第8話

その①

 フェリルゼトーヌに入って2日目の昼過ぎ。国境の街、セルフィスに到着したわたくしたちはまず両替商のところへ向かいました。

「――それじゃ、800フェリルな」

「確かに頂きました」

「それにしても、いまフェリルゼトーヌに来るとはタイミングが悪かったな」

 持ち込んだクーゼウィンの貨幣を仕舞いながらそう口にする両替商に首を傾げ、なにかあったのかと尋ねます。

「知らないのか。国王一家が宮城の火事で死んだんだ」

「え? それではこの国はいまだれが?」

「いまは伯爵が国を治めている」

 やはり不幸な事故として扱われているのですね。わたくしは初めて聞きましたと偽り、王家に代わり国を統べる伯爵の素性を伺いました。しかし両替商は首を横に振るだけで期待していた答えを聞くことは出来ませんでした。

「平民の俺らにはだれが国を治めようが関係ねぇ。正直、国王一家の顔すら知らねぇ」

「そう……ですか」

「俺たちは領主の機嫌さえ――ん? なに暗い顔してんだ」

「い、いえ。ありがとうございます」

 あまり長居をすればこちらの身分を明かしかねません。礼を述べて店を出るわたくしは少し後悔しています。

(これが現実なのですね……)

 わたくしは“遺体”が見つかってないアリス様を少なからず心配していることを期待していました。ですが現実は酷と言うべきなのか、国民の大多数を占める平民にとって王家より身近な領主の機嫌が大事なのだと実感させられました。

「あ、エリィおかえり。どうだった。ちゃんと正規のレートで両替してくれた?」

「はい。これで当面の資金は問題ありません」

「そっか。なにかあった?」

「いえ。大丈夫ですよ」

「そう? なら良いけど」

 やはり顔に出ていましたか。どうやらすぐ顔に出す癖があるようですね。アリス様にお仕えするなら直さなければ。

「ひとまず、宿を探しましょう。両替商に聞いた話だと東側の通りに数件宿があるそうです」

「やった。今日はゆっくり寝られるね」

「はい。ただあまり上等な宿は用意できませんが」

「ベッドがあるだけで十分だよ。東側だよね。早く行こっ」

 わたくしの手を引くアリス様に王女の風格を感じることはなく、周囲からは仲の良い姉妹に見えているかもしれませんね。街に入ってからまだだれもアリス様のことに気付いた様子はありません。

(本当に顔を知る者はいないのですね)

 王都まで行けば違うかもしれませんが、少なくとも地方で暮らす庶民に国王御一家の顔を知る者はいないようです。いまの状況を考えればそれは必ずしも悪いとは言えません。この国でのアリス様は死んでいることになっているのですから、死んだはずの者が生きていると宿敵アルフォンヌ伯爵に知られると面倒なことになるのは間違いありません。

(このことはまだ黙っておいた方が良いですね)

 両替商から聞いた話をアリス様へお伝えする勇気はありません。然るべき時までと言えば聞こえは良いですが、出来ることなら知られることなく玉座に座って頂きたいと願う程です。

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