第4話

その①

 父上――レーヴェン公爵が大逆罪で捕らわれてから1週間。わたくしとアリス様は王城の一角にある広間にいました。

 謁見の間とは違い、陛下が私的に人と会う時に使う部屋にわたくしのような“罪人”は本来なら浮いた存在です。ですがいまこの部屋にいるのはわたくしを除けば陛下とアリス様だけ。おそらく人払いをされているのでしょう。侍従もいない3人だけの空間の陛下は依然と比べると幾分表情が柔らかくなったような気がします。

「エーリカ。よく来た」

「陛下からの御呼出しなら当然でございます」

「アリス殿下もご足労感謝いたします」

「お気になさらず。それでご用件とは?」

「エーリカへの処分のことです」

 やはりそうですか。覚悟はしていましたがいざその日を迎えると恐怖から体が震えます。いつもと違い、わたくしの後ろに控えるアリス様から「大丈夫だよ」と声がします。その言葉に背中を押されるようにサミル様を真っすぐ見つめ、己に下される処分の言い渡しを静かに待ちました。

「エーリカ。覚悟は良いな」

「はい。如何なる処分もお受けする覚悟です」

「そうか」

 わたくしの確固たる覚悟に陛下は寂しそうに視線を落とされました。ですがそれも束の間。すぐに顔を上げ、国王としての威厳を見せるように厳しい表情でわたくしを見つめました。

「エーリカ・ヒルデガルド・レーヴェン。此度のアリスリーリア王女殿下に対する暗殺未遂。決して見過ごすことは出来ない」

「……はい」

「フェリルゼトーヌとの間で築かれた関係が崩れ、戦へ発展する危険もある行為は大逆に等しい。それは結果として殿下が御無事で済んだいまも変わらぬ」

 犯した罪の大きさは言われなくとも理解しています。ですが立場的にも処分に対する理由付けが必要なのでしょう。わたくしの犯した罪の重大さを説く陛下は先に処分が下された父上についても言及されました。

「今回の問題の発端は公爵、コルネリオ・フロシュ・レーヴェンの行き過ぎた私欲追及が原因との報告を受けている。それを考慮すればおまえ一人に責を押し付けるのは些か酷だと考える」

「陛下、それは……」

「エーリカ・H・レーヴェン。騎士の身分を剥奪の上で国外追放とする。二度とこの国に足を踏み入れるな」

「…………陛下」

「私に出来る精一杯の情けだ。己の犯した罪の重さ、一生を掛けて償うのだ」

「陛下の……恩情に深く感謝いたします」

 予期せぬ結果にわたくしは涙がこぼれ、自然と陛下に対して跪きました。思ってもみませんでした。大逆に等しい罪を犯した罪人の命が救われるとはだれが思うでしょう。

「本来であれば死罪を申し付けるところだ。今回の処分はアリス殿下の懇願があってのこと。殿下に感謝するのだ」

「アリス様が?」

 思わず振り返りアリス様の顔を見ますが「知らないっ」とあからさまな嘘で誤魔化そうとしています。確かにあの件以来、離宮を抜け出す頻度は目に見えて増えていましたが城に行かれていたのですね。

「おまえを無罪にしないと金の輸出を止めるやら自分がこの国の王になるとか、とにかくうるさかった」

「アリス様……」

「だ、だって“被害者”が罪に問わないって言ってるんだよ。それなのに罰するなんて頭固すぎだよ」

「ア、アリス様っ!」

 陛下の前でなんてことを言ってるのですか! これでは別の意味で怒られてしまうではないですか。思わずサミル様の顔色を窺ってしまいますが、わたくしの心配をよそに陛下はなぜか笑っておられます。

「あの、陛下――?」

「殿下。良ければ席を外して頂けませんか」

「エリィをいじめない?」

「約束します」

 わたくしを心配するアリス様にニコッと微笑む陛下の姿に昔を思い出しました。陛下がまだ王子だったころに度々見せて下さったあの笑顔です。

「アリス様。ワタシからもお願いします」

「ま、まぁ。エリィがそう言うなら。ヤなことされたらすぐ呼んでね」

「はい。ありがとうございます」

 普段と完全に立場が逆になってしまいましたが、アリス様は渋々とわたくしの願いに応えて下さります。アリス様は先に離宮に戻ると言い残して部屋を出られますが、その直後、残されたわたくしは急に居心地が悪くなり陛下から視線を逸らしてしまいました。

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