第19話:善意と罪悪感

「ありがとうございます!」


 さっき飲み物をあげた少女はみるみる元気になった。復活が急すぎないかと少々疑問に思ったが、コーイチは高校の体育の授業中にクラスメイトが熱中症になったのを見たことを思い出した。幸い正しい知識を持った体育教師だったので大事にはならなかった。


 その際、そのクラスメイトはぐったりしていたのに、脇の下など大きな血管を冷やす事でみるみる改善したのだ。もちろん、そのクラスメイトは大事を取って保健室に移動して休憩をとった。


 コーイチはそれを見た経験があったので、起き上がれなく、意識もなかった少女が水分補給だけで起き上がった事にそういうこともあるかな、と思うことにした。


「すいません! 助けてください! 村のみんなを!」


 少女の必死の訴えを断ることができるだろうか。いや、できるはずはない(反実仮想)……などと、心の声には誰もツッコまない。しかし、そうまでして自分の中に言い訳をした。


 コーイチは少女に手を引かれ村に案内された。そして、彼がその村で見たものは……地獄絵図だった。


 その村にはそんなに多くの家がある訳ではないけれど、行く家行く家 人が倒れていた。途中、道で倒れている人もいた。意識が無い人も多く、ちゃんと動ける人が一人もいなかったのである。


 コーイチは30軒ほどある住居を周り、倒れている人を見つけた順番で持っていた飲み物を飲ませてやった。倒れていた村人が目を覚ましたら、ペットボトルをその少女に任せ、コーイチはキャノピーに戻り残りの飲み物と食べ物全部をキャノピーごと村の中に持ち込んだ。


 先ほどの少女はだいぶ回復したようで飲み物を配る手伝いをしている。村人は極限まで食べ物、飲み物がなかったらしく、文字通り限界状態だった。コーイチはこの周辺では今年干ばつがあり、食べ物が少ないと金髪ブルーアイズが言っていたのを思い出した。


 この村はまさに末端。町ならば複数の村からの物資の補給があるが、村で不足があると供給元がないのだ。もちろん、従来ならば、他の村との助け合いもあっただろう。しかし、干ばつという自然災害は局所的には起きないのだ。自分の村が厳しいときはよその村はどうしても後回しになってしまう。


「こちら側は確認してしまいました。あとは、そこの家だけです」

「分かった。急ごう」


 少女の案内で最後の家に訪問する。少女の案内があるので知らない家へ入っていくのもコーイチには抵抗がなかった。そうでなければ、性格的にも、現代日本の生活的にも、知らない土地で知らない人の家に入っていくのはかなり抵抗があったはずだ。


 ドラクエの主人公たちは、知らない家や宿屋の他の客の部屋にずかずか入り込み、机の引出しを開けたり、壺を割って中身を取ったりしていたので、現実で考えればかなりサイコパスだな、とコーイチの頭には浮かんでいた。


 最後と言った家は、他よりも2周りほど大きい家だったが、中には一人しかいなかった。 40代くらいの男性が部屋の真ん中で仰向けで横たわっていた。


「お父さん!」


 どうやら、この男性はこの少女の父親らしい。


「これ飲んで! 神様が与えてくださった飲み物よっ!」


 ちょっと待て。いつから俺は神様になったんだとツッコミたいのを我慢して、コーイチは持っていた飲み物をその倒れていた男性に与えた。


「うう……、ルル……」

「お父さん! 良かった!」


 泣きながら抱き合う親子を見て、なにか良いことをした気もしてるコーイチだったが、村内30軒ほどで100人前後のうち5人は間に合わず、既に亡くなっていたことに罪悪感を感じてもいた。


 コーイチにとって祖父以外の死を目にした初めての事柄だった。つい最近、自分も肉親を失っている。その悲しさと喪失感は容易に想像できた。それだけに善意の行いによる達成感よりも助けられなかった人とその家族への罪悪感の方が勝っていた。


 この事は後々彼の精神に大きく影響を与える事象だった。


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