その⑥
◇ ◇ ◇
翌朝。いつものように身支度を整え、アリス様のお部屋へ向かうわたくしは眼前の光景に目を疑いました。あまりの異様さに己の頬を抓ってしまうくらいには稀有なことが起きていました。
「……アリス様?」
「おはよ。エリィ」
「おはよう……ございます」
なにが起きたらこんな事態になるのでしょうか。アリス様が自らお目覚めになり、きちんと身なりも整えられているなど天変地異の前触れなのでしょうか。
「ねぇ、いまものすごく失礼なこと思ったでしょ」
「も、申し訳ありません。アリス様がご自分で起きられるなんて思ってもみなかったので」
「わ、私だって城ではちゃんとしてたんだからねっ」
ならば
「エリィが言ったんでしょ。たまには自分で起きろって」
「確かに申しましたが……」
朝から声を荒げなくて済む安心感。それと同時に役目を奪われた気がしたわたくしは複雑な感情を抱きました。
「エリィ?」
「す、すみません。朝食を頂きに食堂へ行きましょうか」
「エリィって食いしん坊だよね」
「別にそんなことはありません! たまたまですっ」
プイっと顔を背けるわたくしに「主に取る態度じゃない」とアリス様は不満を露にします。ですがアリス様。いまはこうしてアリス様にお仕えしていますが、わたくしの主君はサミル陛下です。そのことはお忘れなく。
「そうだ。エリィ」
「なんでしょうか」
「朝ごはん食べたらサミ君のところ行っても良いかな?」
「陛下のところですか。それならわたくしも……え?」
いま、サミル様にお会いしたいと仰いましたか。今日は臣下とフェリルゼトーヌで起きた政変の件で会議を開かれると聞いていますが、もしかしてアリス様も招聘されているのですか。
「アリス様も陛下に呼ばれていたのですか」
「なんのこと?」
「サミル様は本日、フェリルゼトーヌの件で臣下と会議を開かれます」
「そうなの⁉」
やはりなにも知らず、ただ思い付きで言われたのですね。陛下の予定を知らなかったアリス様は自分も参加したいと言い出し、わたくしはさらに頭を抱えてしまいます。
アリス様が言いたいことは理解できます。アリス様は政変の当事者であり被害者なのですから。ですが、これはクーゼウィンの内政に関わること。アリス様が関わる訳にはいきません。
「陛下は会議の後、昼食会を開かれるそうです。そのあとで良いなら謁見できるように話をいたします」
「良いの⁉」
「ダメと言ったところで城に無断侵入されては困りますので」
さすがに城の中に入ったりはしないと異を唱えるアリス様ですが、そう思われても仕方ない振舞いをなさっている自覚はあるのでしょうか。
「サミル様の御予定次第ですが昼過ぎには登城出来るように、今日はどこへも行かないでくださいね」
「なんかそれ、私がいつも抜け出しているみたいじゃない?」
「抜け出しているじゃないですか。とにかく、今日は離宮の中でお過ごしください」
まったく。アリス様はほんと自由なのだから。お仕えしている身にもなって欲しいものですが、それを望んだところで叶う訳がないので今日もアリス様の自由奔放な性格にお付き合いしましょう。
「ねぇ、いまちょっと失礼なこと思ったでしょ」
「アリス様は自由奔放で良いなと思っただけです」
「これでもフェリルゼトーヌの王女なんだけど⁉」
「王女殿下ならもう少し落ち着き、言動に慎みを持たれてください」
自重しろと言ったところでアリス様がその通りにするとは思いませんが、それでも苦言を呈するわたくしは護衛騎士と言うより教育係の方が向いているのかもしれません。とにかく、アリス様が陛下にお会いしたいと言うのであれば朝食後すぐに城へ使者を出さねば。急な申し出にサミル様がどうお答えするか分かりませんが。
「アリス様。次からは前日までに言ってくださいね」
「わかった。そうするよ」
本当に解っていらっしゃるのか不安になるのはいつものこと。ですが、少し小言を申しただけなのにご自分で起きられたところを察すると本当は真面目な方――いえ、国を追われたにもかかわらず、王位継承者としてどう国を導くべきか思案されていた昨夜のあのお姿が本物なのでしょう。
(アリス様は本当にお強いですね)
だれかの駒にしかなれないわたくしとは大違いです。数メートル先を歩くアリス様の後ろ姿にわたくしはいつになれば追いつけるのでしょうか。
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