その②

              ◇ ◇ ◇

 クーゼウィン城の西側に広がる旧市街と呼ばれるエリアの北端に市場はあります。

 国で一番の規模を誇るその市場では食料品はもちろんのこと、衣類や金物に宝飾品の類までなんでもそろっています。アリス様は目に入る全ての店に興味を示されています。

「ねぇ、あの店は?」

「金細工の店ですね。使っている金はフェリルゼトーヌで採掘されたものですよ」

「へぇー。ね、あっちは?」

「焼き菓子の露店ですね」

 食料品を売る店の中には店舗を構えず、露店形式で営業している店もあります。青果やパンを売る露店が大半ですが、中には軽食や菓子などすぐに飲食出来る物を売っている店もあります。

「ワタシもこうやって市場に来るのは初めてですが、やはり賑わっていますね」

「そうだね。なんかこういう光景見ると平和だなって思うな」

「フェリルゼトーヌにはこのような市場は無いのですか?」

「あるよ。でもなんか平和だなって」

 行き交う人日をどこか羨ましそうに見つめるアリス様はきっと祖国を想っておられるのでしょう。

「それにしてもさ?」

「なんですか?」

「休日なんだし、別に帯剣しなくても良くない?」

「ワタシはアリス様の護衛騎士です。お傍にいる限り休日とか関係ありません。なにか買いますか?」

「良いの?」

「そろそろお昼ですし、なにか食べたいものはありますか」

「やった。私ね、あのお店が良いな」

「わかりました。買ってきますのでアリス様はここでお待ちください。良いですね? 絶対! 動かないでくださいねっ」

「ちょ、ちょっと。そんな強く言わなくても良いでしょ」

 普段の言動を見ていれば強くも言いたくなります。と、言いたいところをわたくしはぐっと堪え、アリス様をその場に残して一人昼食を買いにパンを売る露店に向かいました。考えてみれば王女様を一人にするなど危険極まりない行為ですが、アリス様のことを友人と認識しているのかもしれません。

「――すみません。その細長いものと……この丸いものを頂けますか?」

「あいよ……って。あんた、もしかして公爵家の――」

「はい。レーヴェン家の娘でエーリカと申します。本日は所用で市場まで来ております」

「も、申し訳ございませんでした! まさかレーヴェン家の御令嬢が市場に来られると思ってもおりませんで、どうかご容赦をっ」

「い、いえ……」

 わたくしが公爵令嬢と知った瞬間、店の主人の態度が変わりました。多少は驚くと思っていましたが、あまりの変容ぶりに戸惑いを隠せません。改めて公爵令嬢と言う肩書の凄さを実感しました。

「わたくしこそ驚かせて申し訳ありません。それでお代はいくらですか」

「滅相もない! エーリカ様から頂く訳には参りません!」

「そうですか。では――い、いえ!」

 危うく品物を受け取るところでした。代金は要らないと言う主人の言葉に上手く載せられ、レーヴェン家の名に恥をかかせるところでした。

「今日は私用で来ています。お代はきちんとお支払いいたします」

「それではうちが困ります! 宰相閣下の御令嬢から金を受け取るなどできません」

「それでもお支払いします。貴族令嬢だからと特別扱いされるのは嫌いなので」

「し、しかし……わかりました。そこまで言われるのなら……二つで7クルスになります」

 わたくしが語気を強めたからでしょうか。店の主人はようやく品代を口にし、わたくしはその額ちょうどを支払いました。貴族の娘というだけでここまで買い物に苦労するとは思ってもいませんでした。

「――7クルスですね」

「確かに頂きました。すみません。エーリカ様から代金を頂くなんて」

「とんでもありません。わたくしこそ、押し付けるようなことをしてしまって」

 代金と引き換えに紙袋に入ったパンを受け取るわたくしは店主に軽く会釈をしてアリス様のもとに向かいます。そういえば、パンを食べるならなにか飲み物も必要な気がしますが、どこかに売っている店はないでしょうか?

「今日は少し冷えますし、温かいものが――」

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