第10話:異世界の料理法
「美味しい! もう、ヤミツキ! いやね、最初食べた時から美味しいと思ってたのっ! でも、家に帰って、寝る前に思い出しちゃって、それ以来また食べたくて! 一日中、これの事ばっかり考えてたのっ!」
なんかヤバいのが入ってるみたいに言わないでもらえるかな。カレーの話だからね? カレーの!
先日来た両手に花のカイではなく、その花の一人である、赤髪の……クウ? が、店に来てくれた。
外の看板は取り替え済み、近所の人にもちゃんと店と認識しやすいようになってます。
うまいもんがあって、ちゃんとした店だと分かれば、そりゃあ来るよね!
「この間は、3人前で金貨1枚〜〜〜!? なにこのボッタクリ店ーーーって思ったけど、その価値があるって思ってきたのよ!」
「いえいえ、前回はもらいすぎでしたよ。普通の料理の値段で大丈夫ですから!」
「うっそ! マジそれ!?」
前回、カイはカレー3杯とサラダで金貨1枚置いていってくれた。現世界に戻ってネットで調べた限りでは、この金貨は1万ちょいの価値がありそうだった。単なる金としての価値での計算だけど。それだと、レトルトのカレーが1杯3000円みたいになってしまう。それは、もらいすぎだろ。
異世界では金貨1枚で家族が2〜3日過ごせると言っていたので、一家に必要な金額が日本円で30万円くらいと考えたら、2〜3万円分の価値があるってことだ。それだと、現世界での価値で言うとカレー1杯一万円ってことになってしまう。
金髪ブルーアイズに至っては、カレーとサラダで金貨1枚だよ! カレー一杯3万円みたいな!
「実は、この料理はあの二人の共通の好物でして……。この辺じゃ、なかなか食べられないのもあって、テンションが上がりすぎてたくさん払ってくれた次第です」
「そうなの!? じゃあ、あんたがこの店始めたんだから、いつでも食べられるっていうの!?」
「まあ、そうですね。一応、いつでも食べられるように準備しときます」
「マジ!? マジなの!? これヤバい!」
うーん、カレーへの情熱がヤバすぎるのは置いておいて、冷静に考えたらこのお姉さんの言葉も分かってる。もしかして、これは、言語理解的なチート特典では!?
カレーの価格設定は、このお姉さんの話を聞いて決めるとして、好きになってくれたのは嬉しいもんだ。ちなみに、金髪ブルーアイズとカイは毎日来てくれている。思わぬ常連ゲットだ。
それは嬉しいんだけど、1つ失敗したことがある。先日の金貨はまだ現世界で換金してないことと、お金が入ったと喜んてしまい業務用食材の店『ファティ』で爆買いしてしまった事だ。あ、失敗は2つ?
中でも爆買いは深刻で、何に使うか分からない豚肉のブロックを買ってしまったのだ。後になって冷静に考えたら、丸々1個の冷凍なので少しずつ解凍して使うこともできない。
焼豚か、チャーシューか……。どちらも俺には調理できない。丸々使わないことになりそうで、その損害はかなり大きい。現状、とりあえず解凍した状態です。ネットで調べて冷蔵庫解凍した状態。専門的そうだけど、冷凍した上、真空パックの豚肉の塊を冷蔵庫に放り込んだだけ。
時間とともにゆっくりと解凍されていくらしい。問題はその後、それを何に使うかだ。
「さて……と」
俺はドン、と豚肉の塊を大きめのまな板の上に置いた。
「うわっ! きれいな肉ね!」
カウンターに座っていたクウが目を見開いた。
「ありがとうございます。買ってしまったんですが、どんな料理にしたもんか悩み中なんです」
「え? 肉って言ったら焼くか煮込むかじゃないの?」
『焼く』とか『煮る』とか基本的な料理法がクウの口から出てきた。この世界の文化レベルが分からない俺からしたら、重要な手がかりだ。
『焼く』『煮る』の他には『炒める』『蒸す』などが思い浮かんだけど、『炒める』は中華料理の料理法だったはず。中国がなければこの世界に炒めるって調理法はないのかもしれない。少なくとも、焼くと明確に使い分けている人はいないのかも。
『蒸す』も飲茶が想像できるあたり、元は中国料理の調理法かも。やっぱりこっちには存在しないかも。
あと、考えられるのは、この目の前の少女クウが料理スキルゼロ少女の可能性だ。彼女の中に『焼く』と『煮る』しかない場合、それ以上の情報は出てくることはないはずだから。
「クウさんは料理されるんですか?」
「もちろん! 冒険に出たときは交代で料理するのが当たり前でしょ?」
「そうですね」
いや、知らんけど。少なくとも、この世界には冒険があるらしい。焚き火とかするのかな? 俺ってキャンプとかダメなんだけど……。火を起こしたりするのは楽しそうだけど、夜中に虫が出ると思ったら、安心して寝られない。
エアコンがないとか、夏も冬も寝心地悪くて寝られる気がしない。俺の想像通りの世界なら、俺はこの店から出たくないなぁ。
そんな事を考えつつ、俺はブロック肉から2センチくらいのサイコロ状の豚肉を10片くらい切り出した。
フライパンに油を引いて、温まったところで肉を投入。肉はジュウッと言う音をたてて焼けていく。同時に上がった湯気と一緒に肉が焼けるいい匂いが漂った。
「わあっ! いい匂い!」
クウが思わず声をあげた。肉の色が変わってきたくらいのタイミングで塩コショウをふりかけた。ちなみに、油の量も塩コショウの量も適当だ。
トングで皿に取って半分の量をクウの前に出した。一応、豚肉ってこともあってしっかり目に焼いたつもりだ。
「よかったら、試してみてください」
「食べていいって事!?」
「はい、食べた感想を聞かせてください」
「やった!」
クウは一緒に出したフォークで肉を指して1片口に運んだ。
「あつっ! うまっ! やわらかっ!」
どうやら分かりやすい人らしい。もう、だいたい感想は分かった。この世界でも豚肉は受け入れられる。そして、比較的原始的な調理法でも通用する。それに、俺みたいな素人が焼いても大丈夫なら、うまくやればこの肉も消費できるかも。
いや、この量は無理だろ。だって10キロはあるんだから。牛ならステーキもアリだけど、豚のステーキは俺も馴染みがない分、想像がつかない。
豚肉のステーキ……トンテキって言葉はあるから、料理自体は存在するんだろうけど、俺が食べた記憶がないからゴールが想像つかない。
「あんたすごいね! この物資がない世の中で、こんな肉を持ってるなんて!」
「あれ? そうなんですか? 俺は……その、遠くから最近来たもんで……」
「ああ、だから! このものが無い中、店を始めるなんてどんな変わり者かと思ったら、そういうこと!」
俺は奇異な目で見られてたらしい。まあ、いいけど……。そう言えば、物資が少ないって言ってたなぁ。そんなに深刻なのだろうか。
「ものがないって……」(カラコーンカラーン)
もっと詳しく聞こうとしていたら、客が入ってきた。
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