その④
「家柄の違い、なのかな」
「そうかもしれませんね。でも、楽しい思い出が無い訳ではないですよ。サミル様と出会えましたし、アリス様とも。私が思い描いていた未来とは違いますが、レーヴェン家の娘に生まれて良かったと思っています」
「そっか。それなら良いけど。ねぇ、エリィ? 私の昔話、聞いてくれる?」
ランプの火力を調節しながらアリス様はそう言うと、わたくしの横に腰を下ろしました。そしてクーゼウィンにいた頃、少しだけ話されたウィルという人物の話を始められました。
「彼は平民だったけど剣の才能を買われて騎士となり、近衛騎士に抜擢されて最後まで私を守ってくれた。すごく大切な人」
「アリス様、その方とは確か……」
「父上たちには内緒だったけどね。私からだったかな」
「アリス様から?」
「意外? でも立場上、ウィルは絶対自分から言わなかったと思う。だからっていうのもあるかな」
アリス様とこんな話をするとは思っていませんでした。もしかしたらサミル様との関係を打ち明けたわたくしへの埋め合わせなのかもしれません。仄かな明かりに照らされるアリス様は目を細め、ウィル様と過ごした日々を懐かしむように話を続けられます。
「結ばれぬ恋だと分かっていてもウィルと過ごす毎日はすごく楽しかったよ。王女としてではなく、一人のアリスリーリアとしてウィルは私を大切にしてくれた。エリィに似てるね」
「ワタシにですか」
「エリィも私を王女とか関係なく、一人の人間として接してくれてるでしょ? 似てるよ」
「それはそれで仕える身としてどうなのでしょうか」
アリス様がそう望まれるので気を使うことなく、敬意は示しつつ同世代の友人として接することを心掛けています。ウィル様も変に気を使うことなく接していたのでしょう。だからこそアリス様はそんな彼に惹かれたのだと、勝手ながらそう思いました。
「あの日も真っ先に私に部屋に来てくれて、安全な場所まで連れて行ってくれたんだ。さすが近衛騎士だよね。でも、出来れば私を見捨ててでも逃げて欲しかったな」
「っ⁉」
「ウィルはね、私が城の外まで逃げる時間を稼ぐのが役目だって一緒に城外まで来てはくれなかった」
「…………」
「あとは知ってるよね」
あの夜、アリス様は城の外で待っていた近衛騎士らと共に都を抜け、わたくしたちが通ってきた橋を使ってクーゼウィンに亡命されました。たった一人で。一人の護衛も付けずに橋を渡り、アルシアの街で自警団に保護されたのです。
「城から逃げ出す時にね、ウィルから言われたの『この国を導ける者はアリスだけ』だって」
「もしかして?」
「うん。どんなに時間が掛かってもフェリルゼトーヌに戻りたい理由はそれだよ。あんな顔で『この国の未来を託せるのはアリスしかいない』なんて言われたら是が非でも戻らなきゃ」
約束は守らなきゃと呟くアリス様の目はどこか悲しそうで、その理由を察したわたくしは掛ける言葉を見つけられず、静かにアリス様を見つめるのが精一杯でした。
「アハハ、ごめんね。なんかしんみりしちゃったね」
「アリス様。ワタシはそのウィルという方を存じ上げません。ですが、もしワタシがウィル様と同じ立場にいたなら、きっと同じことを言っていたと思います」
「……そっか。ありがと」
オイルランプの暖かくて柔らかい灯に照らされるアリス様は笑顔を見せてくれますがその瞳はとても悲しげでした。きっとウィル様のことを思い出されたのでしょう。その証拠と言うべきなのか、わたくしの肩に凭れ掛かるアリス様にいつもの無邪気さはありません。軽く触れただけで壊れてしまう繊細なガラス細工のようでした。
(アリス様、本当にウィル様のことがお好きだったのですね)
初めて見るアリス様の弱さにわたくしは少し安心しました。どんな時でもアリス様はネガティブなことは口にされず、常にプラス思考で過ごされてきました。だからこそ、こうして弱さを見せて頂けることが嬉しく、同時にもっとわたくしを頼って頂きたいと思いました。
「アリス様。ワタシにウィル様の代わりはきっと務まらないと思います。ですが――」
「エリィ?」
「側にいることは出来ます。アリス様のお陰でワタシの世界は変わりました。ワタシは未来をアリス様に託しました。だから――」
「――それは違うよ」
「アリス様?」
「未来って託すものじゃない。自分で作るものだよ。エリィの未来を決めるなんて私には荷が重すぎるよ。だからさ?」
わたくしの肩に凭れ掛かっていた頭を上げてこちらに向き直すアリス様は先程とは違う、正真正銘の笑顔で「一緒に作ろう」と言われました。
「一緒に作ろうよ。エリィの未来。もちろん私やフェリルゼトーヌの未来も。二人で」
「二人でって、ワタシはアリス様を御守りする騎士であって――」
「そんな固いことはナシだよ。エリィは真面目だなぁ」
「アリス様が子供っぽいだけです」
「私の方が年下だもん」
まったくこの人は。口答えするアリス様に王位継承者なのですよと、さらに苦言を呈したくなりますが今日ばかりは止めておきましょう。いまは主君に仕える騎士としてではなく、友人として側にいた方が良い。そんな気がいたしました。
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