その⑦

                  ◇ ◇ ◇


「――それで用件とはなんですか」

 執務室のサミル様はいかにも不機嫌そうでした。おそらく臣下との会議が上手くいかなかったのでしょう。わたくしと同い年の陛下から見て臣下はみな年上。それも父と子以上の歳差がある臣下を相手にするのです。気苦労が絶えず彼らと意見が噛み合わないのも仕方ありません。

 執務室にはサミル様とアリス様の他はわたくし、それから宰相でわたくしの父であるレーヴェン公爵の四人。父上はサミル様の傍に立ち、わたくしはアリス様のやや後方から三人の様子を覗っています。

「アリスリーリア殿下。私になにか御用でも?」

「まだきちんとお礼を申し上げていませんでしたので」

「礼?」

「この度は私、アリスリーリア・ビュートル・フェリルゼトーヌを受け入れて下さり誠に有難うございます。また、わが国の政変で要らぬ迷惑を掛けてしまったこと、亡き王に代わりお詫び申し上げます」

 普段のアリス様では考えられない言い回しにわたくしは驚きました。離宮では陛下を「サミ君」と呼ばれていますし、その呼び方だけしなければ良いと思ってましたがその心配は不要だったようです。

「クーゼウィンへ逃げることが出来なければ今頃私は殺されていたかもしれません。本当に感謝申し上げます」

「フェリルゼトーヌとは良き隣国同士。手助けをするのは当然のこと。礼など不要です」

「ありがとうございます」

「殿下。一つ、よろしいですか」

「なんでしょう」

「貴国の政変はわが国にとっても憂慮すべき事態であることに違いはありません。王女殿下の意見を伺いたいのですが」

 なるほど。サミル様が急な申し出を受け入れて下さったのはこのためでしたか。政変の当事者であるアリス様から直接話を伺いたい、おそらくは臣下との会議の場でなにか具申があったのでしょう。

「殿下として、今回の変乱についてなにか考えがあればお聞きしたい」

「私が言えることはただ一つ。この変乱を認める訳には参りません」

 力強く断言し、決意表明とさえ感じるアリス様の言葉に陛下は表情を変えることなく、ただ静かに耳を傾けています。その一方で陛下の背後でその様子を見守る父上は眉間にしわを寄せ不快感を露にしています。アリス様はそのことに気付いておられるようですが特に触れることなく、さらにご自身のお考えを述べられます。

「此度の政変は貴族主義を掲げる保守派が起こしたものであり、国民主義の政治へ舵を取ろうとした前王に対する謀反と考えます」

「殿下は首謀者を処断し、国を王家の手に取り戻したいと?」

「平たく言えばそうです。ですが、私はどのような理由であれこれ以上血を見たくありません」

 国を取り戻すために戦をしようとは思ってないと明言されるアリス様の言葉にサミル様の表情が幾分柔らかくなりました。そのご様子から察するにおそらく、このままフェリルゼトーヌが内戦状態に陥るのではと危惧をされていた――いえ、このままでは内戦状態になると臣下から耳打ちされていたのでしょう。

「陛下。私はフェリルゼトーヌ唯一の王位継承者です。いずれは国へ帰り、荒れてしまった国を立て直さなければなりません。それには準備が必要です」

「準備? 具体的には?」

「まだわかりません。ですが、その時に為に――」

「ん?」

「――いま暫くクーゼウィンへの滞在をお許し頂きたく存じます」

「ア、アリス様!」

 王女でありながら跪き、陛下に向けて頭を下げるアリス様に思わずわたくしは声を上げてしまいました。それは陛下も同じらしく、片膝をつき頭を下げるアリス様に声を失っています。アリス様の行為は臣従礼に当たり、サミル様へ忠誠を誓ってるも同然。一国の王女がするべき行為ではありませんが父上は動揺することなく、サミル様の背後でふんと鼻を鳴らしてアリス様へ声を掛けました。

「アリスリーリア王女殿下」

「なんでしょうか。レーヴェン公爵」

「貴国とは昔から密接な関係にありました。それゆえに殿下を保護したところです」

「存じ上げております」

「フェリルゼトーヌには金鉱脈があり、わが国はその恩恵に預かっております。ですが――」

「?」

「今回の変乱で金の輸入が激減し、わが国の経済に影響が出始めております。さらに言えば変乱の渦が国内に飛び火することを危惧しております。その点は十分ご留意を」

 父上の言葉にはやはり棘がありました。遠回しに早く出て行けと言わんばかりに不敵な笑みをアリス様へ向けています。しかしながらアリス様は顔色一つ変えずに「肝に銘じておきます」と当たり障りない回答で父上の嫌がらせをかわします。さすがと言えばそれまでですが、アリス様の王族としての一面を垣間見た瞬間でした。

「――アリス様。そろそろお時間が」

「え? もうそんな時間なの」

「はい。陛下もこのあと御公務がありますのので」

 立ち上がるアリス様に馬車を待たせていると告げ、陛下へ挨拶を促しますがそれをサミル様は断ろうとします。

「堅苦しい挨拶は不要です。アリス殿下。ここに滞在されている限り、その御身はこの私が保証します」

「お心遣い感謝いたします」

「それから、今後は前もってご連絡下さるようお願いします」

「あ、うん。ごめんなさい」

「エーリカ。殿下をよろしく頼む」

「は、はい。かしこまりました」

 陛下の柔らかい口調に戸惑いつつ、わたくしは恭しく礼をしてアリス様と共に執務室をあとにしました。

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