【最終話】友達がテレビに出てるのって、嬉しいけれどなんか気まずい。

【朝まで! さざめきテレビ!】


『皆さんおはようございます。キャスターの白瀬しらせ 益代ますよです! 今日は、SNSで話題を生んでいる画期的なに迫りました!』




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「やってる?」とつぶやきながら、パンツ一丁のオサムが僕の後ろに立った。

 社運を懸けた新商品の企画会議(という名のぐだぐだな話し合い)が終結してから、半年後。僕たちはなんとか破産せずに済んでいて、今では、半年前より少しだけ広くなったオフィスに置いたテレビを2人で見ることが叶っている。


「生の白瀬さん、なかなかよかったぜ。お前もオファー受けりゃよかったのに」


「バカ。僕みたいな開発者のインタビューに需要があるかよ」


 朝ということもあり、オフィスとはいえ僕は私服でここに来ている。

 一方のオサムはまだパンイチだ。今日はウルカが外に出ているからとはいえ、油断し過ぎである。というか、寒くないのか気になってくる。


「謙遜すんなよタツオ。あの、企画の8割はお前担当で、作ったのもお前だろ」


「まあ、そうだな。……MHKから取材のオファーが来たら、考えてもいいかもな」


「いや、少しは謙遜しろよ……」


 どうやらオサムは着替えもせず、歯を磨いているようだ。

 パンツ一丁のまま右手を動かし、彼は僕の隣に座る。ソファーが一つしかないオフィスなので仕方ないが、流石に変な気分になる。正直、単純に気持ち悪い。お互いいい年なのに。


「来るぞ!」


 オサムが画面を指さすと同時に、僕たち"Chamber"が世へ送り出したあの商品が、カメラへ姿を現した。




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『ありました~! この手袋、なんと、おもちゃメーカーがついこの間売り出したばかりの一品なんですね。その名もずばり、≪セルフィーくん≫です!』


『白瀬さん、白瀬さん。あの、スタジオなんですけど。──その商品、一見すると見た目が変わったゴム手袋のようですが、どこが話題何ですか?』


『はい! なんとですね、この手袋は……リアルな肌触りを再現して、自分の手が一回り大きくなったような感覚で使うことができるんです!』


『ははぁ、リアルな肌触り……ですかぁ~』


『水洗いをしている時に、ついつい気になる汚れを爪で擦りたくなる、なんてことがありますよね? この≪セルフィーくん≫は爪もついているので、手袋をしながら……こうやって……自分の手で、作業をしている気持ちになれる面白いグッズなんですよ~!』


『なるほど~!』




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「来た! 来た! 映ったぞ、セルフィーくん!」


「おお……」


 結果から言おう。

 僕が思い付きで言い出したグッズ──最終的に『セルフィ―くん』と命名されたそれは、上手くヒットしてくれた。ヒットと言っても、ドラマのように劇的で、一攫千金という代物ではない。けれど、僕らの苦境がずいぶんとマシになり、狭いオフィスを移転する夢を叶えてくれる程度には親孝行な商品へと育ってくれた。


 セルフィーくんを開発するのは、誇張抜きに死ぬほどきついものだった。

 アイデアはある。技術もある。だが金がなく、時間もない。設備やテストに用いる場所を工面できるかも怪しい中で、オサムは我武者羅に舞台を整え、僕は出来うる限りの全てを注ぎ込んで、ようやく完成した代物だ。


『毒手』の経験があって良かった。『デンデン太鼓』で仕入れた素材のルートが生きるとは思わなかった。既存のノウハウと思い付いた全てのアイデアをぶちこみ、どうにかこうにか、ショート寸前で販路へ乗せることのできたグッズだった。


「まさか、ウルカがこっちの路線で売ろうだなんて言い出すとはなぁ」


「タツオの腕あってこそだろ。お前、爪を噛むために手を再現する的なこと言ってただろ。あの言葉があったから、ノってみようって気になったんだとよ」


 そう思うと、今回のMVPはウルカかもしれない。

 僕たちの"Chamber"は無軌道もいいところの適当な会社だが、一応はホビー業界で売っているという自覚があった。まあ、雑貨や土産物の方面にも色気を出してはいたのだが、衛生用品の方向で売り出そうと考え、そのために大小300を越える店舗・メーカーへ営業をかけてくれたのは他ならぬウルカである。


