その③

 ――離してっ!

 

 「アリス様!」

 温かい飲み物は売っていないかと周囲を見渡した時でした。アリス様の叫び声が聞こえ、声のする方を見ればアリス様が数人の男に囲まれているではないですか!

「アリス様っ!」

 わたくしは迷うことなく腰に下げた細剣に手を伸ばし、いつでも抜ける状態でアリス様のもとに駆け寄りました。

「アリス様! お怪我は⁉」

「エリィ!」

「アリス様から離れなさいっ」

 アリス様を男たちから引き離し、彼らと対峙するわたくしは迷うことなく剣を抜き、その切っ先を不届き者たちに向け警告を発します。

「貴方たち! この方をどなたと思っているのですかっ」

 剣を向けられたことで男たちは怯みました。明らかに酒臭い。休日ですし仲間内で酒を飲んだのは良いが飲み過ぎたと言ったところでしょうか。だとしてもアリス様にこんな思いをさせた輩を許す訳にはいきません。

「この方はクーゼウィン王サミル様の客人です。不埒なことをするなら陛下への背信と思いなさい!」

「エリィ! 剣を下げてっ。その人たち酔ってるだけだよ!」

「なりません! アリス様を傷付ける者は何人であろうと許す訳にはいきません!」

 わたくしはなにを言ってるのでしょう。いつかは殺さなければならない人をなぜこうまでして守ろうとしているのでしょう。相反していることは重々承知していますが、いまのわたくしはただアリス様の騎士としてこの方を守るだけです。

「アリス様を泣かせた罪――その身で償いなさい!」

 グリップを握り直し、攻撃の姿勢を取るわたくしに男たちは酔いが醒めたように顔を引き攣らせ後ずさりします。残念ですが、後悔するには少々遅かったみたいですね。周囲を囲む野次馬もざわつき、だれかが兵を呼べと言っていますが関係ありません。この不届き者たちはわたくしが処断しなければ。

「覚悟は良いですね」

 大丈夫。なにも殺そうとは思っていません。多少痛い思いをしてもらうだけです。わたくしは急所を外すように狙いを定め、剣先を不届き者の一人に向けました。その時です。

「エリィだめっ!」

「アリス様⁉」

「剣を下げて。お願い」

 わたくしの腰にしがみ付くようにしてアリス様が懇願してきました。その悲しげな表情にわたくしはハッと我に返り、剣を握る力が緩みました。

「……アリス様」

「私は大丈夫だから。許してあげて」

「……わかりました」

 個人的には許すことが出来ない。ですがアリス様がそう仰るのならわたくしはそれに従うだけです。わたくしは泥酔者に向けた剣を鞘に戻し、代わりに彼らを叱りました。

「アリス様の御言葉に免じ、今日はこれ以上咎めることはしません。二度とアリス様の前に現れないと誓えますか」

 脅すように剣を抜く動作を見せるわたくしに血相を変える男らは二度と近づかないと誓い、逃げるようにこの場から立ち去りました。休日の買い物を楽しむ群衆の中に消えゆく男組の姿にわたくしは警戒を解き、アリス様の方を振り返りました。

「――アリス様」

「エリィ……」

「申し訳ありませんでした。私が傍を離れてしまったがゆえにアリス様を危険な目に遭わせてしまいました」

 アリス様を前に深々と頭を下げるわたくしは護衛失格です。どうして一人にしてしまったのでしょう。わたくしが一緒にいながらアリス様を危険な目に遭わせるなんて。

「わたくしは騎士失格です。どうかご処分を」

「謝らないでよ。私のせいで剣を抜かせちゃったね」

「…………」

「ごめんね」

 なぜ謝るのですか。アリス様はなにも悪くないのになぜ謝るのですか。どうしてわたくしを責めないのですか。責められて当然のことをしてしまったのになぜ責めようとしないのですか。

「……アリス様はお優し過ぎです」

「そんなことないよ。エリィ。約束してくれる? もう二度と私の前で剣を抜かないで」

「――はい。お誓い申し上げます」

 本当にアリス様は優し過ぎます。失態を咎めることなく、二度と剣を抜くなと言うだけで済まされるのです。わたくしはその言葉にやはり自分にはこの方を殺すことは出来ないと思うのでした。

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