第22話:大切なもの

 なぜか干上がった井戸に水が帰ってきた。しかも、村中の井戸に同じことが起きた。俺が触ったのは村長の家の裏の井戸だけ。偶然としか思えない。でも、タイミングが絶妙すぎた。俺がなにか奇跡を起こしてみせたみたいになってしまった。


 異常なのはそれだけじゃなかった。


 翌日は失敗した。密かに自給自足生活をしようと思い、食料と共に植物の種を持ってきていた。スーパーの入口付近に売られていたもので、小袋に入っている。


 人参、大根、アスパラ菜、チンゲン菜、トウモロコシ、ナス……色々だ。正直、全然分からないので季節感もバラバラ。売っていたのをいくつか買ってきただけだった。選んだ基準は『食べられるか』だけ。


 それを隠し持っていたのだけど、ルルに見つかった。宴はまだ続いていて、『歓迎の儀』の要素の他に『水が戻った喜びの儀』と『龍神様との関係をとりなしたことへの感謝の儀』、『龍神様への謝罪の儀』など、複雑さを増してきてきた。


 だから、また休憩で裏庭に出させてもらって、空を眺めていたときだった。


「こっこれはっ!」

「あっ、これは……」


 伸びをした時にうっかり種の袋を落としてしまったのだ。


「きれいな袋……、これは……絵? 本物を見ているみたいです」


 ルルは種の袋の写真を見て感心している。写真なかったかぁ。この世界。スマホなんか見せたらひっくり返るのでは!?


「もしや、これは……!?」


 あ、バレた!? 密かに自給自足生活を試みようと思ってたのが!


「これは未来!? 私は今、未来を見せて頂いているのですか!?」


 ルルが大興奮中だ。


「いやいやいや、これはただの写真で、中に種が入ってるだけだから。ほら」


 俺は種の袋を開けて見せた。


 結果、ルルがまた片膝ついて両手のひらをこちらに差し出した。水を受けるみたいな状態。要するに、俺から種を賜るつもりだな。


 いいよ。あげるよ! どうせ俺では芽が出せるかも怪しかったし!


 俺は持っていた種を全部ルルに渡した。


「こ、こんなにっ! 村中の畑に蒔きます!」


 はいはい! もう、どうとでもしてください!


「龍神様への供物も欠かしません!」


 良かったな。龍神様よ。


「もちろん、コーイチ様にも欠かしません!」

「え!? いや、ちょっと待って。それだと、俺って神様と同列に扱われて……」


 俺が言い終わるより前に、ルルが立ち上がり村長の家に走っていってしまった。


「お父さーん! 今度はコーイチ様から村を生き返させる貴重な種を賜りました!」


 あー……。普通の種って言ったら、俺村の人から殺されるかなぁ……。


 脱力でルルを追いかけることすらできない俺。もうどうにでもして……。


 そして、さらに驚かされるのは翌日だった。


 ***


 あなたは種を買ったことがありますか? あのスーパーとか、ホームセンターとかの入口辺りに売ってるやつ。


 1袋に小さい種がパラパラと入ってる感じ。それを村人達は30世帯で分けたらしい。1家族ほんの数粒ずつ。しかも、宴は続いているのに、順番に抜けたのか、各家の畑に蒔いて、井戸の水をまいていたらしい。


 それが、今日には双葉どころか本葉まで出ていたらしい。宴の途中で村人が村長の家の畑に気づいて大騒ぎになった。


 そして、それは種を植えた家の全てで起きていた。種は各種を少しずつ分けたらしく、それぞれの家で人参、大根、アスパラ菜、チンゲン菜、トウモロコシ、ナスなどなどが一斉に芽を出している。


 今日もまた宴が続いている。村人もこれだけ元気ならば、もう大丈夫だろう。もう一回くらい食料を持っきたら、俺は家に帰ろうかと思っていた。


 自給自足は試したいけど、連日宴だと村人も疲れるだろう。見てるだけの俺でも疲れているのだから。


「村長さん」


 宴の最中だけど、近くにいた村長さんに話しかけた。


「はい、なんでしょう? コーイチ様」


 目上の人から『様』を付けられる居心地の悪さよ。


「今日、もう一度食料を持ってきます。宴もぼちぼち終わりますか? 畑の世話とかもあるでしょうし」

「はい! かしこまりました。ありがとうございます」


 なんか少し噛み合わない返事が帰ってきた気はするけど、異世界では変なことばかりなので、あまり気にしないでおく。


 暗くなる前にうちに帰って、夜が明けたら村に戻ってこようなどと、予定を考えつつまた裏庭に出た。


「コーイチ様……」


 振り返るとルルがいた。


「どうかした?」

「今日、神様の世界にお戻りなんですね? 村にはまた来ていただけますか?」


『神様の世界!?』聞きなれない言葉が聞こえてきたぞ!? これはもう、間違いない。この子は俺のことを神様だと思ってる。


 村の人も直接言わないから否定しにくかったけど、おんなじ感じ! これはチャンスだ! ある意味チャンスだ! しっかり誤解をといて普通の救援活動だったと理解してもらおう。


「勘違いがあると思うけど……、俺は神様じゃないからね?」

「あっ! そっ! す、すいませんっ! こっちの世界では秘密なんですね!? 申し訳けありません!」


 ルルが慌てた様子で失言したみたいなリアクション。


「だから、ホントに……」

「大丈夫です! 理解しています! コーイチ様神様とは違います! 誰にも言いません! 村のみんなも誰も絶対に!」


 益々広がる誤解。誤解をとこうとすればする程、深みにはまっていく印象だった。


「私はもう戻って来て下さらないような気がして……」


 ルルは悲しそうな表情で言った。なに気にめちゃくちゃ可愛いなこの子。最初に会ったときは間違いなくガリガリだったと思うのに、いや、細いのは今もかわらないけど、健康的な細さだ。


 それよりも、こんな悲しそうな顔をさせていたら、罪悪感で押しつぶされる。


「まだ、物資を持ってこないとね。絶対に戻ってくるから」


 できるだけ優しい声で、落ち着くように言った。


「コーイチ様! 一緒に行ったらダメでしょうか!?」


 帰りは楽しそうだけど、戻ってくるときに荷物が乗らない。あれは車ではなく原付きなのだから。キャノピーだから!


「必ず帰ってくるから。うーん……これを預けていく」


 俺は自分のスマホをルルに手渡した。俺にとって当然大事なものだし、絶対に戻ってくるって決意表明と言うか、証明になると思ったんだ。でも、そこまでするってことは、このときもうこのルルという少女に心を奪われていたのかもしれない。

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