第2話 エレベーターの中で

 以前も言った通り、僕の彼女は、本当に正義感が強い。

 昨日の雨が嘘のように落ち着いた、梅雨の土曜日の朝、駅前の、ショッピングセンターの、八階にある英会話スクールでレッスンを受けるために、三階から上にしか止まらない、ようやく来た上階専用エレベーターに乗って、僕が閉ボタンを閉めようとしていたところ、

「あ、お年寄り!」

 彼女が上品そうな、お年寄り夫婦に気づいた。

 彼女は、僕が閉ボタンを押してしまう前に、あわてて開ボタンを押した。

 お年寄り夫婦がにこやかに微笑みながら、彼女に会釈して、ゆっくりとエレベーターの中へと乗り込んできた。

「良かったね」

 と会話するお年寄り夫婦を見ながら、今度こそ、僕が閉ボタンを押そうとしていたところ、今度は、

「あ、ベビーカー!」

 ベビーカーを押す若い夫婦が目に入ったらしく、僕の右隣から、彼女が腕を伸ばして再び、開ボタンを押した。

 エレベーター内は、ベビーカーや車椅子が入ることを想定して作られていないのか、すでにいっぱいだった。

 そこへ、大きな黒のベビーカーを押した若い、これまた体格のいい父親と、彼よりは小柄な母親がゆっくりとエレベーター内へ、すっかり気を緩めながら乗り込んできたので、一歩後ろへ下がった僕は、左隅に何のために置かれているのか分からない、三角形のゴミ箱?に、思いっ切り、ぶつかった。

 上品そうなお年寄り夫婦も、エレベーターに無事乗れたベビーカーを押した若い夫婦も、彼女も、幸せそうに笑みを浮かべていたけど、少し待っても、ベビーカーを押した若い夫婦は降車階のボタンを押そうとせず、彼女も、上品そうなお年寄り夫婦も、ベビーカーを押した若い夫婦も、誰も、閉ボタンを押してくれなかったので、僕は英会話スクールのレッスンが始まる時間を気にしながら、あわてて腕を伸ばして、閉ボタンを押した。

 ようやく、エレベーターが動き出して、何とかレッスンには間に合いそうだと、僕がほっとしていたところ、若い夫婦とベビーカーに乗る赤ちゃんを見ていたおばあさんが、

「ふふふ、あの子、お父さんのこと見てるわ」

 と、すっかり自分達が子育てをしていた頃に戻ったような口調で言った。

 ベビーカーを押した若い夫婦は、上品そうなお年寄り夫婦がすでにボタンを押していた四階のレストランフロアで降りて行き、その後に続いて降りた老夫婦は、降りる前に、僕らに会釈して下さったけど、彼女と違って、特に正義感も強くなく、英会話スクールのレッスンが始まる時間を気にしていた僕は、急いでいる時に、人に親切にするのは難しいな……と思っただけだった。

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