 テレビへ紹介されるまでになったというのに、彼女はそれでも「まだ足りない」「初動にもっと余裕があれば」と悔やんでいた。


 そんなウルカは、今日は不在だ。


『リアル感えぐくて草』とSNSで話題沸騰、我らがセルフィ―くんを一過性のブームで終わらせないために、3日前から出張行脚の旅に出ている。一応はサボらないようにオサムが定例報告をマメに指示しているものの、半分は旅行のようなものだ。


 一生分の名刺を刷って、1ヶ月で全部配ったと豪語していた彼女である。身も心も削り尽くしたパワープレイの傷が癒えるまで、少しはのんびりしてほしいものだ。




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『……というわけで、特別ゲストの社本もりもと社長に出演していただきました。社長、おはようございます!』


『白瀬さん、そしてさざめきテレビをご覧の視聴者の皆さん、おはようございます!』




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「うおーーーー! 俺来た! 来た俺!!」


「……」


「おいタツオ、なんか言えよ」


「うるさいな。今テレビ見てるところだろ」


「ったくよ……」


 テレビの中では、顔をテカテカに光らせたオサムが自慢げに取材へ応えている。


 セルフィーくんの名前の由来、開発の経緯、会社のこと、その他もろもろ……。テレビの一特集という分をわきまえて、自慢話になりすぎない程度に会社の発想を誇らしげに語る若社長といった様子だった。中には、俺が知らない事実まで語られている。


「……なるほど。セルフィーくん、『もう一人の自分』って意味だったのか……」


「嘘に決まってんだろ。人の手を模したモノに、『自分の手でヤる』って名前つけたらなんかエロいと思って付けただけ」


「……お前」


 心の底から軽蔑しかけると、オサムは「マジで信じた?」とうそぶきながら言う。


「本当はよ、俺らの開発経緯から名付けたんだよ。自分のことしか考えないで、そのくせ3人でなんかバカはやり続けたいってだけの、思い付きばっかのワガママな奴らが集まって作ってさ。あの名前は、自己中心的セルフィッシュから採ったのよ」


「……なるほどね」


 僕は、一応頷いた。真偽はどうあれ、納得できる由来だ。

 何より、僕たちそのものが名付け元になっているのが気に入った。


 確かに、オサムの言う通りだ。

 僕だけが開発したわけではない。ウルカだけが売ろうとしたわけではない。オサムだけが支え続けたものでもない。タツオ営業ウルカ社長オサム。自分のことしか考えずに、たまたま気が合っただけのワガママな子供が、たまたまヒット商品を世へ送り出すことができた。


 つくづく、僕は思い知った。

 こうした感慨に浸るのが好きだから、今日の今日まで、オサムたちと一緒にくだらないモノ作ってるんだな。僕は本当に、ラッキーで、バカなクソガキだ。




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『ずばり、社本さん! この商品の一番の売りはなんでしょう?』


『白瀬さん……それ聞いちゃいますか?』


『はい! ぜひ、教えてください!』


『この商品の売りはですね──ずばり! 既存のゴム手袋とは一線を画すこの材質です!』


『肌の馴染みやすさを極限まで突き詰めながらこの低価格! 反面、他のものより少々破れやすいとお客様からご意見をいただいているのですが……』


『えっ! 社本社長、そんなこと言っていいんですか?』


『いいんです! なぜなら、繊細な触感を再現したための弱さですから、この繊細さは我々の自慢でもあるのです! カルシウムから作り出されたこの爪に、植物質の繊維から作ったこの肌! 多少のささくれができてお子様がうっかり口にされても、無害なもので作っております!』


『なるほど~。ささくれ程度は気にせず使える、その気楽さも売りの一つなんですね』


『その通りです。≪セルフィーくん≫は、我が社の優秀なスタッフが、その全力を結集して作ったものですから──』




『ささくれができてしまうほど繊細で、リアルな質感。お子様でも安心してご使用できる≪セルフィーくん≫を、どうぞよろしくお願いします!』




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「いい番組だったね」


 バカバカしいほど胸を張ってソファーに座ったオサムを脇目に、僕はテレビのチャンネルを変えた。




 ≪終≫

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ほんの些細なささくれ一つに価値を生み出した利己主義者たちの話 パルパル @suwaharu

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