至高のささくれを求めて
ノート
至高のささくれを求めて
「出会ったときから好きでした!付き合ってください」
「ごめんなさい、無理です」
その日、1人の少年の恋が終わった。
1秒で。
少年——中林コウジが二階堂ユリと初めて出会ったのは、中学校の入学式だった。
頭髪を犠牲に伸ばしたのだろう、立派な髭と禿頭の校長の話につい意識を手放しそうになった瞬間、コウジは隣の少女になんとなしに視線を向けた。
黒い少女だった。漆の様に艶やかな黒髪、幼さを残しつつどこか陰のある目。黒地のセーラー服が似合う彼女のイメージカラーは、間違いなく黒一択だろう。だが肩口まで伸びた黒髪越しに見える頬ははっとするほど白く、余計彼女の“黒”を引き立てていた。
名札には二階堂ユリと名前が刻まれている。
そんな美少女が自分の隣に着席していたことに、コウジは今更気づいた。
ユリも校長の話には興味が無さそうで、自分の指に出来たささくれを弄りながら時間が過ぎるのを待っているようだ。
未だ小学生気分のコウジにとって、それは初めての体験——一目惚れだった。
その衝撃に戸惑いながらもコウジは生まれて初めての告白をし、玉砕されたのだ。
——
入学式の最中に校長の話を中断して告白劇を行ったことで校長室でしこたま怒られた帰り、コウジは何故少女が自分の告白にOKしてくれなかったかを考えていた。
入学式の最中に告白したから?
それは間違いなくあるだろう。コウジ本人も時と場所を選ぶべきだったと反省している。恐らくこの地球上でTPOという単語の意味を、自分以上に理解している人間はいないだろう。
だが時と場所を選べば必ずOKをもらえたかと言えば、そうではない。
ユリに好きになって貰える長所が、コウジには無いのだ。
自分はユリの容姿を好きになった。だがどうだ、自分にユリに好かれるような要素などあるだろうか。
生まれてこの方風邪をひいたことが無い事?それともこれと決めれば夢中で打ち込む根気?
どちらもパッとしない気がする。
何か新しい長所を生やすべきだろう。
例えば……コウジは思い返した。初めて出会ったときのユリの姿。憂えを湛えた瞳で自分の指先を見つめ、ささくれを弄っている視線。
そうだ、ユリはささくれが好きなんだ。
その日からコウジの至高のささくれ作りが始まった。
——
ささくれ職人コウジの朝は早い。
帰宅部だというのに日の出前には既に起床し、日課の指立伏せを始める。
腕立伏せは掌をべったりと床につけて肘を曲げ身体を落とすが、指立伏せは両手の五指をピンと立てて行う。
回数を重ねるにつれ、身体を支える指の本数を減らす。
まず小指を畳み、続いて薬指、中指、人差し指。親指1本での指立伏せが終われば、次に人差し指、中指、薬指、小指でそれぞれ1本指立伏せを行う。
ささくれ職人として目覚めたコウジが始めたのは、自らの指を鍛えに鍛えることだった。
健全な精神が健全な肉体に宿るよう、健全なささくれは健全な指にしか宿らないもの。
彼は自分の指を鍛えることで至高のささくれを目指していた。
指立伏せの次は貫手の稽古だ。
コウジは自分の部屋の中央に置かれた壺に向かい、手刀を壺の中に差し込む。
中になみなみと入った砂は、壺の台座にセットされたコンロにより常に触れたもの皆燃やすほどの高温に保たれている。
その熱砂に、コウジは手刀を……突く!突く!突く!
しかし彼の顔には苦痛の色はない。最初のうちは触れるだけで爛れていた手の皮膚も回数を重ねるにつれて厚く堅く強靭になり、少々のことで傷などつかなくなっているのだ。
ささくれ作りの修行を初めて早数年、コウジの指は中学入学前のおよそ2倍の長さ、3倍の太さになり、それに応じて掌のサイズ自体も肥大していた。そのせいかサッカー部に助っ人に呼ばれる時はいつもキーパー役だ。
だが彼は決して部活動には入らなかった。理想のささくれを作るためだ。
コウジは己のささくれ作りに妥協を許さなかった。
何度熱砂に手刀を突き込んだのだろう。
コウジは自分の指先を眺め、うっとりと目を細めた。
太く堅く頑強になった自分の指先。しかし皮膚には違いなく、度重なる熱砂への突きこみによって乾燥した全ての指先に見事なささくれが生まれていた。
それもただのささくれではない。太く堅く強靭な指にできた、厚く固く頑強なささくれだ。鱗と言ってもいい。
試しにそのささくれで冷蔵庫から取り出した人参を撫でてみると、綺麗に皮が剥けた。
切れ味も上々だ。
ささくれの出来上がりにコウジが満足げにほほ笑んだところで、目覚まし時計が音を立てた。
そろそろ登校の時間だ。
今日だけは遅刻は御法度――卒業式なのだから。
——
運命の出会いを果たした入学式の日からほぼ3年。二階堂ユリは学校一の美少女として有名になり、またコウジの告白劇に感化されてか告白者が毎日のように現れるようになっていた。
誰もが目を奪われてく、まさに学校のアイドル。
だがその誰もが玉砕していった。
「……」
そんな彼女に、コウジは卒業式が終わった後校庭の桜の木の下で待つようにと手紙を渡している。
リベンジ。
入学式の時より進化した自分の告白を見てもらうためだ。
しかし、
「待て、中林コウジ」
卒業証書片手に校庭へ出ようとしたコウジを、数人の男子生徒が取り囲んだ。
「……親衛隊の連中か」
コウジはぼそりと呟く。
二階堂ユリに告白した人間は、誰もが玉砕した。
流石は高嶺の百合の花、誰も釣り合わないということだろう。
しかし玉砕した当の生徒の一部は、二階堂ユリに告白する者を排除する親衛隊を結成した。
二階堂ユリ親衛隊、校内一の暴力集団だ。
じりじりと距離を詰める親衛隊に、コウジは鍛え抜かれたささくれを向け、
「寄るな!そこをどかなければ切る!」
と叫んだ。
だが親衛隊のうちの1人がほほうと声を上げる。
「なるほど、貴様はささくれの使い手か」
声を上げた男は腰までぼさぼさの黒髪を伸ばしていた。
「だが俺は……枝毛の使い手だぜ」
瞬間、コウジの構えた右手に男の黒髪が蛇の如くするりと絡んだ。
コウジはとっさに黒髪をほどこうとするが、細かい針のような枝毛が無数に並んだ毛髪は鍛えた皮膚にも容易に刺さる。
「二階堂ユリ様は……私が告白したとき、ご自身の御髪に出来た枝毛を気にされていた」
男は語りながらも黒髪を手繰る手を緩めない。
「そのお姿を見て気が付いたのだ。彼女は私の告白よりも枝毛が気になる。枝毛に注目している。すなわち!見事な枝毛を作り上げれば彼女に振り向いてもらえるのだ、と!!!!」
同じだ。コウジは確信した。男は自分と同じように、二階堂ユリに告白したことで自分と同じような異能に目覚めている。
そして他の親衛隊員も男の異能に驚いていないことを見るに、それぞれ異能を隠し持っているのだろう。
「……面白い」
コウジはそういうと、左手のささくれで男の黒髪を断ち切った。
「来いっ、親衛隊ども!俺のささくれとお前たちの異能、どちらがより優れているか決定の時だ!!」
コウジの戦いが今、始まった。
至高のささくれを求めて ノート @sazare2023
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