その⑦
◇ ◇ ◇
父上が大逆の罪で捕らわれたその夜。わたくしは離宮の自室にいました。
本来であればわたくしも大逆罪で拘束され、調べを受ける身ですが陛下の御高配で離宮へ戻ることを許されました。もちろんアリス様も一緒に。わたくしへの処分は後日申し付けられる手はずとなっています。
「――これで良かったのでしょうか」
だれもいない部屋で一人、窓の外を見つめながら自問しても答えなど見つかりません。わたくしがこうして離宮に戻れたのはサミル様の御心遣いがあってのことです。当然ながらそこにはアリス様が陛下に口添えをしたことが大きく影響しているのです。アリス様の説得がなければわたくしはきっと牢の中に押し込められていたことでしょう。
「――アリス様。貴女はわたくしを庇うのですか」
口にしたと同時に新たな疑問が生まれました。アリス様と初めてお会いしてからまだ三月も経っていません。それにわたくしたちの関係性を強いて言うなら主従関係がしっくりくるでしょう。主に危害を加えようとしたなら死を持って償うのが当然の社会なのです。
「なぜ貴女はそこまでわたくしを守ってくださるのですか」
「エリィのことが好きだからだよ」
「ワタシのことが――ア、アリス様⁉」
思わぬ声に振り返るとそこにはニコッと笑うアリス様の姿がありました。本当にこの方はなぜこうも勘が優れているのでしょうか。いえ、それ以前になぜわたくしのベッドにダイブされるのですか。
「一緒に寝よ?」
「…………」
「エリィ?」
「この間、自分はノーマルとか言っていませんでしたか」
「べ、別にそういう意味で言ってるんじゃないよ!」
「フフフ。わかってますよ」
顔を真っ赤にして否定される姿に思わず笑みが漏れるわたくしは他人のベッドを我が物顔で使うアリス様の横に腰かけます。
「え、寝てくれないの」
「一緒に寝てほしいなら、もう少し端へ行ってください。あの、アリス様――」
「なに?」
「あの場でサミル様に口添えして頂きありがとうございました。本当に感謝しております」
「まだ無罪放免って訳じゃないよ。サミ君も言ってたでしょ」
「それでも言わせてください。わたくしは貴女に、アリス様に救われました」
貴女のお陰で自分の気持ちに素直になれました。父上の呪縛から解き放たれ、自分の意思で動くことが出来ました。それは紛れもなくアリス様のお陰なのです。そんな感情を汲み取ってくださったのかアリス様は静かに「そっか」と呟かれ、少しだけ身体をベッド中央からずらしてくださいました。
「これで寝れる?」
「仕方ありませんね」
「やったぁー」
無邪気に喜ぶ姿は幼子そのもの。その表情だけを見ると本当にわたくしより年上なのかと首を傾げたくなります。それにしても、本当に一緒にお休みになる気なのでしょうか。昨日は結局、自室へお戻りになられましたがこの様子だとそうはいかないみたいです。布団の中のアリス様はとても近く、密着――とまではいきませんが指先が触れ合う程度の距離感にあります。故に左横を見ればすぐそこにアリス様の顔があり、あまりに近さに顔が紅くなってしまいます。
「ちょっと顔近いんだけど」
「す、すみませんっ」
「なんて冗談。同じベッドなんだから当然だよね」
「…………」
「それでさ、一つ聞いて良い?」
ほんの数秒前までとは違い、声色に真剣さが伺えるアリス様に思わず身構えてしまいます。
「あ、ごめん。そんな緊張しなくて良いよ。ちょっとサミ君のことが聞きたかっただけだから」
「陛下のことですか」
「うん。エリィってサミ君の許嫁だったんだね」
本心を言えばこの話には触れたくありません。ですが、いずれ分かることです。わたくしは肯定する代わりに無言で天井を見つめ、いわゆる政略結婚ですと昔話を始めました。
「ワタシと陛下は世にいう幼馴染なんです。レーヴェン家は代々、王家に仕えている名門貴族。陛下の妃候補には申し分ない身分。父上と先代の王が勝手に取り決めたことです」
「勝手にって……まぁ、そうだよね。でも、それはきっかけに過ぎなかったんだよね」
「はい。陛下とは小さい頃から共に過ごす時間が多くありました。ですので最初は親同士の決めごとと思っていましたが、次第にサミル様のことをお慕いしている自分に気付くようになりました」
いつ? と聞かれれば答えに迷いますが、少なくとも陛下が即位された4年前にはもうこの想いはありました。
「――ですが、即位後の陛下は他人が変わったようでした。なんの準備もなく、急逝した先代の王に代わり即位されたのですから余裕がなかったのかもしれません」
「そっか。まぁ、それは仕方ないよね。私だっていざ『王になれ』って言われてもすぐには出来ないよ」
「ワタシもそう思いました。もしかしたら王としての威厳を保とうとしていたのではと、そう感じるんです」
「そうかもしれないね。サミ君ってそんな感じするよね。それでもエリィはサミ君を嫌いにはならなかったんだ」
「陛下から直接『婚約を破棄する』と言われるまではこの気持ちを変えるつもりはありませんし、ワタシはサミル様のことが好きですから。でも――」
「なに?」
「ワタシにはもう陛下の許嫁などと名乗る権利はないのでしょうね」
いまはまだ首の皮一つ繋がっていますが大逆を犯した身です。大罪人が陛下の妃になることなど天変地異が起きてもあり得ません。それを思うとなぜ父上の言葉を信じてしまったのだと悔いてしまいます。
「間違ってると思ってもなにも言えない。ワタシはきっと臆病者なのでしょうね」
「そんなことはないよ。エリィは臆病者なんかじゃない。私なんかよりずっとずっと勇敢だよ」
「アリス様?」
「これから先、もっと辛いことや悲しいことがあると思う。でもその分だけ嬉しいことや楽しいことが待ってる」
「アリス様……」
「だからいまは全部忘れてお休み。大丈夫。なにがあっても私はエリィに味方だから」
全てを失い不安で潰れそうでした。アリス様はそんなわたくしを優しく抱きしめてくださり、その温かさはなににも代えがたいものでした。
(――アリス様ってこんなに温かいのですね)
異国の、それも自身を殺そうとしていた人間になぜそこまで優しく触れることが出来るのか理解できません。けれどもそれがアリス様であり、だからこそわたくしはこの方を命に代えてでも御守りしようと誓うのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます