第37話:ライオンマスク再び

 俺は高校にも行かず、異世界喫茶店(異世界側)の経営の真似事をしてる。現世界側もオープンしたいけど、調べたら衛生管理者とか必要そうだし、防火管理者とかも。


 しかも、営業許可とか個人事業の開業届けなんかもいるらしい。ちょっと一人でなんとかできる気がしない……。


 俺のこの世界での目的を確認したい。現世界のしがらみに縛られず、気軽に異世界で暮らしたいだけだ。


 冒険とか危ないことには手を出さない。主人公は別の人。俺は徹底した脇役に専念する。


 ルルが来ちゃって少し華やかになってしまったけど、これ以上 波風立てずに静かに行くぞ!


(カランコーン)ここで、店のドアに付けた鐘が来客を知らせた。


「いらっしゃいませ」

「……」


 無言で入ってきたのは、ライオンマスク。もう少し存在を忘れかけていたけど、この町の警察官みたいな存在だったか。


 顔はライオンそのもの。鎧をまとっている。日本の鎧とも海外の鎧とも違うけど、鎧って分かるし、傷が刻まれていることから、役人というより現場が多い人みたいだ。


 ルルがライオンマスクを見て驚かないところを見ると、やっぱり異世界では獣人はそれほど珍しい存在ではないらしい。


「あの肉……入っているか?」


 ライオンマスクが席について、俺がお冷を出したタイミングで訊かれた。


「はい、もちろん」

「量はどのくらいある?」


 静かな視線で俺を見て聞いた。店で肉の仕入れ量を聞いたことある? なんか変な会話になってることに気がついた。


「とりあえず、仕込んだのが5キロ。肉自体は別に10キロあります」


 買ってくるの大変だったんだから!


「仕込んであるものを全部焼いてくれ」

「かしこまりました。味は前回同様3種類。塩コショウ、生姜焼き、焼肉でよろしいですか?」

「うむ、任せる」


 ちなみに、『仕込み』ってのは、解凍済みでカット済みってこと。残りは冷凍庫に入ってるからしばらく日持ちするだろう。


 俺はカウンターの調理スペースで肉を次々焼いていく。焼いたら皿に盛って、それをルルが運んでくれる流れだ。


 前回は一人だったから。わたわたしながら作った覚えがある。しかも、あのときは、金髪ブルーアイズとカイがカレー頼んだし! でも、ルルがいるだけで全然違うな。


「お仕事ですか?」


 雑談もいいかなって思って、思い切って話しかけてみた。顔がライオンだから、近くに寄るのも怖いけど、大事なお客さんだ。慣れたいし、親しみが持てるようになりたい。


「ああ、森の調査にな」


 意外だった。てっきり王都とか街の方に行ったと思いこんでいた。


「森ですか? あの魔物が出るという……」

「ああ、最近魔物の量が半端じゃない。状況確認などにな」


 そう言えば、カイが言ってた。魔物狩りに新人の冒険者まで借り出されて、草刈りとか雑務をする人がいないって。


「町を守っていただいて感謝してます」

「いや、ここの食事を食べてから行ったら調子が良かったわい。ゲン担ぎに遠征するときは腹いっぱい食べてから行くことにするか」

「はは、お役に立てるなら幸いです」


 待てよ。森で魔物が大発生したら、この町っていきなりピンチでは!?


「ところで、森の魔物って大丈夫ですか? 私なんて全然戦えないので魔物が来るって考えたら怖くて……」

「なに、今は交代で夜中も見張ってるし、王都へも討伐隊を依頼した。念の為、町に防壁を作ることにしたから、今急ピッチで進んどるわい」


 防壁まで……。従来必要なかったものをわざわざ作るくらいだから、事態は割と深刻なのかもしれない。


 その後、ライオンマスクは焼いた5キロの肉ををぺろりと平らげた。テレビとかネットとかで見る大食い動画みたいで見てる方が気持ちよかった。


「この店の肉は美味いな。肉も美味いが味付けがまた美味い」


 ライオンマスクが心なしか顔をほころばせて言った。


「ありがとうございます。どの味がお口に合いますか?」

「正直、3つとも捨てがたい。最初は『焼肉』がうまい。これが最高だと思って食べ進めると、そのうち味に慣れてくる。その時、『生姜焼き』がスッキリしていて美味い。生姜焼きが最高だと思って食べ進めると、段々味が濃く感じてくる。その時塩コショウがスッキリしていて最高だ。そしてまた『焼肉』に戻る……無限ループじゃな」


 なんか急に饒舌なんだけど。それだけ美味しかったってことか。


「このものが無い時期に、これだけの肉を準備して、ここまでの味を出すとは、主人は若いのに苦労しとるのだな」


 すいません、肉は買ってきただけ。味は食品メーカーさんの努力です。


「盛り付けも丁寧。こんな町にありながら、店内の装飾もセンスが良い。食器も貴族用を使うなどぶっとんだ目新しさがある」


 内装はじいちゃんのセンスだし、食器はそこらの安いやつだと思う……。


「王都でも十分やっていけるだろうな。この町に店を出してくれてありがたい」

「恐縮です」


 いや、マジで! まーじーでっ! 俺の手柄が全く無い! 『他人のふんどしで相撲をとる』とはこのことか。


「世話になったな」


 ライオンマスクはそう言うと、テーブルの上にまた金貨をジャラリと置いた。


 正直、申し訳無さでいっぱいだ。金貨10枚はある。日本の価値で10万円くらい。こっちの価値だとその数倍。それをもらうだけの物を俺は出せているだろうか……。

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