第28話:コーヒーの淹れ方
「神様! これ! この神様の飲み物の作り方を教えてください!」
「え!?」
寝起きといえばコーヒーだろうと思って、練習中のコーヒー、しかも本気のコーヒーを出したら、ルルがえらく気に入ったらしい。
それは俺にとって嬉しいことだった。店で出せる数少ないメニューだし、練習してコーヒーの淹れ方をマスターしたのだから。
それはいいとして、色々問題が置き去りのままだった。ルルは俺の世話をしたいと言った。こんなかわいい子に世話をやいてもらえるなら嬉しさしかないのだけど、倫理的にダメな気もする。
この家にはもう、俺しかいないのだから……俺しかいないのか! じゃあ、良いのでは!?
「分かった! 俺もルルにコーヒーを淹れられるようになってほしい。それ飲んだら教えてやるから、一緒にゆっくり飲もう」
「はい! ありがとうございます!」
普通の異世界ものって異世界少女とコーヒーを淹れるくだりってなさそうだなぁ……。そんなことを考えつつ、コーヒーの香りを楽しんだ。
***
「これからコーヒーの淹れ方を教えるよ」
俺たちは異世界珈琲店(異世界側)にいた。
「きれいなお店ですね」
「ありがとう。じいちゃんの店……だと思う」
現世界側は間違いないけど、異世界側はどうなんだろう。ちょっと自信ないけど……。
「おじいさん……」
「どうかした?」
なにか引っかかる要素があっただろうか。
「あ、いえ。神様にもおじいさんっているんですね。あ、当たり前か」
「だから、俺は神様じゃないって」
「またまた」
どう言えば彼女に伝わるのか……。まったく……。
「まずは、道具の準備から」
「はい」
まずは、手動ミルをカウンターの上に取り出した。
「これミルっていうんだ」
「名前を聞いたら、コーヒーを入れる道具って分かりました。変な感覚です」
ルルの頭には日本語がインストールされたらしい。その時、単語も少なからず入っているみたいだ。だから、知らないものなのに、名前を聞くとそれが何なのか知らないままに理解できるらしい。その経験が俺にはないからどんな感じかまでは分からないけど。
「ここを開けて、コーヒー豆を適量入れる。今回はこの専用の計量スプーンで2杯ね。1杯分だから1杯」
「はい」
コーヒー1杯分でスプーン1杯の計量スプーンを発見したのだ。じいちゃん、ありがとう。
「フタを閉めて、あとはこのハンドルを回す!」
俺はゴリゴリとミルのハンドルを回し始めた。
「……」
「……」
30秒ほどで疲れた。
「あ、私代わります」
「ありがと」
ルルが代わりに回してくれた。
数分後全ての豆を挽いたらしい。
「お疲れ様」
ミルの下の引いた豆が入る引き出しを開けて見せた。
「わあ! 良い香りがします」
嬉しそうだ。その笑顔はかわいかった。
「これは電動もあって……」
今度は1杯分の豆を電動ミルに入れた。
「スイッチを押すと……」
ドゥーンという音と共にほんの数秒で豆は粉になった。
「……さっきの作業はなんだったんでしょう……」
「まあ、電動らくだよね」
次からは電動を使うか。やっぱり、大変だし。
「よし。次だ」
「はい」
やかんに水を入れ、コンロの五徳の上に置く。
「みず!」
「どうした?」
「いま、水が出ました!」
ああ、そうか。彼女の村では井戸だった。
「これは水道って言うんだ。他所にでっかい井戸があって、水をきれいにしてる。そこから管を通ってここまでつなかってるんだ」
「でっかい……」
まあ、ざっくりだけど水道の説明として間違ってないだろう。
「それで火をつける」
「え!?」
どうしたどうした。今度はどうした!?
「火も簡単につきました」
「あー……、ガスだね」
「ガス……。その言葉を聞いて火の精霊ではないことは分かりました」
「それまでは火の精霊だと思っちゃったんだね……」
「はい……。この目で見てなかったら信じられてなかったのと思います」
「まあいいや。ここには色々あるから。徐々に慣れてよ」
「は、はい……」
ルルに戸惑いが見えるけど、いずれ受け入れてくれるだろう。それか、爆発するか……。心配になってきた。
そうしている間にお湯が湧いた。コーヒー2杯分より随分多めに沸かした。これは元さんに習わなかったら絶対にその発想に行き着かなかったと思う。
コーヒーポットとカップにお湯を注ぐ。器具とカップを温めるためだ。温まったら捨てる。
ルルが排水口を不思議そうに見ているのはスルーして、ポットにドリッパーを載せる。
ペーパーフィルターを1枚取り出して、シール目を折り曲げる。シール目っていうのは、紙と紙を貼り合わせたところ。このまま使うとドリッパーの形に合わないからやる作業だ。
「これはなんですか?」
ルルがのぞき込んできて聞いた。
「ペーパーフィルターだよ。うーん、紙だな。捨てるための紙」
「紙! これが紙ですか! しかも、捨てるための!」
「村には紙はなかったの?」
「紙はなかったです」
「でも、なにかを書いたりはしたんじゃない?」
「看板は板にしか書かないですし……」
「誰かに何かを伝えるときは?」
「伝えに行きます」
「……なるほど」
なんかある度に会いに行くのって面倒だな。今、LINEでやり取りしてるのを、その度に会いに行くって考えたら大変だ。ツールって生活を変えるんだなぁ。
「ルルが知ってる紙は羊皮紙かなにか?」
「そんなの王都しかないと思います。私が知ってるのは麻の繊維を重ねた……」
「なるほど」
特に名前はないらしい。生活に根付いてるもの以外は意外と名前ってないからなぁ。
「ねぇ、昔の朝の紙ってなんて名前?」
「え?」
『「ほうばたんし」が近いでしょう。』紀元前179年頃から紀元前142年頃のものと推定されている世界最古の紙です』
「わあっ! 誰ですか!?」
普段あんまり使わないAIの『ねぇちゃん』が喋った。手が塞がってるから、たまに便利だよな。ルルはきょろきょろして探してる。
「AIだから。えーっとコンピュータって言うか……使い魔的な?」
「使い魔でしたか……」
そっちの方が受け入れられるとか。しかも、神様だと思ってるのに『使い魔』って……。色々設定が破綻してる。
AIの『ねぇちゃん』は店を探したりには使ってたけど、たまに使わないとその存在を忘れそうだ。
「まあ、いいや。紙フィルターをドリッパーにセットしたら、豆は入れないでお湯を注ぐ」
「はい」
なんでも素直に聞いてくれるルルがかわいく感じてきた。ヤバいなこういうの。おじさんが若手の新入部員をかわいく感じるのってこんな感覚!?
「コーヒーポット内のお湯は捨てて、フィルターにさっき挽いた豆の粉を入れる」
「はい」
ルルとしてはこの作業からさっきのコーヒーまでの間の工程がまるで想像できないのだろう。ものすごく興味深く見てるのがよくわかる。
「あとは、粉全体にお湯を注ぐ。溢れないように注意」
「はい」
もう一セット準備して、残った粉でルルにも同じことをしてもらった。
「じゃあ、それぞれカップに注いで飲んでみようか」
「はい!」
ルルが嬉しそうに、きれいに笑った。
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