第3話

その①

 市場の件から数日後。わたくしは登城を命じられ、従者を連れて王城へ参上しました。しかし、登城を命じられたにも拘らずサミル様との謁見は叶わず、代わりにわたくしを迎えたの自身の執務室で待つ父上でした。なるほど。そう言うことなのですね。

「――先日、市場で酒に酔った男数人と争った騎士がいるそうだ」

「……はい」

「聞くところによればその騎士は女。それも金髪翠眼の女を連れていたそうだ」

「…………」

 いったいどこで耳にしたのでしょう。父上が言う女騎士は間違いなくわたくしで金髪翠眼の女とはアリス様のことです。

「おまえはなにを考えているのだ!」

「っ!」

「おまえは自分の役目を分かっているのか!」

 手に持っていた書類を執務机に叩き付ける父上になにも言えず、下を向くわたくしはこれ以上父上の怒りが増さないことを祈りました。

「エーリカ。おまえは陛下の命をなんだと思っている」

「……申し訳ありません」

「そんな上っ面の謝罪はどうでも良い! いつになったら陛下の御命令を遂行するのだ!」

「お、お言葉ですがっ――」

「ん?」

「わたくしは陛下のお考えには反対です」

 なぜ反論しようとするのでしょう。普段なら逆鱗に触れぬよう、ただ黙ってお叱りを受けるだけなのに今日は黙っていることを自分自身が許しませんでした。

「わたくしはアリス様が国の脅威になるとは思いません!」

「なっ⁉」

「なぜアリス様を殺さなくてはならないのですか。本当にサミル様の御命令なのですか⁉」

「言葉を慎め! エーリカ!」

 語気がさらに強くなる父上は立ち上がり、執務机を廻り込むようにわたくしの眼前まで来ました。そして――


 ――――っ⁉


 父上の右手がわたくしの左頬を強く打ち、わたくしはその衝撃と痛みでよろけてしまいます。これまでも何度も叩かれ、時には殴られました。慣れているはずなのにその痛みにショックを受けました。それでもいまは怯むことなく父上に自分の考えを訴えなければなりません。

「わ、わたくしはサミル様から直接ご命令を聞いておりません!」

「宰相の言葉は陛下の命と思え。そう教えたはずだ。それを忘れたのかっ」

「このご命令だけは陛下から直接聞きたいのですっ。本当に陛下のご意思なのか確かめたいのです!」

「おまえはレーヴェン家の娘として陛下の命に従えば良いのだ。それがなぜわからぬのだっ」

「――っ!」

 父上の右手が再びわたくしの頬を打ちました。それも左右2度ずつ。痛みで涙が出てきますがその程度のことで父上の手が緩むことはありません。むしろ睨みつけるような視線を向けるわたくしに不満を持っているようでした。

「なぜそのような目をする! 自分の愚かさがまだわからないのかっ」

「わかりません! わたくしにはなにが――きゃっ」

 言葉を遮るように父上の右手がわたくしの頬をこれまで以上に強く打ち、その勢いでわたくしは倒れ込みました。しかし父上はそんなわたくしを助けようとはせず、哀れな目を向け「情けない」と口にするのでした。

「そのくらいの程度で倒れるとはな」

「…………」

「あの女はクーゼウィンにとってただの脅威でしかない。一刻も早く始末するに越したことはないのだ」

「アリス様は脅威などではありませんっ。それは近くにいるわたくしが――ぐはっ」

 「戯けっ! 娘だからと手加減していたが気遣いは要らぬようだな!」

 「ぐはっ……!」

 容赦ない腹部への蹴りに吐き気を催すわたくしは立ち上がることすら出来ません。そんなわたくしを父上は嘲笑うかのよう「情けない」と言うのでした。

「騎士と言ってもやはり女。おまえのような人間がレーヴェン家に次期当主、ひいてはサミル陛下の妃になるのだと思うと先が思いやられる」

「……陛下は関係ありません」

「エーリカ――」

「――っ」

「もう一度だけ言う。王女を殺せ。これは陛下のご意思だ。臣下の娘としてやるべきことなのだ」

 床に横たわるわたくしの髪を掴み、感情を押し殺すように冷たく言い放つ父上はそのまま執務室を出て行きました。残されたわたくしは痛みから立ち上がれず、なにも出来ない悔しさから涙がこぼれました。

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