第27話:神様の飲み物

「う、うん……」


 ルルは目を覚ました。しかし、まだ少し目眩が残っていた。店の扉を通った直後に一気に大量の情報が頭に入ってきたのだ。


 言葉を覚えたのだと分かっていたが、コーイチとの会話は特に問題なかった。普段使っている言葉と違うのは分かるけど、習ってもいないその言葉を話せるのがイマイチ理解できないでいた。


 気づけばルルはベッドに寝かされていた。ハジ村ではベッドという物はなかった。しかし、床から高い位置にある寝床であることは理解できた。


 そして、お腹のあたりに鳥の羽のような軽さの布団がかけられていた。村では麻を編んだ物が布団として使われるのが通常だった。


 ところが、この布団は滑らかな見たこともない布だと思い、まじまじと見て分析していた。単なる羽毛布団なのだが、異世界には……少なくともルルのいた村には存在しないものだった。しばらく見ていたが、なにでできているのかさっぱり分からずルルは途方に暮れた。


 ところが、ここで気がついた。


「神様っ!」


 ルルはガバッと身を起こした。周囲を見渡したが、そこは6畳のコーイチの部屋。ルルが普段住んでいる部屋と比べると十分狭かった。しかし、コーイチが寝かせてくれたことくらいは分かった。


 ルルはベッドから起き上がり、部屋の扉を開けた。


「神様っ!」

「あ、ルル。目が覚めたか。もう大丈夫?」

「はい! ありがとうございました!」


 ルルは深々と頭を下げて謝った。


「平気ならいいんだ。突然倒れたからびっくりしたよ」

「心配おかけしました!」


 再びルルは深々と頭を下げた。


「だから、いいって。それより、コーヒー飲まないか?」

「コーヒー……?」


 その名称は知っているのに、それを指す物が思いつかない。実に不思議な現象がルルの中で起きていた。


 寝かされていた部屋を出ても、また小さな部屋でそこにコーイチは立っていた。見たところ台所だった。


「あ、神様! 料理なら私がっ!」


 慌てて代わろうとするルル。


「いや、料理じゃないから。でも、見て」


 それは、見たこともない透明の容器に見たこともない漆黒の液体が溜まっていく様子だった。コーイチの様子から貴重なものだってことは分かった。ルルはとにかく見守った。


 香りがいいので、あの黒い液体は香料の類だとルルは予想した。しかし、なぜコーイチが香料を抽出しているのか意図が分からないでいた。


「よし、入った」


 コーイチは白い器を2つ取り出してその黒い液体を注ぎ始めた。これまた村では見たことがないくらい薄い容器。通常、村でも器は焼く。


 しかし、硬く、薄い容器を作るためには火の温度が高い必要があることまではルルも経験で知っていた。これほどまでに薄い容器はこれまでに見たことがなかった。


「まあ、座ってよ」


 ルルは戸惑いながらも促されて椅子に座った。


「はい、コーヒー」


 コーイチはルルの目の前にコーヒーカップを置いた。


「んー、いい香りです」


 これまでに経験のないいい香りだった。肉の様に食欲がわくにおいではない。花のように甘い香りでもない。


「さ、香りの次は味わってみて」

「味……ですか?」


 ついさっきまで口にするものと言う認識が無かったのに、飲んでみてと言われてすぐに飲める人がどれだけいるだろう。しかも、見たこともないほど漆黒の黒い液体なのだ。ルルも多少たじろいだが、コーイチのことを妄信している。


「い、いただきます」

「熱いからね。冷ましながら飲んで」

「は、はい……」


 グイっと言って、あっちーみたいなコント的なものは、コーイチが許さない。それくらい真剣に淹れたいっぱいなのだ。実は、元さんにコーヒーの淹れ方を習った後もひとりで日々研究していた。


 今 ルルに出したものは、既に店で出している物ではなく、いくつか試飲して自分が好きだと思った豆なのだ。値段で選んだわけでもなく、ブランドだから選んだわけでもない。コーイチが飲んで美味しいと思ったものを、美味しいと思った焙煎具合で準備してもらったものだった。


 たとえ、評判が悪かったとしても、店を始めた時に自分が一番おいしいと思った豆として記憶にも記録にも残しておこうと思った豆だった。


 まず、某コンビニでも評判のアラビカ豆100パーセントだ。アラビカ豆は最も品質が高いとされる品種であり、コーヒー豆全体の約60から70パーセントの生産量を占めている。


 味わいは繊細であり、複雑な味わいなのが人気だ。アシディティという、いわゆる酸味と甘みを兼ね備えた豆でコーヒーファンを唸らせる。香りを例えるなら、フルーツや花の香りのようなアロマと例えられることが多いという。


 栽培環境として、エチオピアのように 高地(海抜1,000から2,000m)で栽培されることが多く、気温や湿度に対する変化に敏感な難しい豆だ。耐寒性が弱く、病気や害虫にかかりやすいので栽培が難しいと言われている。


 お店で焙煎してもらっている時にお姉さんに教えてもらったこともあるし、自分でネットで調べたこともある。


 味については、「香り」「苦み」「コク」「まろやか」「酸味」「甘味」の6つで評価することが多く、コーイチは「香り」と「酸味」少し控えめな「甘味」が出るように焙煎してもらっていた。


 焙煎は焙煎で8段階あり、「ライト」「シナモン」「ミディアム」「ハイ」「シティー」「フルシティー」「フレンチ」「イタリアン」の8段階がある。コーイチは中間の「ハイ」を選んだ。


「い、いただきます!」


 イマイチ思いきれないルルだったが、コーイチの方に視線を送ると、わくわくして期待している目だったので、思い切ることにした。


「……ずず……あち……なんですか!? これ!? お茶とも違うし!」

「だから、コーヒーだって」


 コーイチのコーヒーはルルに好評なことが分かった。


「これが神様の飲み物……」

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