その⑧

                ◇ ◇ ◇

「――アリス様」

「なに?」

「どういうつもりでなさったのか分かりませんが、あのような態度は二度としないでください」

「なんのこと?」

「陛下の前で跪いたことです!」

 離宮へ戻る馬車の中でつい声を大にしてしまうわたくしとは裏腹に、アリス様は「アレね」と悪びれるご様子はありません。

 国は違っても王族であるアリス様は陛下とは対等な身分にあります。アリス様が行った行為はサミル様に対し「フェリルゼトーヌはクーゼウィンの属領です」と言ったも同然。一国の王女が軽々しくする行為ではないのです。

「一歩間違えればご自身の手で祖国を売るところだったのですよ! もう少し自重なさってくださいっ」

「エリィって変わってるね」

「急になにを仰るのですか」

「クーゼウィンの騎士なのに他国の心配をするんだもん。それこそ“反逆だー”とか“逆心だー”って言われても仕方ないよ?」

「そ、それは……」

 痛いところを突かれてしまいました。わたくしはこの方を殺すよう命を受けているのになにも出来ずにいます。それどころか陛下の前での立振る舞いに苦言を呈しているのです。王命に反しているも等しい状態なのです。それでも目の前に座っている異国の王女殿下を諭すのは、きっとこのお方を心からお慕いしているからなのでしょう。

「あのご様子だとサミル様も変な邪推はなさっていないようですが、ご自分も立場を弁えて慎みある言動をしてください」

「わかってるって。それでさ?」

「なんですか」

「レーヴェン公爵のアレ、なんなの?」

 攻守交代と言わんばかりにアリス様の視線は厳しく、執務室での父上の言動について説明を求められます。その表情はわたくしを律しようとしているようにも感じ、思わず言い淀んでしまう程でした。

「私は別に気しないけどさ、王族に向ける視線じゃないよね」

「父上はその……」

「たしかに私は居候の身だし、政変のせいで迷惑掛けているのもわかってるけど、あんなにあからさまな態度取らなくて良いよね」

「申し訳ありません。父上にはワタシから――」

 父上にいったいなにを進言できると言うのでしょう。なにも出来ずにむしろアリス様の件で咎められるのが関の山でしょう。

「父上にはワタシからそれとなく言っておきますので。今回のことは大目に見て頂けると――」

「なんか勘違いしてない?」

「え?」

「私は別に怒ってないよ。ただ他所の国の王族にあんな態度取るなら宰相は務まらないなぁって思っただけ」

 わたくしは感情が顔に出やすいのでしょうか。きっと父上から怒られている時と同じ顔をしていたのでしょう。アリス様は幼子を諭すような優しくて温かい視線をわたくしに向けられます。

「ちょっと言い方がきつかったかな。ごめんね」

「い、いえ。そのようなことは――」

「いまの私はこの国にとってはただのお荷物。それは理解しているつもりだよ」

「そんな。お荷物だなんて」

「エリィはそう思ってなくても、全員がそう思ってるとは限らないよ」

「それは……」

「だから公爵の言いたいことは理解できるし、だからこそ責めるつもりはない。ただそれだけだよ」

 責めるつもりはない、そう言われるアリス様は窓の外に視線を向けられます。わたくしたちが乗った馬車は城下の街を過ぎ、放牧地を貫く一本道を離宮がある王家の保養地へと向かっています。道の左右に広がる放牧地は昼間なら牛たちが草を食んでいるのでしょうが既に日は暮れ始め、離宮に着く頃にはすっかり日も落ちていることでしょう。

「今日はこのまま夕食を取られますか?」

「そうだね。離宮のみんなには悪いことしちゃったね。こんなに時間掛かるとは思ってなかったよ」

「離宮の者はアリス様のお帰りをお待ちしております。迷惑などと思っていませんよ」

 アリス様はお優しいのですね。要らぬ仕事が増える侍女たちのことを気遣い、迷惑を掛けているのではと心配されるなんて。

「――アリス様」

「なに?」

「ワタシはアリス様にお仕え出来て光栄です」

「ありがと。私もエリィみたいな騎士に守られて頼もしいよ」

「ありがとうございます。アリス様」

「まぁ、たまに怖いけどね」

 それはアリス様がしっかりされないからです。思わず口に出てしまいそうでしたが、そんなことを言えばまたアリス様が噛みついてこられるので黙っておきましょう。

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