第8話 母の提案

 意識が明滅する。

 首から焼けるような痛みと薬の匂いに私は目を覚ます。

「ここ、は……」

「私のテントです。ああ動かないで下さい、首の骨に罅が入ってますので」


 痛みを堪え起き上がろうとした私の顔を覗こんだ母は指で胸を押す。

 その瞬間、傷口がじんわりと痛みを発生し始める。


「うぐっ!?」

「肺に穴が空き、脇腹は抉れ、首は骨に罅が入り、その他擦り傷切り傷打撲傷とよく戦闘を続行していましたね。魔族の本能というのはつくづく度し難いです」


 1週間寝ていたのですよ?と傷口を触りながら語った母はその手を止め、私を見下ろす。

 その冷たい空気に私は体の芯から警戒心を向けてしまう。


(やはり、私は母が苦手だな)


 脳筋で物事をはっきりと告げる親父とは違い、母は冷徹で何を考えているのか分からない。

 何を考えているのか分からないから常に警戒心を向けてしまう。


「……まぁ良いです。魔族なのですから仕方ありません。それで、グランドールと拳を合わせた感想はどうでしたか?」

「強かった」


 私は母の問いかけに即答した。


 単純な暴力と経験に裏打ちされた技術、何より殺しに対する執念と戦いを楽しむ心。

 その全てが今の私には届かない。


(だが、一つの目標は出来たな。集落から出るときに親父を殺すことができるようにならないと)


 魔族にとって親は師であり超えるべき壁。

 魔族の子は肉親の背中を見て育ち、そして殺すことで超克する。

 魔族の掟には従うつもりはないが、立ち塞がるのなら殺す――そのような心持ちでいなければならない。


「だからこそ、超えたい。いや、超える」

「……本当に似た者親子ですね。そういえば、貴女は種族特性を理解していますか?」

「一応は」


 ふと、思い出したように尋ねられたことに私は首を縦に振る。


 この世界の人間は種族毎に種族特性と呼ばれる能力を有している。

 空を飛ぶ能力、不運を逆転する能力、火に燃えない能力――種族毎に得意不得意があり戦闘に有益なものから不利益になるものもある。


「バジリスクの種族特性は三つ。毒の血であり魔法の媒介としての性質を持ち、また魔法の精度を上昇させる『蛇神憑き』、見た物に石化の呪いをかける『石化の邪視』、そして呪い毒疾病の一切を完全無効化し物理耐性と魔法耐性を底上げする『穢れ纏い』だった筈だ」

「はい、正解です。一通りは覚えているようですね。では、どの程度扱えてますか?」

「『蛇神憑き』は多少は。『穢れ纏い』はパッシブ能力で制御する以前に自制することもできない。そして『石化の邪視』は……まぁ、制御できていない」

「では、『石化の邪視』の特性を答えてください」


 再びの問いかけに私は顎に手を当てる。


 邪視は人族社会では『魔眼』と呼ばれる特異体質。

 眼球そのものが魔法式であり、魔力を通すことで魔法を発生させる。

 その発生プロセスは今も解明されておらず、生得魔法同様現在の魔法技術では再現不可能な眼も多い。

 バジリスクはそのような眼を種族特性の一つとして種族全体、赤子も老兵も所持している。


「……『石化の邪視』の特性は三つある。

 一つ、裸眼で見た生物に移動能力低下の呪いを付与する。

 二つ、魔力による抵抗に失敗した生物を石に変える。

 三つ、魔力の操作や脳への過負荷を強いることで生物非生物問わず石に変える。

 以上の三つが『石化の邪視』の特性だった筈だ」


「その通りです」


 記憶の片隅を思い出しながら答えると母は頭をゆっくりと縦に振った。


(もっとも完全な制御できる代物ではないが)


『石化の邪視』は強力だ。けれど、バジリスクの脳では眼球から発生する魔法を完全に制御しきれない。

 意識的にオンオフは出来ず常に邪視が発動しっぱなし。目隠し無しで生活するだけで脳に負荷がかかり酷い頭痛が発生する。

 目隠しは邪視を封印する枷であると同時に無闇に呪いを撒かないための安全装置でもある。


 母は私の額に手を当て熱を測りながら、


「グランドールはやりすぎてしまい、貴方を殺しかねません。そのため、貴方は私が鍛えます。邪視に関しては単なる確認です」

「……え?」


 母の言葉に愕然とした声がもれる。

 母は今は一線を引いているものの実力自体は親父と大差ない。また歴戦の魔法師でもあり魔力の精密な操作を得意としている。

 幼い頃に一度だけ手合わせしたが、傷どころか一歩も動けずに地面に叩き伏せられた。それほどまでに強い。


(近接戦に長けた親父と比べて母の魔力操作は上品で無駄がない。そうした意味では親父より母の方が良いか)


 近接戦を好んでいるが本質は魔法師であり戦士ではない。親父より遥かに母の方が相性が良い。


「……わかりました」

「素直な事は美徳です。それが合理的な判断の下に下されたものであるなら尚更。では、私は少し外に出てますので安静にしていてください」


 母は僅かばかり口角を吊り上げると席を立ち、テントから出ていく。

 一人、薬の匂いに包まれた部屋に取り残された私は暇つぶしに魔力を練り上げ、影を操る。


(暇だし影でも操っているか……)


 私の意思に従い剣から槍へ、槍から斧へと形を変える影を眺めるのだった。


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