第5話 沢田 咲 1
今まで、ずっと一緒だったから、これからもずっと一緒だって信じていたんだ。
◇◇
17年前の4月7日に生を受けたあたしは体重3240gの健康な女児だった。
あたしが物心付いた時にはもう、隣に悠希がいた。アイツに関する一番古い記憶は幼稚園でのもので、三歳の頃まで遡る。
「いっしょに、あそぼ?」
屈託のない、明るい笑顔。
当時三歳ながらも、薄々両親に好かれていないことを悟り始めていたあたしにとって、アイツが向ける笑顔は何より掛け替えのない大切なものだった。
このときのあたしは、天使なんてものの存在を知らなかったけど、生まれて初めて持ったこの友人が、あたしにとってのそれだってことに気付くのに、いくらの時間も掛からなかった。
あたしがどんな仏頂面をぶら下げていようと、苛ついていようと、何も変わらず手を差し伸べ、ささやかに微笑う。
あたしだけの天使。
偶然知り合ったこの小さな天使に夢中になるのに、さして時間は掛からなかった。
アイツの勧める遊びのほとんどは、お絵描きや積み木遊びなど、体力をあまり使わず、騒ぎ立てることの少ないものだった。活発で身体が大きかったあたしは物静かなアイツの性格に我慢できなくて、小さな手を引っ張り回すこともあった。
アイツの手を引いて忙しく動き回る。
幼稚園とはいえ、年頃になれば、冷やかしの言葉も飛び出る。そういったとき、あたしは実力で対処した。
強くなきゃ生きて行けない。
あたしの男勝りな性分は、この頃培われたんだと思う。
アイツは他の児童と比較してなお、身体が小さかったせいか、とても疲れやすい性質だった。
「つかれちゃった……」
しばしば、そう呟いて、その場に座り込んだ。そうなると、もうどうしようもない。梃子でも動かない。悠希の父が幼稚園から連れ帰り、その日は終わる。
あたしんチはクソだ。
親父は土地を転がして儲けてるみたいだったけど、あたしはよく知らない。まぁ、親父もあたしのことなんてよく知らないだろうからお互い様。家にいる時は金の話ばっかりしてウンザリする。
母さんはスゲー若い。親父の10歳年下。あたしを産んだのは22歳の時で、若かったせいか、あんまり子育てには興味なかったみたいだ。この人自体がまだ子供で、遊んでばっかだった。綺麗だけど、頭の中はお化粧とファッションのことだけ。
ウチは裕福だったから、親父と母さんがあたしに興味なかっても、ハウスキーパーさんが居たから何とかやっていけた。
あたしんチは、丸っきりのクソ溜めだ。
家族全員が、揃ってお互いに興味ない。金の話ばっかしていつも家に居ない親父と、子育てに興味なくて着飾る事と美容にしか興味ない母親。
ガキの頃は良かった。あたしは他の皆より頭一つはでかかったから、困った時は腕力でどうとでもなった。
アイツを護ってやれたんだ。
小さいアイツは、予定日より一ヶ月以上早く産まれちゃったみたいで虚弱体質。穏やかな性格もあって、二人は苛められたりしないかって随分心配したみたい。アイツの父さんや母さんは、あたしの存在に感謝してくれた。
まぁ、あれだ。
あたしはアイツの守護神だった訳だ。たちの悪いのに絡まれてたら、すぐ蹴散らしに行ってやったし、おやつを分けてやったこともある。困ってるときは色々と手助けしてやったんだ。
『おじさん』と『おばさん』は、スゲー良くしてくれた。
おじさんなんて、
「娘にするなら咲ちゃん以外考えられない!」
まで言ってくれた。物凄く照れ臭かった。おばさんもそれには賛成みたいで、
「咲ちゃんだったらウチの不肖の息子を預けてもいいわ!」
なんて言って喜んでいた。
アイツはあたしを頼りにして、そんでよく笑って。おじさんおばさんはスゲー親切で、あたしを家族みたいに思ってくれて。
これでいいや、って思った。いつか、あのクソ溜めから飛び出して、ここで『家族』になって一緒に暮らすんだって思った。
――思ってた。
アイツと一緒の小学校に行って、同じ中学校に行って。アイツの家には、当たり前みたいにあたしの居場所があって。
それがちょっとおかしくなり始めたのは、中学校二年くらいの時だったと思う。
気が付くと、アイツはあんまり笑わなくなってた。
何かと世話を焼くあたしを、鬱陶しそうに見て。
「朝、起こしてなんて頼んでない。自分でできる」
とか、
「ちょっと一人にして」
とか言って、あたしを避けるようになった。
おじさんは、
「そろそろ『男』なんだよ。見守ってやって」
なんて言ってたけど訳わかんないし。あたしの何が不満なんだっての。
回りはテンプレ幼馴染みとか言って茶化して来るけど、それがなんだっての。別にいいじゃん。
黙って笑ってろよ。
お前はそれだけでいい。
それだけでいいんだ……。
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