他のとうまくやれてる?」

「まあね。ぼちぼちだよ」

「ぼちぼちがちょうどいい。今の世の中、頑張りすぎて壊れるんだから。何事も、ほどほどが良いよ」

「うん」


 この人だから言葉の重みが違う。


「無理に仲良くしろと言っているわけじゃないからね。あの子たちは人付き合いが苦手なだけで悪い子じゃない。いざというときに助けてもらえるように、日頃から関係を築いた方がいいと思うわけですよ」

「うん。わかってる」


 僕は頷くだけで精一杯だった。

 この人は、いまだに僕らきょうだいを心配してくれている。なんだか申し訳ない。


 だからといって「あなたがいなくてもそれなりにうまくやっています」なんて口が裂けても言えない。

 そのセリフは、安心させる効力はなく、ただ悲しませるだけだ。


 たとえ、あなたが欠けてから団結力が強まったとしても。

 たとえ、あなたがいなくなったことでようやくみんながいい方向に進み出したとしても。


 僕は「あなたがいない方がいい」とは思わない。

 みんなだってそう思っている。



(6/7)



「よし、じゃあ大丈夫」


 寺尾は満足した声でそう言ったきり黙ってしまった。満足されては困る。まだ忠告を聞いていない。


「だってシューキチくんは、まだ回避できる分岐点でことごとく良くない方を選ぶから。でもどれも正しいんだよ。たとえ忠告しても、わかった上で選択するよ」

「だからといって、寸前で教えてくれないのは非道じゃないか?」

「今さら気づいたんだけど、言っても意味ないね」


 意味がない。それに関しては同意する。

 今までの経験上、避けても別のかたちで危険に遭遇するから。


 だいたい寺尾が危険だと言えば、良くない出来事に遭遇する。

 だから軽傷ですむタイミングで危険に飛び込めば幸運だといえよう。当然どのタイミングがベストなのかわからない。人生は簡単にいかない。


 せめて、こうして気を引き締める機会を与えられただけでも感謝すべきだ。


「だから……そうだね。伝えることは二つに絞ろう。シューキチくんはなにも間違っていない。何かあったら必ずきょうだいを頼るんだ」

「頼らなかったら?」

「狂う」


 耳を疑った。

 覚悟していた可能性の中に発狂は入っていない。

 人生は理不尽で、素晴らしいこともあれば嫌なことも起こる。


 そんなこと、誰だって知っている。

 でもどんな因果応報で狂うのか見当もつかない。


 とりあえず、きょうだいを頼ればなんとかなる。

 寺尾のありがたいお言葉を頭にたたきこむ。


 ところが、なんだか集中できない。

 狂ってしまう未来を受け入れたくないばかりに、覚えるべき助言も拒絶している。

 


(7/7)



「釘バット」


 不意に寺尾が人に傷をつける道具の名前を口にした途端、僕の注意は鬼が持っている金棒のようなそれに引き寄せられた。


「たぶん、それが解決の糸口になるよ」

「作るのにけっこう手間がかかるよ? 武器として使うのならそのままでも価値があると思うんだけど」

「作らなくてもいつか出会うよ。必ずね。見つけたら迷わず手に入れて。あ、これで三つかね? とにかく、ここまでだ」


 寺尾はパチンと音をたてて、手を合わせた。

 空気が割れるような音は鼓膜とまぶたを震わせる。


 衝撃で目を覚ましそうだ。

 というか、もう目を覚ましていいのか。

 だから寺尾は手を叩いたのだ。


 危険を知らせたのだから。

 これ以上は関与できないから。


「わかったよ。いつも通りぼちぼち頑張るよ」

「うん。ごめんね」

「だから、寺尾が謝る理由はないよ。ただ、一つだけ直してほしいのだけど……」

「ん? 直す?」

「さっきからシューキチと呼んでいるけど、じつは秋吉あきよしと読むんだよ」


 親戚の名前を呼び間違えていた寺尾は驚きの悲鳴をあげた。

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