第6話 沢田 咲 2
中学校二年になって、剣道部に入った。
あたしは相変わらずでかかったけど、『男』ってやつとの差が詰まり出した気がしたんだ。
男と女ってのは、全然違う。骨格が違う。筋肉の付き方が違う。それから、男ってのは『怖い』。
あたしは『女』で、そういう心得みたいなものは普段から注意されてた。
……本当の母さんなんかより、ずっとあたしを気に掛けてくれてたおばさんには頭が上がらない。そのおばさんが男勝りのあたしに口を酸っぱくして言ったのは、あたしが『女』だってこと。
あたしが喧嘩するのは珍しい事じゃなかったし、きっとそれが心配だったんだと思う。
いつか、大事に繋がらないうちに。それを理解させるためだろう、おじさんと腕相撲させられた。
結果は3戦全敗。
最後は両手でやって、それでもおじさんの右手に敵わなかった。
「いや~、咲ちゃん強いなぁ」
なんて、おじさんは笑ってたけど、あたしは凄くショックだった。
この時、既に身長は175cmを超えておじさんより高かったし、ハッキリ言って、負けるはずないって思ってた。
優しいはずのおじさんが、別の世界の恐ろしい生き物みたいに見えた。
回りの男子生徒なんかは、あたしのことメスゴリラとか言ってるけど、そんなことない。
あたしは女で、いつか、男に勝てなくなる時が来る。
――アイツを守れなくなる。
弱いあたしに、価値なんてあるんだろうか?
そう思うと、恐怖で背筋まで震えた。
その翌日には剣道部に入った。武器でも持たなきゃやってらんない。
――強くなきゃ、あたしには生きている意味がない。
アイツを守り続ける為には、もっと力がいる。
◇◇
あたしが剣道部に入って、アイツはよく笑うようになった。
「……機嫌よさそうだけど、何かあった?」
「別に」
アイツは本当に嬉しそうに笑って――あたしは、とてつもなく不愉快になった。
あたしが一緒に居られる時間を削ってまで力を付けているのに、お前は笑うのか。そう思うようになった。
――むかつく。
ぶん殴ってやりたい。
アイツは小さいまま。身長160cm。中性的で、ちょっとポヤヤンとしていて、一部の女子生徒からは人気がある。
その年の夏、アイツはクラスの女子に、告られた。
予兆はあった。
大して仲のよくないクラスメイトにアイツと付き合っているか確認されたり、アイツをどう思っているか聞かれたり。
「アイツ? アイツはただの舎弟だよ。勘違いすんな」
そんなこと聞かれたからって、本気で答えるヤツなんていない。恥ずいし、簡単に言っていいことじゃない。
子供の頃は良かった。
難しく考える必要はなかったし、アイツはあたしに頼りきりだった。
(あ、あたし、どうなるんだ? アイツが他の女の子選んじゃったら、あたしは何処に行けばいいんだ!?)
そうなったとき、あたしは違和感満載の異物になる。それだけは分かる。だから――
おばさんに、泣きついた。
「おっ、おばさん! 大変だよ! 悠希が、悠希が、告白されたって……」
ぐしゃぐしゃに泣きながら、あたしはおばさんに懇願した。助けてくれ、手に負えないって泣きついた。
そのとき、おばさんは少し驚いてたけど、あたしの肩に、そっと手を置いて言ってくれた。
「大丈夫よ、咲ちゃん。おばさんに任せて」
それきり、おばさんは何も言わなかった。
あたしも何も言わない。
でも、暫く悠希とギクシャクしてたから、きっと乱暴な手を使ったんだと思う。
アイツが、他の誰かと付き合うなんてことにはならずに済んだ。
ホント、おばさんには頭上がらない。
――クソ野郎、ビビらせやがって……!
人目が気になり出したのはこの頃からだ。学校には余計なヤツが多すぎる。
「沢田って里村くんの幼馴染みなんでしょ? 付き合ってるの?」
……っせーな。そんなにアイツが気になるのかよ。
一緒に居ると落ち着く。そうしている間だけは、他の誰かが悠希に近付かない。この世界に、あたしとアイツ二人きりだったらよかったのに。
笑えよ。
笑え。
お前は笑ってたらいいんだ。
アイツは苦しそうな笑顔を見せるようになり、あたしの『力』は、おかしな方に向かうようになった。
他人が邪魔だ。視線を感じるとどうしようもなくムカつく。
そして――
あたしがアイツにどう思われているか、それを知るのはとても怖いことだ。
あたしっていう存在は、行き詰まった。
アイツが、煮え切らないから。
あたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなにあたしはこんなに――
――愛しているのに!!
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