第18話:そりゃあ助けるよね

「大丈夫ですか?」


 コーイチは道の脇に倒れていた少女に声をかけた。


「うう……たすけて……」


 わずかに動いたその少女は、手も足も驚くほど細かった。コーイチはできるだけソフトに上半身を起こして、リュックに入れていたポカリスエットのキャップを取って、彼女の口に少しずつ与えた。


『飲ませた』と言うよりもわずかに開いた口の唇を濡らすような感じ。少女はやせ細っていて、素人目に見ても長くないと思われた。医学の知識も経験もないコーイチとしては、唯一できることが飲み物を与えること。そして、飲ませるというよりは、唇を濡らすような、そんな繊細な作業だった。


「う……あう……」


 少女は最後の力を振り絞ったのか、ポカリスエットを一口飲みこんだ。ペットボトルでほんの少しずつ液体を注ぐのは作業としては難しかった。タイミング的に少し多く注いでしまったため、窒息しかけたのかもしれない。少女はとにかく一口飲みこんだのだった。


「……」


 少女の口が少し開いた……ように見えた。コーイチはまた少し少女の口にペットボトルの口から注ぐようにしてポカリスエットを与えた。


「あう……う……」


 コク、コク、とわずかながら飲み込む少女。そのうち少しだけ瞼が開いた。


「大丈夫ですか?」

「み……みず……飲みたい……」


 ポカリは水ではないけれど、浸透圧的に水よりも身体に吸収されやすいと聞いたことがあった。


「どうぞ!」


 コーイチはそう言って、少女の手を取ってペットボトルを持たせた。ただ、その力の弱さから自分でボトルを持てる状態ではないと判断したため、コーイチがペットボトルを支え、少女も支え、その状態で少しずつコクっコクっと飲んでいる状態だった。


 眼は先ほどよりも少し開いたけれど、瞳はうつろで目に光がなかった。その少女を見ていると『死』のイメージが浮かび、無意識に先日亡くなった祖父の顔が思い浮かんだ。


「ゆっくりでいいから飲んで。全部飲んでいいから!」


 やさしい声でコーイチは少女を応援した。そのうち、少女は安心したのか、わずかに口元に笑みを浮かべて静かになった。一瞬死んでしまったのかと思ったけれど、あお向けて横たわった少女の胸の当たりがわずかに上下してるのが見て取れた。これは呼吸のあかし。彼女が生きていることを示していた。


 コーイチはバッグからウェットティッシュを取り出し、少女の顔を拭いてあげた。土が付いて汚れていた少女の顔はみるみるきれいになった。さっきはガリガリに痩せていると思っていた顔は少し落ち着いたようだった。おそらくさっきは真っ暗だったし、気が動転していたのですごくガリガリに見えたのだとコーイチは考えた。


「う……」


 ほんの数分で少女は意識を取り戻した。


「大丈夫ですか?」

「は……はい……」


 少女の顔を覗き込んで訊いた。こういう時は話しかけることで答えないとと思わせるもの重要で、意識をはっきりさせる必要があった。


 よく見ると、きれいな金髪の少女は目を覚まし、上半身を起こした。


「大丈夫? 意識を失ったんだよ。飲み物まだあるけど飲める?」


 コーイチはペットボトルを再び彼女の方に近づけた。


「う……神様……?」


 少女は少しまぶしそうにそうつぶやいた。そういえば、背面にキャノピーを停めたままでライトは付けたままだった。彼女からコーイチは逆光になって顔すら見えなかったかもしれない。


「ごめん、神様じゃないけど、飲み物はあるよ」

「あり……がとうございます……」


 少女は今度は、ペットボトルを自分の両手で持って少しずつ飲んでいた。


「行き倒れ?」


 日本において行き倒れなんて聞いたことがない。しかし、異世界ではどうなのか、全く情報がないのだ。


「助けてくださったんですか? ありがとうございます……」


 少女は立ち上がろうとした。


「いやいやいや、危ないよ」


 先ほどは、ガリガリの腕と脚では自分の体重を支えることも不可能に見えた。ところが、細いのは細いけれど、力はちゃんと入っているようだった。


「村のみんなを……助けを呼ばないと!」


 少女は意識を完全に取り戻し、何をしていたのか思い出したみたいで急に視線の方向や口調がしっかりした。


「なに? どうしたの?」

「村のみんなが……飢饉で食べ物がなくて、病気が流行って……」


 コーイチはたじろいだ。ここはどうやら村の近くらしい。食べ物がないのは、幸い自分が背負っているリュックの中身のほとんどが食べ物だ。キャノピー背後のボックスにも大量の食べ物、飲み物が入っている。


 ただし、病気となるとどうしようもない。コーイチは医者でもなければ、看護師でもない。医者を目指していて、医療の知識があるなどの都合のいい設定もない。単なる高校生なので、病気に対してはほとんどできることがないのだ。


 しかも、感染するような病気の場合自分にも感染してしまう可能性がある。今接している少女からも感染してしまう可能性だってあった。


 ここでコーイチは考えた。もう第一村人と接触してしまった。彼女を助けたいと思ってしまったのだ。そして、村人もできる限り助けて、彼女にかっこいいところを見せたいと思っていた。


 理由は簡単で、コーイチは男子高校生であり、その少女は金髪の美少女だったからだ。美少女に異世界も現世界もない。可愛いものは可愛い。『良いところを見せたい』男とはそれほどまでに単純な生き物だのだった。

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