第7話 親父との戦い

 ひと月ほど経過し傷が完全に治ると親父との訓練が始まった。

 それは、冒険者とは比べ物にならないほど強い魔族の戦士との殺し合いだ。


「【雨晒し】」


 親父が空へと手を向けると同時に私は影で空を覆った。その瞬間、豪雨のような水の弾丸が空から降り注いだ。


(ッ―――――!!)


 ドドドドドドッ!!と。


 集中豪雨を思わせる水の弾丸は地面を砕きチーズのように穴だらけにしていく。

 その中を駆け抜ける親父に目を見開き、水平に振るわれた蹴撃を両腕受け止めた。


「重っ――!!」


 親父は力技で受け止めた私を薙ぎ払い、吹き飛ばす。

 即座に体に影を纏い衝撃を緩和し勢いを利用して起き上がる。

 それと同時に振り下ろされる踵落としを横に跳んで躱し、影を纏わせた右腕を振るい影の刃を放つ。

 親父は影の刃を後ろに跳んで躱し、背後の影から伸びた影の刃をバク転して躱す。


「おっとと。危ねぇ危ねぇ。油断も隙もありゃしないなっ!!」


 周囲の影から突き出した影の触手を手刀で切り裂き、親父は凶暴な笑みを浮かべる。


「【雨切】」


 親父が魔力を手刀に纏わせ振るう。

 同時に水の斬撃が放たれ、私は影の刃で受け流す。その刹那の隙に親父は肉薄し拳を振り下ろす。


「うぐっ!?」


 反応しきれず捌ききれなかった衝撃が腕を掠める。体が衝撃で持っていかれそうになりながら袖口から影の触手を突き出す。


「は、甘い甘い」


 完全な奇襲を親父は身を屈ませて躱し、カウンターと言わんばかりに突き出した拳が頬を捉えた。


「ふごっ!?」

「ほらほらどうしたどうした!!」


 体勢を立て直す間もなく放たれる親父の連打が体にめり込み、肉体を破壊する。

 意識が飛びそうになる中、親父の拳を額で受け止め、首筋に出来た影から影の刃を突き出し親父の胸に突き刺す。


「うおっ!?」


 唐突な攻撃に親父の拳が僅かに止まる。

 その刹那の隙に拳を握り、胸を叩く。


「【魔力撃】!!」


 突き出した拳に溜めた魔力が親父に伝わり、親父の体が吹き飛び転がっていく。


(衝撃の直前で後ろに跳ん――!?)

「【雨撃】」


 同時に水の弾丸が私の胸を貫いた。

 地面を転がる親父が、転がりながら魔法を放ったのだ。


「ごふっ!?」


 口から血を吐き出し後ろに蹌踉めく。

 胸の傷口に触れれば赤く濡れた血が手にべったりとつく。


(痛い、痛い、痛い……けれど、何処か楽しい)


 口角を吊り上げその隙を突かんとする突貫してくる親父へと手を向け、影の触手を差し向ける。

 親父は幾本もの影の触手を駆け抜けざまに切り裂き、私へと迫り続ける。


「ガッ!?」


 私の間合いへと入り込んだ瞬間、背後の自分の影から突き出た影の触手が親父の右脇腹と私の左脇腹を抉った。

 自傷を前提とした攻撃は親父も予測できなかったようで、咄嗟に突き出した蹴りのテンポが僅かに遅い。


(この遅さなら――躱せる!!)


 私は身を屈めて蹴りを躱す。

 それでも額を爪先が掠める中、影を纏わせた右腕を振るい親父の胸を切り裂いた。


「ちいっ!!」


 父の胸に逆袈裟に傷がつく。

 裂かれた傷から血を流しながら親父は直ぐ様立ち直り、足を振るい私を蹴飛ばす。

 攻撃した直後であったこともあって蹴りは直撃し、吹き飛ばされながら地面を転がっていく。


(このタイミングで反撃を加えてくるか……!!)


