激辛ラーメンが食べたい

入間しゅか

激辛ラーメンが食べたい

電気の止められたワンルームは常にカーテンが開いている。日当たりだけが取り柄のこの家にとって本日最後の明かりである夕日が沈もうとしている。部屋が影に飲み込まれる。幸いにも俺は夜目が効く。生身の人間には耐えられない暗闇も俺には関係ない。外から入る疎らな街灯の明かりで十分だ。ちゃぶ台に置かれ、夕闇に薄ぼんやりと浮かび上がる今日の晩御飯。その名をカップ麺という。

「激辛!」の文字に舌なめずり。舌なめずりついでに長い舌で顔も舐めちゃう。ケトルのスイッチを押してから、電気がないのを思い出す。ちきしょー。こんちきしょー。

ガラクタの山からヤカンを取り出すと、ガラクタたちは大袈裟な音とともに崩れ落ちた。ちきしょー。足の踏み場のない。こんちきしょー。ゴミだらけのガス台を適当に片付けると、ゴミ山がシンクに誕生した。コンロのレバーをひねるが火がつかない。ガスの匂いだけが鼻に着く。ちきしょー。電池切れか?電池なんてブルジョワなもの持ってんのか?

ガラクタの山を捜索せねばならん。誰だ?こんな散らかしやがったのは?俺か。俺しかいねえもんな。電池は幸いすぐに見つかった。崩れ落ちたガラクタの中に混ざっていた。

これで俺様は無敵!いざ、電池を交換すると勢いよくコンロは火を吹いた。湯が沸くまで暇だからと、テレビのリモコンを押したところで電気を止められたのを思い出す。ちきしょー。湯を沸かしてるだけなのに、何かが焦げる匂いが部屋に立ち篭める。臭い。人間には毒かもしれんが、俺は人間じゃない。

ヤカンは静かに沸騰し、勢いよく吹きこぼれる。ジュッボワッジュッジュと音を立てコンロの火が苦しんでいる。じっくり眺めてから、火を止める。謎の優越感。虚しいぜ。今の俺はコンロの火にしか強がれないなんて、ただの負け犬じゃないか。

そもそも、俺が人間社会で生きようってのが無理がある。働くよりもア〇ムや、レ〇クの方が楽に稼げると気づいてしまった。俺は多重債務者が一番向いている職業だ。

長く鋭い爪が邪魔でカップ麺に湯を注ぎにくい。壁を登ったりするのは得意だが、どうも細かい作業に向いてない。

えっと、これで三分間待てばいいんだな。「激辛!」な香りがしてきたぞ!メシを目の前にした三分間は長い。クソ、こんな時にテレビが観れないとは使えねぇ。夕焼けの余韻が俺のでかい図体をよりでかくした影を作る。閑散とした住宅街のオンボロアパートには静けさが住み着き、貧しさで出来た壁で区切られている。俺は貧しさに包まれ、静けさと共に沈黙の三分間を過ごしている。もうすぐ三分かと、うずたかく積まれたガラクタの奥にある時計に目をやる。止まっていた。午前だか午後だかわからない二時を指して動くのを辞めた時計。ちきしょー。こんちきょー。俺が何したって言うのさ。金がないだけじゃねぇか。人間め。俺が人間だったら人間として真っ当に生きれたか?知らねえ。知ったことか。

多分、三分経った。カップ麺を取ろうとしたが、長く鋭い爪が掠ってカップが真っ二つ。ちきしょー。こんちきしょー。俺は人間じゃないんだ。知ったことか。

床に広がった「激辛!」を長い舌で舐める。辛い。麺を鷲掴みし、口に頬張る。だが、美味い。俺は人間じゃないんだ。人間、人間、人間、人間、人間、人間、人間め!知ったことか、ちきしょーめ!


闇夜に光る目が二つ。爬虫類のような目が二つ。

その目は人類のカタストロフィーだ。オンボロアパートで行方知らずのそれはまだ見つかっていないだけだ。

三分間の沈黙の後、真っ二つにしてしまった「激辛!」の文字だけがそれを知っている。

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