第2話
その①
――アリス様!
今朝もわたくしはまだお目覚めになられない異国の王女様の為に声を荒げます。この間は自分で起きて身支度までされたと言うに、たった一日で元に戻るとはさすがに思っていませんでした。
「アリス様! いい加減起きてください!」
最近は朝だけですがアリス様のお部屋へ入る際のノックをせず、ドアも勢い良く開けることが多くなってきました。
「アリス様っ。そろそろ起きてください! 今日は市街へお出かけになるのでしょう!」
「……あと」
「五分も半日も認めませんっ。早く――」
「……一日」
「…………」
この間より伸びてるじゃないですか。これはもう、朝から大声を上げるのは止めた方が自身の為にも良さそうですね。それに、よく考えれば……
(――いまなら簡単に殺せますよね)
わたくしの本来の任務はアリス様を殺害すること。決して護衛騎士ではありません。これまで数度、その御命を狙いましたが傷一つ付けることが出来ずにただ、表向きの顔である護衛騎士としてアリス様にお仕えしているのです。
(剣はありませんが、いまならこの手で――)
無防備な寝姿を見ていると簡単に絞殺出来るのではアリス様の首元に自然と手が伸びます。考えてみれば毎朝、剣を使わずとも殺める機会があったではないですか。
(このまま首を絞めれば綺麗な身体のまま……)
首元には絞めた跡が残るかもしれませんが、血で御身体を汚すことはありません。殺そうとする相手に情けを掛けるなど、滑稽に見えるかもしれませんがいまのわたくしにはそれが唯一の償いに思えたのです。
(アリス様――)
女のわたくしに絞殺が出来る程の力があるのか分かりません。けれどやると決めた以上はアリス様のお命を頂戴しなければサミル様に示しがつきません。
(――どうかお許しを!)
握力がどうとかサミル様への忠誠心とかこの際、どうでも良いことです。ただ、自分に課せられた使命を果たすためにアリス様を手に掛けようとしたその時です。
――ナニやってんの?
「キスで起こしてなんて言った覚えないけど?」
「あ、あのっ。これは……」
「私、一応ノーマルなんだけど?」
「こ、これはそういう意味ではなくて――」
あと少しのところでお目覚めになったアリス様は眼前に迫るわたくしの顔を見るや否やジト目で抗議の意思を示されました。
「エリィさぁ、そーいうのはせめて私が起きてる時にしてよ。寝込みは卑怯だよ」
「ですからこれは……いつから起きてたんですか」
「さすがに『あと1日』は冗談だって。で、今日はなんでそんなに積極的な訳?」
ニヤッと悪戯っぽい笑みを見せるアリス様を前に普段なら怒る程度で済みますが、今日のわたくしは本当に殺意が芽生えそうです。
「ちょっ、顔怖いって。明日からはちゃんと起きるから」
「――――」
「エ、エリィがどうしてもって言うならキスまでならオーケーだよ。だから、ね? ほら深呼吸して落ち着こう?」
怯えたように枕を抱きしめるアリス様はわたくしが怒ってると思っているようです。それは別に構いませんが、いまのわたくしはそんなに怖い顔をしているのでしょうか。
「アリス様。ワタシは別に怒ってなどいません。が、お戯れは程々にして頂きたいですね」
「やっぱ怒ってるじゃん」
「だれのせいですか。とにかく、今日は市街に行くのですから早く準備なさってください」
クーゼウィンの市場を見てみたいと言われたのは昨夜のこと。いつものように“お忍び”で行かれるよりだいぶマシですが、それでも準備する側は大変なのです。
(まずはお一人になる時間を作らぬようにしなければ)
アリス様のことです。目を離せば勝手にどこかへ行かれるのは間違いありません。護衛に就けるのはわたくし一人ですから決して目を離さないようにしなければ。
「あ、あのさエリィ?」
「なんですか」
「着替えるから出て行ってくれると嬉しんだけど」
恥ずかしそうに上目遣いをなさるアリス様に思わず「あっ」と声が出てしまいました。いえ、決してそのような疚しい思いがあった訳ではなく、純粋にそんな表情もされるのだと言う意外性から出た言葉です。
「ちょっとぉー、なんか目がいやらしいよ」
「そ、そんなことありません! 外に出てますので早く準備なさってください!」
「エリィ?」
「なんですか」
「私、エリィのこと好きだよ?」
「なっ⁉」
この方はほんとなにを考えていらっしゃるのでしょうか。冗談にもほどがある、と以前なら憤慨していたでしょう。ですが最近はそんなアリス様のお戯れが楽しくもあります。もちろん言うべきことは言わせて頂きますが。
「お戯れも程々にしないと今日の外出は不許可にしますよ」
「す、好きなのはほんとだって」
「わかっていますよ。それでは早く支度をなさってくださいね」
外出を許可しないと言われ慌てるアリス様にそれを打ち消すような微笑みを返し、わたくしはお部屋を後にします。あの様子だと10分も経たぬうちに支度を終えて出てくることでしょう。まぁ、王女様とは思えぬ速さで支度を終える点は目を瞑りましょう。それはそうと――
(――今回も無理でしたね)
手法を変え、寝込みを襲って絞殺しようとしましたが結果は変わらず。今回もアリス様の御命を貰うことは出来ませんでした。
いえ、わたくしは本当にあの方を殺そうと思っているのでしょうか。そもそもなぜサミル様はアリス様の御命を狙っているのでしょうか。
(アリス様は本当にクーゼウィンにとって脅威なのでしょうか)
アリス様の御傍に仕えれば仕えるほど深まる疑問の答えを導き出すことなどできず、わたくしはただ茫然とアリス様がお部屋から出てくるのをお待ちするのでした。
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