 即座に地面を押して跳び、踏みつける攻撃を躱す。

 着地と同時に水平の軌道で繰り出された蹴りを影を盾にして受け止める。

 瞬間、影の盾に罅が入る。


「ぬおおおおっ!!」


 その刹那、影の盾が砕けた。

 力技で振り抜かれた蹴りが私の首に直撃し、地面へと叩きつけられる。


(あっ――)


 受け身が取れず、叩きつけられた脳に衝撃が響く。

 バキリッ!と嫌な音が首から響き、痛みで意識が飛びかける。

 鋭い刃のような一撃に脳が悲鳴をあげ、より破壊的な形を脳内に描きながら地面に倒れる。


(――ああ、このイメージだ)


 ゆっくりと起き上がり、魔力を練り上げる。

 脳内に描くイメージは力ある一撃。ただ力を撒き散らすのではなく、より的確に狙った相手を破壊する暴力の形。


(即ち刃。暴力の一つの形であり、致命的な破壊を生む――暴力のイメージ、ようやく作ることができたな)


 ひと月の死闘と親父との殺し合いが曖昧な暴力の形を具体的に固める格好の材料となった。

 振り下ろされる手刀を見据え、私は手刀に影を纏わせた。


「――【黒刀】」

「ッ!?」


 一閃。


 右腕を振り上げると同時に影の刃が親父の腕を地面ごと切り裂いた。その破壊した肉の断面のように滑らかで、無駄な破壊は欠片もない。


「――ハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!それでこそ我が娘だ!!【雹血手】!!」


 右腕を斬り飛ばされた親父は歓喜に笑い、即座に傷口から紅い氷の腕を生やし振り下ろす。

 左腕を盾にして初撃を受け流し、体勢を傾いた僅かな隙に右腕に再度影を纏う。


「【黒刀】!!」

「【雹火】!!」


 突き出した影の右手と突き出された氷の右手が衝突する。

 影と氷が衝突し、影の刃が氷を切り裂き、同時に氷の濁流が私の腕を影ごと凍りつかせる。

 即座に影を操り顔を粉微塵にし、突き出される氷の拳を左手で受け止める。凍てつく冷たさを掌に感じながら、繰り出される拳と蹴り、尾の猛撃を捌いていく。


「そうだ、力を振るえ!暴力の味を堪能しろ!!そうすれば最強の魔族にお前はなれる!!」

「生憎と、暴力に呑まれるつもりはない。親父と違ってな」


 猛撃と捌きながら、指と指の間に出来た影から針を親父の顔に向けて飛ばす。

 親父は影の針をヘッドバンのような動きで叩き落とす。その僅かに出来上がった隙に右腕に影を纏う。


「【黒と――】」

「止めなさい」


 ポン、と。

 どこからともなく、横から伸びた手が胸に触れた。その瞬間、私の体は吹き飛んだ。


「――ガッ!?」


 肋骨を粉砕されたような一撃に口から血を吐き出し、地面に倒れる。何度も咳き込み、地面に血を吐き出していく。

 その中で、私を吹き飛ばしたバジリスクの女に視線を向けた。


 灰色の髪に灰色の鱗。

 黒いローブを身に纏い、口元から伸びる舌は二股に分かれており、深いスリットから見える白い足は艶かしく退廃に耽る隠者を思わせる。

 手に携えた長杖に持たれるように立ち、私に向ける気配は底冷えするほどに冷たい。

 エレイナ・セイラム。グランドールの妻であり、私の母であるバジリスクを私は睨みつけた。


 エレイナはそんな私を無視して額に青筋を立てるグランドールに向き直る。


「どういうことだエレイナ。テメェは参加しない話だった筈だ」

「ええ、参加するつもりはありませんよ。しかし、ここで介入しなければ貴方は死んでいました」

「……ちっ、なら仕方ねぇか」


 グランドールは仕方なしと首を回し、背を向ける。

 それと同時に、私は意識を手放すのだった。

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